√真実 -001 道場復帰
「よう、英雄。どうだ? 身体の調子は」
小学五年生の頃から通っている護身術の道場に飛弾真実が踏み込むなり、そこの師範である倉楠欣二に声を掛けられた。
「……何度も言うけど、その英雄ってのは止めてよ、師範。一昨日ので少し痛みが出てたけど、今日から徐々に慣らしていくつもり」
「そうか。まぁ、怪我しないように程々にな」
欣二に言われ、真実は苦笑する。そう直ぐに怪我なんかするものか!と。
一昨日の夜、真実はカノジョになったばかりのクラスメイトの黒生光輝と隣の学区の夜祭りに行った先で、軽い怪我を負わせ、大怪我を負わせられた、因縁の相手である男三人組と三度目の対峙をし、光輝、欣二、それと欣二の兄で(不良)警官の倉楠昭一に助けられながら捕らえる事に成功していた。しかし、怪我が治りかけだった真実は、その騒動で怪我の痛みが一部ぶり返していた。
しかし、医者からは痛みの無い範囲で身体を動かす事を勧められていたので、元々予定していた盆明けからの稽古再開を実行しにやって来たのだ。
「キンちゃん、お買い物に行って来るけど、何か欲しいものある? って、マー君! やっと稽古に戻れたのね! 良かったわ!」
居住区から顔を出していきなり真実に抱き付いたのは、欣二の妻の瑞穂(22歳・妊娠四ヶ月)だ。そもそも、真実が大怪我を負ったのは、瑞穂が男たち三人に襲われそうになっていたのを真実が庇ったからで、身重の瑞穂も夫の欣二も真実には感謝していた。
……が。
「おい!真実! ミーちゃんから離れろっ!」
「ちょっ! キンちゃん! そんなに乱暴しちゃ駄目じゃない! マー君はまだ完全には治ってないんでしょ?」
真実の頭を抱えて庇う瑞穂の姿に...いや、庇われた真実に目くじらを立てる欣二……と光輝。
瑞穂の胸に埋もれている真実に、二人とも激おこのようだ。
「……真実くん、瑞穂さんにくっつき過ぎ」
「あ、ごめん、ごめん、キラちゃん。マー君が戻ってきたのが嬉しくて、カレに……ね? 許してね、キラちゃん」
「ん? ……ねぇ、今のはどういう意味なの? 飛弾」
横から眉を顰めて聞いてきたのは昨日の晩に帰省から帰ってきた智下綾乃だ。明日から出て来るつもりだったが、目が覚めたので来たらしい。気まぐれでアバウトな面を持つ智下らしい行動だが、今は何故かその鋭い目が真実に向けられていた。
「えっ!? いや、別に深い意味は……無いよね? 瑞穂さん」
「あら、まだ言って無かったの? 隠す事でもないのに……って、まだ中学生だもんね~、そりゃ恥ずかしくて知られたくはないか~」
瑞樹に頭をポンポンとされ、真実は顔を手で覆った。何かあるとバラされたような物である。
瑞樹は真実とは長い付き合いであった。そもそもこの道場が護身術を教えるようになった切っ掛けは瑞穂の痴漢被害による悩みが発端であり、要望が多い事に気が付いた欣二が護身術の看板を上げて直ぐに、真実が道場に通い出したのだ。瑞穂が大学に上がり、欣二との結婚間近の時であった。欣二がロリコン認定された頃でもあった。
「で? どういう事? そう言えば、勉強会が再開された頃から何か変だったよね? 何を隠しているの?」
「え、いや、その……光輝と付き合う事になりまして……」
「へぇ~? どこへ?」
「え? いや、だから……俺が光輝と……」
「……だから、どこに行くの? あたしは仲間外れ?」
「いや、そうじゃなくて……その、交際を……」
「コウサイ? 何のお店? それとも遊ぶ所?」
「……見事に噛み合ってないわね~。良い? アヤちゃん。マー君とキラちゃんは恋人同士って事よ」
聞いていてじれったかったのか、瑞穂が人差し指を立てて口添えすると、綾乃はコテンと首を横に倒し人差し指を口に当てて考え込む。
考え込む。
考え込む。
「えっ!? えええええっ!!!?」
漸く理解が及んだ綾乃が道場全体に響き渡る程の声を上げた。これなら男に襲われた時の悲鳴や助けを呼ぶための声量には支障を来たさないだろう。光輝はここまでの声量が出ないので訓練が必要だが。
