√トゥルース -022 それ、バレてますがな
「い、いやっ!!」
パシッ!
「む。これは気を損ねてしまったか。顔をよく見たかったのだ、許せ」
正装するに当たり、身分を隠す必要のあるティナは勿論、シャイニーもいつも以上に念入りに化粧していて痕が分かり難くなってはいたが、完全には痕を隠しきれる程ではなかった。掻き上げられた髪の奥に隠れていた、隠しきれない醜い部分を露にされて嫌がり、髪を触ったミックティルクの手を払うシャイニー。
だが相手は王族、下手をすれば不敬だとして罰せられ兼ねない。一触即発の事態だが、意外にもミックティルクは弾かれた手を擦りながらも謝罪の言葉を口にした。しかし、その行為を批難する声が……
「ミック様! 今のはミック様が迂闊過ぎます! 女性の髪に触るなど、余程深い関係でなければ許されませんよ!」
「そうですよ~、ミック様ぁ。今のは初めての人にされると怖いんですからね~?」
「む。カーラ、ラナン。分かっている、今のは私が悪かったな。興味の方が勝ってしまった」
後ろから付いて来ていたらしい二人の女性がミックティルクを咎めるが、その様子にトゥルースやティナは驚いた。非常に力を持つ帝王の子息に対して、意見を言える異性がいようとは、と。思い掛けず髪を触られ顔を見られたシャイニーはすっかり怯えてしまい、トゥルースの後ろに隠れてしまった。
「これはすっかり嫌われてしまったか……大失態だな。どうやらカーラやラナンに慣れ過ぎたせいか」
「カーラさんは嫌がるのにですか~?」
「ラナンはミック様に何でも許し過ぎだ。だからミック様が間違いを犯す」
「え~? じゃあカーラさんはミック様が悪いって言うの~?」
「何を聞いていた? ラナンは。お前が悪いに決まっているだろ」
「おいおい、まだ紹介もしてないのに。皆呆気に取られているではないか」
ミックティルクが留息を漏らしその二人の口論にもならない口喧嘩を止める。二人ともミックティルクの婚約者だと言うが、横から口を出した男がそれは正しくないと言う。それは案内をしてくれた老齢の男性だ。
「お二人様はまだ候補者であって、婚約者ではありませんよ。間違った情報は争いを生みますので、安易に口にしないで欲しいですね」
「ああ、分かっているよ、レイビド。やっと試政期間が終わって気を休めているんだから少しくらいは良いではないか」
「はぁ……気を抜き過ぎですよ。即位なされば、そういった事は後々致命傷になり兼ねませんよ?」
「分かった、分かった。以後気を付ける。だがそういった話は後にしてくれ。客人の前だぞ」
てんで話が進まないが、色々と分かった事がある。試政期間とやらが終わった第三王子は、婚約予定の女性二人を連れてここで羽根を伸ばしている、と。
「ところでトゥルース君はこの二人とはどういった? 先程は同行人だと言っていたが、兄妹とか……ではないのでは?」
ミックティルクがトゥルースたち四人……いや三人の関係性を聞いてくる。やはり案内役の男レイビドが言うように、第三王子様は女性陣が狙いなのかと警戒するトゥルース。
いつまでも立ち話は何だからと、今は場所を移してお茶を飲みながら話をしていた。
だがその質問に答えようとして、ふと考え込んだ。自分はシャイニーやティナとはどんな関係なのだろう? と。
同行人であり旅仲間ではあるが、他に何かあるのだろうか。付いてきたフェマも含め縁があって一緒に旅をしているが、それ以上の関係性はあるのだろうか? 三人には何故か随分と懐いてくれているが、仲間だからだけでないような気がする。
そして考えた末の答えのひとつ、それは厄介な呪い持ち仲間、という人には言えない事だ。どうやらそれが根本にあって、こうして一緒にいるのではないだろうかと考えた。安易な考えだが、他に考えられるのはシャイニーもティナも他に頼る人がいないという事か。
目の前で孤児院を身一つで放り出されたシャイニーは言うに及ばず、竜化の呪いによって僻地に捨てられたのであろうティナ。二人とも帰る家がないのだ。だから偶々縁のあったトゥルースが保護したのだと考えると納得がいった。
……成人して直ぐ、何の実績もない自分が二人の少女を保護か、と苦笑が生まれるトゥルース。
フェマはその知識と容姿で誰かの懐に入り込む事は出来ようが、呪いのせいで人を選ぶか短期間で移って行かねばならないだろうから、呪いを打ち明けた自分たち且つ呪いを解く可能性があるトゥルースに付いていく利点は大きいからだろう。
