√トゥルース -026 月下の晩餐 -1
「中々……美味しいな……これは」
「本当に。海の魚でもないですし、川の魚でもないですし……」
「うん。でもこれ、食べ易い味付け……胡椒……とお塩?」
「うむ、これはマスじゃの。それに添えられた芋とこの小さな白い茸……何か知らんが茸の旬からは外れておろう?」
海の魚とは違うのに川魚とも違った大きな魚の切り身を蒸し焼きにした物に舌鼓を打ちながらも、首を傾げるトゥルースたち一同。どれも食べた事がないだけでなく、見た事すらなかった物ばかりだ。その様子を見たミックティルクが満足そうな顔をする。
「魚はこの湖にしか生息しないメガリーマス、茸はセルティス茸だ」
「えっ!? セルティス茸!? セルティス茸ってこんな白く細くはないのでは!?」
「はっはっは! 良い反応だ。これは最近、北部で栽培に成功したもので、別名ユキノシタと言われている種だ。夏以外であれば帝国内のどこででも栽培できそうだと……っと、これは秘密であった。忘れろ」
「茸を……栽培ですか。レンティヌラの栽培なら聞いた事がありますが……可能なんですね」
信じられないと感嘆の音を上げるティナの言葉に更に満足するミックティルク。名前からして秋に採れる茸ではなく冬の茸だろう。そんな貴重な食材を惜し気もなく使った料理だが、更に貴重な乾酪がふんだんに使われていて濃厚な味わいに仕上がっていた。
勿論料理はそれだけではなく、普段は先ず口にしないような香り高い野菜のサラダや煮物、口に入れる瞬間に甘旨くとろけてしまう肉料理が次から次へと出された。そう、次から次へと……
「あの、流石にこれ以上は……」
「ん? そうか。まあ、いつもよりは品数が少し多かったかもな」
出される量を控え目にされていた女性陣も先程から皆、食が進まなくなっていたが、遂にトゥルースもギブアップを告げた。対してミックティルクたちはもう食べないのか? と不思議そうな顔をしていたが、食べ方がトゥルースたちとは違った。トゥルースたちは出された物を残さず食べていたが、ミックティルクたちは味見して程々で残していたのだ。
これは帝国国内の食材の出来を見る為と、舌を肥えさせる為という目的があっての事なのだが、その必要のないトゥルースたちは貧乏性と言うより旅人の性で限られた食材を無駄にしないような食べ方が身に付いていたのだ。王宮では似たような食生活だったティナも、そんなトゥルースたちを見て自らの行いを正していたのが仇になった形だ。
「そう言えばラッジールさんは岩場で随分と身軽でしたけど、あれって俺とフェマが騒いでいたのを聞いて?」
ふと思い出したトゥルースが、ミックティルクの後ろに控えていたラッジールに声を掛ける。が、その言葉に反応したのは本人ではなかった。
「ぷふ! ラッジールにさん付けって……ラッジールさん……ぶふっ! あははははは!」
「ぷっ! ラ、ラナン。そんな笑ったらラッジールに悪いだろ……ぶぶっ! ぶははははは! ラッジール、さんwww」
「お、おめぇら……そんなにオレの名前がおかしいか!」
「きゃ~! ラッジールさんに襲われる~!!」
「きゃー! ミック様、助けてー! ラッジールさんがー!!」
たった一言発しただけで途端に混沌とした場となり、戸惑うトゥルース。何か変な事を口走ったのかと首を傾げるが、全く意味が分からない。
「くくくっ! そうか、トゥルースたちにとってはラッジールでさえもさん付けなのだな。はっはっは!」
「ラッジール、殿下のお付きを続けたいのならば、人の言葉に一々そのように突っ掛からないようにせねばなりませ……ん……ぶふぉ!」
ミックティルクだけでなく、終いにはラッジールに苦言を呈していたレイビドまでもが堪えられなくなって笑いだした。
「あの……俺、何か変な事を?」
「ああ、気にするな。普段ラッジールは猿だと呼ばれていてな。女中らからですら、さん付けなどされた事がないのだ」
今日は客人がいるから皆猿呼ばわりはしないようにしていたが、まさかのトゥルースのさん付けに皆が爆笑の渦に包まれたのだった。
ラッジールはその身軽さに加え、顔が猿顔であり、知能も口の悪さも猿並み、文字通り猿も木から落ちる事もあって、誰一人としてラッジールに敬称を付ける事は無かったのだ。
