√トゥルース -024 首飾り -1
「男のヤキモチって、みっともないですよね~?」
「全くだ。よくあれで付き人になれたものだ」
「そう言ってやるな、ラナン、カーラ。あれでラッジールも私の事を考えて言ってくれてはいるのだからな」
ラッジールの過ぎた行動は、時としてミックティルクを冷静に戻してくれる貴重な存在だという。確かに頭に血が上った相手を見て急に冷める現象があるなと皆納得したが、それでもラッジールの沸点の低さは問題が有りそうだ。
「それはそうと、トゥルースよ。ここへは休暇に来たのであろう? 休暇が終わった後は王国へ帰るのか?」
レイビドに夕食のセッティングの指揮を申し付けられて口を尖らせながら部屋を出ていくラッジールを見送ると、ミックティルクがトゥルースに話し掛ける。
「いえ、北へ向かう予定です。ちょっと野暮用がありまして」
「北へ? ここより北へと言うと、あまり栄えてはいないが……」
「あ、やっぱりそうなんですか……そうすると、この辺りの町である程度お金を作っておかないと……」
「ふむ、すると北へは何か商材でも探しにか?」
「いえ、ちょっと……」
と、答え難そうにするトゥルース。チラリとシャイニーを見て言っても良いかを伺うと、シャイニーは視線を逸らしながら小さくコクりと頷いた。公言するのは避けたいが、王子相手に拒むのは流石に勇気が足りないのだろう。
「北へはシャイニーの親の手掛かりを探しに、です」
「ん? 親の……手掛かりを? 何だ、行方不明なのか?」
「いえ。シャイニーは孤児で、親の顔を知らないんです」
「……孤児、だったのか。そうか……孤児……顔の痕……何かで聞いたな。何だったか……おい、オレチオはまだ戻っていないか?」
ミックティルクがそう言うと、控えていた女中が一人部屋を出ていき、直に一人の男を連れて戻ってきた。
「お呼びですか? 殿下」
「ああ、少し聞きたい事があってな」
入ってきたのは眼鏡を掛けた男で、どことなくお堅い雰囲気がある。オレチオと紹介されたその者はミックティルクの耳だと言う。耳? とトゥルースたちは首を傾げた。
「は。先程戻りました。それで……この者たちはもしかして隣の貸し切り湖岸の?」
「そうだ。それで早速聞きたいのだが、前に顔に傷か何かのある孤児が何やらと聞いた覚えがあるのだが……政務に関係無かったからよく聞いてなかった」
「ああ、王国での教会の話ですね。守られし首飾りが数年振りに発行されたらしいです。その発行された相手が教会の孤児院にいた少女で、顔の半分が火傷のような痕に覆われているという話です」
「ふむ、孤児院の出で、顔に痕のある少女……他にも何かあったと記憶しているのだが?」
ミックティルクがシャイニーを見ながら更に回答を求める。それに釣られてオレチオもシャイニーに視線が向くと、その首に隠れるように下がるふたつの首飾りに目が行った。
「……ええ。その少女はバレット村の売人に保護され旅を共にしているそうです」
「バレット村の……売人に、か」
そして二人の視線はシャイニーからトゥルースに移る。
「成る程、商人は商人でも、変色石の売人だったとはな。どうやら私はツイている。トゥルース、私に石を売っては貰えぬか?」
トゥルースはこんなにあっさりと身バレするとは思っていなかった為、呆気に取られた。そもそも、トゥルースたちはこの男と顔合わせするのは今が初めての筈だが、何故だか隣の貸し出しの個人湖岸にいたと知っている。しかし相手は王族。何らかの手を使って周囲にいる人物たちの身辺調査をしていてもおかしくないな、と思って考えるのを諦めた。
「ミック様、バレット村の売人って有名なんですか? へんしょくせきって何ですか?」
「馬鹿ね~、カーラさん。今、ミック様が石を売ってくれって言ったでしょ? ふぇんしょくせきって石の事なのよ! それもミック様が欲しがるような!」
「ば、馬鹿ねって! そのくらいわたしだって気付いていたわよ! その石がどんな石なのかを知りたいんじゃない! 馬鹿なのはラナンの方よ!」
「あら~。人に馬鹿って言う人の方が馬鹿なのよ~?」
「……ラナン、それ自分に返ってるからね? 分かってないでしょ」
何の事かしら~? と惚けるラナンは、言われて気付いたようだ。天然らしい。二人は教会の守られし首飾りについても興味を示した。どうやらそれも全く知らないらしいが、ミックティルクが二人をツッコむ様子から知らない方が珍しいようだ。
「悪いがシャイニー。この二人に首飾りを見せてやってはくれないか? 口で説明してもどうも伝わらん」
「……分かりました、殿下」
「ああ、さっきも言ったように愛称で構わん。その呼び方は公式の場だけでたくさんだ」