「付き合うって、飛弾と……光輝が!? この光輝が!? 何の冗談!? だって光輝だよ? 人見知りが酷くていつも一人でいた光輝だよ!? 飛弾と喋る様になってまだ二ヶ月も経ってないんだよ!? なのに飛弾と!? 嘘でしょ!? ハッ! もしかしてあたしの知らないキラリって名前の人が!? 誰!? 誰なの!? って、そうじゃない! 話の流れからそれは無い! じゃあ、光輝が飛弾と!? 嘘……よね?」
パニクりながらも頭の中を整理する綾乃。色々と酷い事を言われている気のする光輝も、そこまで動揺する綾乃に声を掛ける事が出来ない。
「……飛弾、今の話はホントなの?」
「う、うん」
「……マジ?」
「うん、マジ」
「……分かった! あんた、光輝を脅したんでしょ!」
「そんな事しないよ!」
「じゃあ何か弱みを握ったとか!?」
「それも無いよ!」
「……じゃあ……じゃあ……」
言葉が見つからなくなったのか、ズズンと落ち込むように下を向く綾乃に、瑞穂があらあらと苦笑しながら綾乃の肩に手を添えて、隅の方で休むよう促す。
「……どうしたんだ? 綾乃は。そんなに俺と光輝が付き合うのが変だったのか?」
そもそも光輝と綾乃は飛弾と同じクラスで、夏休み明けにある修学旅行で同じ班になったのだが、それまでは接点がほぼゼロだった。
ところが前出の男三人組に偶然、光輝と綾乃が襲われ掛けたところを真実が助け出したのだ。それが約二ヶ月前。それが切っ掛けで光輝と綾乃も道場に通う事になり、普段も話すようになり、更に料理の出来る光輝が、料理を必須とする真実に教える事になったのだった。
更に真実が瑞穂を男三人組から庇った時、光輝もその場に居合わせていたが、何も出来なかった自分を責める光輝。それを見かねた真実は光輝を宥める内に、光輝に惹かれていた事を自覚し告白した所、実は光輝も真実に惹かれていたと。
対して綾乃は、結構な時間をこの二人と共にしていたのだが、料理にはあまり関心が無くその時間は勉強や持ち歩いていた本を読んだりして時間を潰していた。同じ空間にいながら、辿って来た時間が違うのだ。同じように仲良くなっていたと思い込んでいた綾乃と二人との温度差が大きく開いていた事にショックを受けたのだろう。
夏休みでいつもより生徒の多い道場内が、この騒ぎにざわつく。一昨日の夜に夜祭り会場であった大捕り物に関わった常連組はニヤニヤしてその様子を見ていたが、日の浅い者たちは目を丸くして見ていた。
「ねぇ、あの三人てさ、三角関係なのかな?」
「いつも一緒にいたよね、あの三人」
「あ、それと大学生のお姉さんも」
「あ~、あの胸の大きいポヤポヤ系の?」
「えっ! それってもしかして四角関係!?」
「あの男の子、やる~ぅ」
「「「「きゃ~!」」」」」
「あの子でしょ? 新聞に載ってたの」
「あ、知ってるー。それで怪我して今まで休んでたんでしょ?」
「凄いよねー。うちの学校でそんな事が出来る男子なんていないよー」
「「うちも~」」「「うちもー」」
「でもさ、大学生と中学生じゃ歳の差があり過ぎない?」
「それなら、師範と奥さんなんて二桁差よ?」
「一回り違うって聞いたわ」
「えーっ! 十二歳差婚!? すっごーい!」
「あ、それで師範ってロリコン呼ばわりされてるんだ」
「でも奥さん以外には興味ないって聞いたよ?」
「「「「へ~」」」」
「でもさ。若い男の子が良いってのも分かるかも。それも女の人を庇えるだけの勇気のある子なら……」
「「「「あ~。アリかも~」」」」
「でもカノジョ持ちか~」
「残念~」
「フリーなら狙ってたかも~」
「あ~、でも顔はタイプじゃないかな~」
「そう? 私はイケるなー」
「でも年が離れてるからな~」
「あ、アタシ、いっこしか離れてない♪」
「「「いっこならアリね~」」」
どこでも自由でおしゃべり好きな女の子たちに、師範の欣二も苦笑するしかなかったのであった。