何故そんな男がミックティルクのお付きをしているのか。それは単にミックティルクの言葉には忠実であった為であった。小さい頃からいつもミックティルクに付き纏っていたラッジール。猿並みの知能でボスの命令に忠実であり、ミックティルクの行動をそれなりに予見し先回りして安全を確認出来るのはその身軽さ故であった。要は扱い易いのである。それでいて他人の命令には聞く耳を持たないので、腹黒い貴族たちに唆される心配もない。
「ふんっ! オレは殿下が気になるからと見に行こうとしたから、先行して安全を確認しに行っただけだ。それがあのような……裸同然の格好で……」
「いや、だから。その事は忘れて欲しいんだけど……って、初めはミック様が?」
「む。いや、それはだな……」
明らかに動揺を見せるミックティルクは、珍しくぷいっと目を逸らした。
「む~! ミック様、やっぱり女の子の声が気になっていたのね~!」
「馬鹿を言うな、ラナン。わたしたちと一緒にいたミック様がそのようなはしたない事をする筈がないだろう。そうですよね? ミック様」
「うん? あ、ああ。まあ、その……なんだ」
同然のように庇って見せたが、歯切れの悪いミックティルクの様子に全てを察して絶望の眼差しを向けるカーラ。ああ、信じていたのに! と。
「ま、まさか……わたしたちが一緒にいたというのに……他の女の人に興味を持っていただなんて……」
「そうですよ~! あたしたちがいないところであれば何も気にしなかったのに~! あの時はあたしたちと遊んでましたよね~!?」
「その、なんだ。あれほど楽しそうな声が聞こえてこれば、気にならない方がおかしかろう? それにお前たちが休んでいる時の話なのだ。な、そういう事だ。許せ」
どうやら午前中のラバたちに水を掛けられた辺りからトゥルースたちが騒いでいた声がここまで聞こえていたようだ。服を脱いで羽目を外していた四人に声を抑えるという気遣いなど出来はしなかったのだが、それが許される場だから誰も文句は言えない。しかし、それを聞いている側はそうとは言えなかった。普段は物静かな貴族たちが利用する浜で、飛び交う楽しげな黄色い声。気にならない方がおかしい。
その一方で、知らないところで女の人に手を出すのは良いのか!? と心の中でツッコミを入れるトゥルース。だが、同時に 正室と側室の五人を探しているという言葉を思い出して納得した。他の女にうつつを抜かすのなら見てない所でやれ、という事らしい。女心は分かり難い。
「ミ~ック様ぁ~? それでもあたしたちと一緒にいた時に気になっていたのですよね~?」
「お、落ち着け、カーラ。気になったのは事実だが、お前たちを放って行った訳ではないだろ?」
「やっぱり! ミック様、わたしたちの事はもうどうでも良いのね!?」
「ラナンまで……全く、お前たちというものはどうしてこうも……」
すっかりヘソを曲げてしまったカーラとラナンを宥めるミックティルクを見て、うちの女性陣はまだここまで面倒でなくて助かったと思うトゥルース。いや、別の意味で色々と面倒だとは思うのだが……
結局ミックティルクは、二人の目を盗んでトゥルースたちのいた砂浜を覗き見しようとしていたらしい。幸いにも(!?)トゥルースとフェマが言い争って(いるように見えただろうが、実際は呪い解きを実践しようとして)いた為、良い機会だとばかりに干渉しようとしてあの場に出くわした、と。ミックティルクがこっそりとでも動けば傍に控えていたラッジールが行き先の安全を確かめに先行するのはいつも通りで、そのラッジールが声を上げた事で近辺を警備していた衛兵が駆け付けた、という流れだったようだ。
トゥルースたちが岩場で騒いでいたのは衛兵も気付いていたのだが、隣に観光客がいる事は報告で知っていて痴話喧嘩でも始めたのだろうと取り合わず、持ち場を離れる事はしていなかったのだ。仕事に忠実であったが、ラッジールに呼ばれれば向かうしかない。こうしてラッジール、衛兵とミックティルクが個人湖岸にいた下着姿のトゥルースたちを目撃してしまったという事だった。
「それ、オレのせいじゃなくて殿下のせいじゃん!」
虚しい叫びが夜空に響くのだった。
書き溜めが尽きました。
週末にお休みをいただいていました(休み中も書き続けてはいたのですが...)が、今後は更に不定期となりそうです。
カスブレさんを楽しみにされていた方々、すみません。
こちらを書き溜めて、近勇の番外編でも...と思っていたのに! orz