√トゥルース -023 正室に!?
「……殿下、本当にこの者どもを招き入れたのですか?」
気まずい雰囲気に、出されたお茶にも手が伸びずどうしようかと思っていたところに、見知った顔が入ってきた。
「お客様に向かって口が悪いですよ? ラッジール」
「でもよ! こいつらあんな格好で何をしていたんだか……ぜってー普通じゃねえよ。この屋敷には不釣り合いだぜ?」
「お止めなさい、ラッジール。貴方の言うあんな格好でとはどのような格好なのかは存じませんが、貸し切りの浜の使い方は自由です。それを貴方が覗き見した、というのがまだ分かってませんね?」
うぐっ! と口を噤むラッジール。結果的にプライベートエリアに入り込んで女性陣の人には見せられない姿を見てしまった事は自覚しているようだ。しかし、窘めるレイビドの言葉が突き刺さったのはラッジールだけではなかった。
「ぇ……あの……この国での水着って……」
「水着、でございますか? ああ、王国では服と然程変わりない物でしたね。大した違いはありませんよ? まあ、肩を出していたり、太股まで見せていたり、若い方は臍を出していたりしますがね」
それがどうしました? と聞くレイビドの声はトゥルースたち三人の耳には入っておらず、真っ赤な顔で俯いていた。三人とも水着の代わりとしてシャイニー特製の下着姿で泳いでいた訳だが、そもそもその下着ではこの世界ではかなり露出が高い物だった。
それは大事なところだけを覆う形で、所謂現代で言うフルカップのブラジャーとショーツ(ショートガードル)だ。それに対して一般的に出回っているは貴族向けでもキャミソールやタンクトップ、ビスチェにロングガードルで、更に庶民では上も下も布を巻くだけであった。
そこでシャイニーは胸を覆うのに布を大量に使う庶民の方法を嫌がり、使う布の量を極力抑える形を追求しつつ、簡単には捲れないように胸の大きさや形に合わせて立体的に作り込んでいた。王都でその試作品を見たサフランが衝撃を受け、自分の分も作って貰っていたのは第一部で触れたが、護衛を仕事にするサフランは体を激しく動かす度に揺れて邪魔になる胸が抑えられるからと大好評だった。そしてティナにも同じように作ってみたところ、その形良い胸が型崩れしなくなったどころか、より大きく魅せられると喜びを露にされていた。貧乏性が生んだ偶然であった。フェマは必要ない。
そんな成り立ちの下着だったが、ある意味で最先端技術を産み出していたのだ。臍が出る出ていないどころの話ではない、見た事のない者にとっては裸同然である。トゥルースにとっては着替えや体を拭く時に不可抗力で見てしまう事が偶にあり、態とではないものの見慣れた物であった。シャイニーはそれを作る前は胸当ては市販の物を一枚で凌いでおり、滅多に見なかったトゥルースはそれが普通だと勘違いしていたのはある意味で不幸であったのだ。
「そ、そう……だったのですね……」
「ぁぅ……恥ずかしい……」
足は丸出し、胸は強調され、お腹回りのクビレが丸見えの姿は強烈に男三人の目に刻み込まれたのだ。ラッジールが痴女扱いするのも頷けるのである。
当然、痴女として見られたティナとシャイニーは堪ったものではない。自らの意志で服を脱いだとはいえ、心許したトゥルース以外の男に見られたのは致命傷であり、直ぐにでもここから逃げ出したい気分だった。甘いお菓子が目の前に出されていたところで、既に目に入っていなかった。
「あ~、どんな格好をしていたのかは気になるけど、こいつに見られたのは最悪だってのは分かるわ。ご愁傷様」
「そうよね~。まさか貸し切りしてるのに他人が入って来るなんて思わないもんね~。あたしだって気を緩めてるところをミック様以外、特にこの人に見られたら立ち直れないわよ~?」
「……お前、普段から気を緩めっぱなしだろ。違うのか?」
「え~? ひっど~い! そう言うあなたなんて、ミック様のいないところでは女々しい姿ばかりじゃないのよ~。あれこそ人様には見せられないわ~」
「バッ!! そんな事は言わなくて良い!」
カーラとラナンが二人を励まそうとしているのは分かるが、何故か漫才になってしまう。こいつ呼ばわりされたラッジールが憤慨しようとしたが、二人によって気が削がれたらしく深い溜め息を吐いた。