フェマにはまんまと入り込まれてしまったようだ。
何れにしても三人ともトゥルースを頼っているのは頭の中を整理してみて分かった。しかし、今質問に返すべき答えは何だろうか? と、回答に出来ない回答しか頭に浮かばないトゥルース。
「兄妹ではないです。う~ん、何て答えるのが正解なんだろう……ただの旅仲間でもないし……」
「フム、では夫婦、とかでもないのだな?」
「えっ!? ち、違います!」
ミックティルクが確認するように聞いてきたのを慌てて否定するトゥルースだったが、その言葉を更に否定する声が。
「……婚約者です。わたくしたちはルース様の婚約者なのです!」
「えっ!?」「何だとっ!?」
ティナの発言に驚きの声を上げたのは、ミックティルクとトゥルースだった。トゥルースとティナは成人していてもおかしくない容姿をしているが、シャイニーはまだその年齢に達していないような幼さを残している。だからと言って婚約出来ない訳ではないが、ミックティルクが驚いたのはそっちではない。
トゥルースとシャイニーは所謂洋風のようなスーツとドレス姿で着飾っており、何とかそれなりの年齢に見えていた。しかし、ティナに至っては和服のような少し時代遅れの侯国の服を着ており、更にミックティルクにも化粧をしています候と分かる程にティナは化粧で顔の印象を変えていた。普通であればより好印象になるように化粧をするが、ティナはその逆で身分を隠す為に羽化した蝶がサナギに戻ってしまったかのような化粧をしていた。それでも滲み出る王女たる気品や品格は隠しようがないものだったのだ。
どう見てもトゥルースとティナが釣り合いの取れるような感じではなかった事、それもシャイニーを含め二人ともである事を匂わせた事に、ティナの発言はミックティルクを驚かすのに充分だったのだ。
「それは本当なのか? 二人とも婚約者などと……見たところ、まだ成人したかどうかの歳であろう? それなのに婚約者が二人?」
「あ、いや……これには色々と事情がありまして……」
「だが、婚約者というのは本当なのだな?」
「……はい」
しかし、ティナの発言に驚いたのはトゥルースもだった。
確かにティナにとってトゥルースは命の恩人であり、裸を見られ触られているので責任を取って貰う相手でもあった。逃げられる前に既成事実を作ってしまおうという魂胆であろう事は想像に難くない。しかし今は、目を付けられた帝国の王子から逃れる事の方が優先である。その為の方便だと悟ったトゥルースは、ティナのその発言に驚きながらも乗っかる事にした。ティナとしては本気であったのだが。
「ううむ、惜しい。これ程の女たちはそうそういる訳ではないだろう。ニナは私が誰だか直ぐに見破るだけの知識があり、帝国の王族に対し警戒してみせる……それにその気品……どこの家の出かは分からぬが、それなりの教育を受けているところを見るとどこか良い貴族の出なのではないか? それが商人の婚約者とは……何か訳ありと見た。それにシャイニーと言ったか、少し幼く見えるが育てば美しくなろう。それに私を怖がるだけの奥ゆかしさがある。私を見て言い寄る女は多いが嫌がる女はカーラ以来だな、性格は全く違いそうだが。惜しむらくは顔の痕か。惜しい、惜しいぞ」
ティナとシャイニーに対して高評価を下すミックティルク。それはそうだろう、ティナは元王女、シャイニーは呪いが解ければティナに負けず劣らずの顔が隠れているのだから。
「どうだ、どちらか一人……いや二人とも、私に嫁ぐ気はないか? 悪いようにはせんぞ?」
「「「ええっ!?」」」
突然のミックティルクの提案に驚くばかりの三人。まさか婚約者だと言ったのにも関わらず、そのような話を持ち掛けられようとは、と自分たちの甘い読みを悔やむ。しかし、ミックティルクの暴走をレイビドが咎める。
「ミック様。それはお三方に失礼でございます。お控えを」
「む、それもそうか。二人ともトゥルースと婚約しているのだったな。まあ、この話は忘れてくれて良い。ただし、その婚約の話が本当だったらだがな」
「「「!!!」」」
どうやらミックティルクには婚約の話が嘘だとバレていそうだ。これは無事にこの屋敷を出られるのかと心配になるトゥルースたちだった。