うんざりした様子でシャイニーに呼び方の訂正を促すミックティルク。オルチオが殿下と呼んでも咎めなかったのは仕事モードだったからだろう。ミックティルクはオルチオの紹介で彼の事を耳だと言った。という事は情報収集担当なのかな? と考えたトゥルースの考えは当たっていた。
首に掛かった首飾りを取ろうとしているシャイニーを手伝おうとしたトゥルースだったが、その反対に座るティナが顔を歪ませて袖を引っ張りそれを邪魔した。
「(あなた様! ニー様がそのような物を持っているなんて聞いてないんですがっ!!)」
「(……あれ? 言ってなかったっけ? て言うか、ニーからも聞いてなかった?)」
「(聞いておりません、初耳です!! どうして黙ってたんですか!? 大陸の中でも持っている人は数少ない守られし首飾りをニー様が持っているなんてっ!!)」
態々説明の面倒な事は話さなかった一同。それでも着替えの度に目にはしていた筈だが、王国では大司教ですら持たないその首飾りを見た事がなかった為に、教会関係の孤児院出身者だから持っている物だと勘違いしていたのだ。
市井の人々の耳にはおおよその形が噂話として浸透していたが、王宮で暮らしていたティナにとってはよく会う大司教のぶら下げる物が最も高位の首飾りだという認識であった。更に高位であるその首飾りを持つ者が現れたという噂が流れた頃にはティナは呪いによって竜化しており、その噂も耳にする事なく首飾りの形を聞く機会を得られなかったのだ。
「……ごめんなさい、ルー君。ちょっと外すのを手伝って貰えないかな?」
お茶を飲むだけにしては大き過ぎるテーブルの為に首に下げたままではよく見えないだろうと外すのを手伝って貰おうとしたシャイニーだったが、トゥルースに手伝って貰おうとした際にもう一つの首飾りに指を引っ掻けてしまった。ドレスの胸元に隠れていたそれが飛び出して露わになる。
「……ほう、それがそうか。そちらも後で見せて貰いたいのだが」
ミックティルクが見逃す訳もなく、もう一つの首飾りも見せる事となった。
「これが守られし首飾り……確かにここまで立派なのは見た事ないわね。でもこれがそんなに凄いの?」
「ホントにね~? でも大司教様の付けてるのよりも彫刻が細かくて綺麗よね~?」
「はぁ、お前らにかかればこの首飾りも台無しだな。よく覚えておけ、この首飾りを持つ者に手を出せば、我が帝国ですら教会全てを敵に回す事になる。恐らく皇国や神国もだ。流石にそうなれば帝国であっても撃退するのは至難の業だ。何と言っても帝国内にも教会は無数にあるし、信徒まで敵に回せば国の一つや二つ簡単に滅びよう」
「……帝国ですら、ですか?」
「わぁ、喧嘩はだめぇ~!!」
教会から受け取った首飾りを手に首を捻っていたカーラとラナンが、ミックティルクの脅しを聞いて首飾りから手を放して怖がった。無論、普通に接していればそんな事にはならないだろうし、極論だから気にする事はないと言うミックティルクだが、それを聞いたシャイニーがヒィっと小さな悲鳴を上げた。
「フム。やはりこの首飾りを手にする者は、その力を利用しようとは思わない者ばかりというのは本当のようだな。まあ、安心するが良い。そこまで話が悪化するとすれば、帝王が首飾りを持つ者を理不尽な理由で殺めるくらいの事がなければ有り得んだろう」
「流石に帝王様がそんな事はしませんよね? ね?」
「でも、それって危ないですよね~。そんな噂を流されただけても帝王が攻撃されちゃうかも」
たらればを言い出せばキリがないが、ラナンの懸念は否定するミックティルク。
「もし間違った情報でそんな噂が流れたとしても、教会の情報網がその噂の真偽だけでなく背後関係や噂の元までも調べ上げて地獄の入り口まで追い詰めるだろうから、滅多な事を考える者すら出る事はないだろう」
その後、首謀者がどうなるのか、聞いても答えないミックティルク。たらればの話だから聞いてもどうしようもないし、聞きたくもないが。
しかしそう考えると、教会はかなり力を持った組織だと思われるが、ミックティルクはそれを否定する。(長年シャイニーが受けてきた虐待を見逃されるような穴があったように)大陸中に広く分布する教会が意思をひとつにする事はそうそう起こる事ではないからだと。
首飾りを持つ事が許されるのは、その国の中で、最上位の教会聖職者が認め、司教以上の聖職者で反対する者がいなかった場合に限られており、そのハードルは思った以上に高い。シャイニーがそれを手に出来たのは教会側の失態に対する謝罪が籠っているだけでなく、幼くから孤児院(=教会)の運営に多大なる貢献(と言っても強制労働だが)をし、十数年も逃げる事なく全うした事が挙げられるが、他にも今回は王国で力を持つザール商会の働き掛けもあった事で話がスムーズに進んでいたのだった。
「……ウチ、やっぱりこれ返したい……」
首飾りの力の大きさにビビってしまったシャイニーが泣き言を言い出したのを、脅し過ぎたと皆が慌てて宥めすかすのだった。