「あ~、見てしまったのは私も同じだな、改めて謝罪する。許せ」
どこか高圧的だが、王族が頭を下げる事などそう滅多にはない事なので、ミックティルクとしてはこれが精一杯の謝罪なのだろう。それを見たティナも驚きの顔をするが、それでも見られた事は覆らない。
「ラッジール。ミック様が頭を下げて貴方が頭を下げないとはどういう事ですか!? 今のままではミール様のお付きを解かれても文句が言えませんよ?」
「くっ! ……見た事は謝る。申し訳ない」
「……もう良いです。その事は忘れてくださればこれ以上問う事はしません」
「でも、何だったんだ? あの恰好は」
「わ、す、れ、て、く、だ、さ、い!」
レイビドに促されて謝罪するラッジール。第三王子の付き人らしいが、こんなんで務まるのか些か疑問だ。レイビドがあの時一緒に見てしまった兵士にも謝罪をさせると言い出したが、ティナもシャイニーもそれを断った。
「殿下にまで謝罪してもらったのですから、これ以上の謝罪は不要です。あの事は他言無用、忘れてくださいとだけお伝えください。もうこれ以上蒸し返さないで欲しいです」
ぐったりとするティナ。蒸し返さないで欲しいのはシャイニーも同じ意見のようで首をコクコクと縦に振る。
「(……最悪です。よりによって第三王子にまで見られるなんて)」
「(ティナはどうして第三王子を毛嫌いしているんだ?)」
「(この第三王子は采配は見事だという話なんですが、女癖が悪いと専らの噂でして……ほら、今も二人を連れてお出でながらわたくしたちを口説こうと……)」
ティナがトゥルースに耳打ちする。噂はどうかは知らないが、確かに婚約が成立してない女性を二人連れていながらもティナとシャイニーを口説こうとしている。それも嘘ではあるがトゥルースの婚約者だと主張する二人を。
「おや、何か誤解があるようだな。私はそんなに女癖は悪い方ではないと思うのだが……なぁ、ラナン、カーラ」
「「!!」」
どうやらミックティルクは地獄耳らしい。先程も内緒話を聞かれてしまったのを思い出し、小さくなるティナとトゥルース。
「ううむ、そんな話が王国の方にまで出回っていようとはな。全く、兄上たちの仕業であろうが迷惑な話だ」
「全くです! ミック様が女ったらしだなんて! そりゃあ偶に綺麗な人にお声掛けはされる事もありますけど、見境なくされる事などした事はありませんから!」
「あら~、もしかしてヤキモチ? 可愛いわね~、カーラさんは。ね~? ミック様?」
「なっ! や、ヤキモチだなんてっ!! な、何を言っているんだ!? ラナンはっ!」
「はははは!やはりお前たちは二人とも可愛いな。あっという間に牙を抜かれてしまうわ! 権力争いをしている貴族の女たちよりはずっと気持ちが良いぞ。しかしお前たちには知識が足りん。それでは私の正室は務まらんからな。そこをいくと、どうやらこのニナは合格のようだ。兄上たちだけでなく私を危険視するあたり、貴族の女たちよりよう勉強しておる。が、少し情報に偏りがあるのと、問題がありそうな家柄が玉に瑕か。それと、シャイニーはお前たちの良き友になりそうな気がするのだが……そうは思わんか?」
さもそうするのが当たり前のように捲し立てるミックティルク。次期帝王候補の正室に、と言われたティナは目の前が暗くなり、女たちの友に、と言われたシャイニーは目を丸くする。
「ミック様。先程も言いましたが、それはあまりに性急過ぎます。それに折角先程お嬢様方がミック様を擁護したと言うのに、台無しですぞ?」
「む、そうだな。だがレイビド。良い案だとは思わんか? 父上の要求する正室一人と側室四人に残り一人となるぞ?」
「殿下! この二人をですか!? オレは反対ですよ!!」
「ラッジール! 折角お二方からお許しを頂いたのに蒸し返すおつもりですか? 控えなさい! それ以上口を開くなら外へ追い出しますよ! ……はぁ、全くもって色々と台無しにございます。申し訳ありません、ニナ様、シャイニー様、そしてトゥルース様。ミック様は頭が回り過ぎて言葉足りず、先走りし過ぎるきらいがあります。ラッジールは論外ですが……どうかご容赦を」
この場を収めるレイビドに、漸くホッと息を吐いたトゥルースたちだったが、ミックティルクが提案を引っ込めた訳でない事には気付いていない三人であった。
「……わしは蚊帳の外かや……」