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√トゥルース -021 殿下、お触り禁止ですよ?

 


「あなた様、目上の方、特に王族が相手の時はご注意を。場合によっては相手が名乗るまでこちらは名乗ってはいけない事もありますから」

「えっ!? でも仕事とかでは格下の方が先に……」


 声を潜めて教えてくれるティナに、トゥルースは驚きの声を上げる。事もある(・・・・)という事は、そうではない事も多々あるという事だ。その匙加減が分からないトゥルースは、今回がそれに該当するのかが重要であったが、今のところはそれはイーブンイーブンらしい。意図的に女に良い格好をしたがる者であれば、今回のような状況だと充分該当するだろうと。

 要は力関係を明白にしたい時、権力を誇示したい時等にその様な事があるという。そのような時は大抵が一対多である事が多く、先に下の者たちに名乗らせていたらいつまで経っても名乗れないか、一人ひとりに返さなくてはならなくなるからだった。目上の人にそんな事をさせては大変失礼に当たる。それと、おいそれと気軽に声を掛けるのも不敬であるからだった。


「いえ、そのような気遣いは不要に存じます。今回、我が主はお忍びで来ておりますので」


 どうやら聞こえていたらしい。前を行く案内役の男が振り返って否定してきたが、どうやら地獄耳らしい。カッポカッポとラバたちの足音がする中、離れているのによく聞こえたものだと感心する。

 隣の敷地と言っていたが、結構な距離を歩いて来た。周囲は随分と高く確りとした柵が張り巡らされていて、飛び移れないようにと周囲の木は全て切り倒されたのか生えていなかった。門を入ってからもそれなりに歩かされ、更にその奥にあった第二の門では詰所があり兵が監視している程の厳重さだった。聞けばここは使われてない時も兵が詰めているそうだ。人がいない時を狙って細工しに入り込む者も昔はいたらしく、その対策だと言う。やんごとない身分の方も大変だ。


 やっと辿り着いた屋敷はちょっとした宿よりも大きく造りも豪華で、王宮のミニチュア版のようであった。馬小屋も完備されていて、既に何頭もの立派な馬が中で世話を受けていた。そこでふと四人は不安になる。この中でラバたちが大人しくしていられるだろうか? と。

 毎日一緒にいる四人には随分と慣れたが、見知らぬ者や馬には未だに怯える仕種を見せていたラバたち。それもあってプライベートビーチに置いてこようとしたのだが、既に泊まれるよう手配済みだから荷物も含め一緒に、と。何故そんな話に!? と慌てたが、理由が理由(女目的)なだけに妙に納得した。これは宿泊を断るにしても隣のビーチでおずおずと寝てはいられないなと判断し、荷物を纏めてきたのだ。


 馬番の人にラバたちを他の馬から離して貰うよう頼んで預けると、屋敷の中へと案内されたのだが、開かれた扉の向こうを見て皆が驚いた。扉の向こうは大きな玄関ホール(エントランス)となっていて、上は吹き抜けとなり広々とした空間が広がっていただけでなく、なんと正面には綺麗な湖岸が見渡せるようになっていた。視界の端の方には計算され尽くされたように木が立っており、涼やかな空間の演出に一役買っていた。一つ隣の敷地にいたので、見慣れた風景の筈なのだが、ずっと先に浮かんで見える島の位置や湖岸、砂浜に転がる岩さえもが一つの絵画のような絶妙な位置関係にあった。

 四人が呆気に取られて立ち竦んでいると、案内の男が中で出迎えた女中(メイド)の一人に何かを言い含めると、女中たちが一瞬ぱあっと明るい顔をし、トゥルースたちの荷物を預かって持って行ってしまった。あれ? と首を傾げるトゥルース。


「直ぐにでも主が参りますので、よろしければあちらの長椅子でお寛ぎ下さい」

「あ、あの……俺たちの荷物は……」

「ああ、ご心配なさらずともお荷物はお泊りいただくお部屋へと運ばせましたので」


 あっ! これ、この人に謀られた! と気付くトゥルース。おそらく駄目元で泊まって貰えるか打診して来いとでも言われたのだろう。だから成功したと女中たちが喜んだのだと悟る。既に決定事項のように言われて、まんまとそのつもりになってしまった。

 そしてその事はティナも気付いていた。自分もまた、その手に引っ掛かってしまっていた事に驚きを隠せないでいた。王国にいた頃は時として貴族を相手にする事もあり、その腹黒さはよく知っていて気を付けていた物だが、まさかこんなところでその洗礼を受けようとは……と。


「(あなた様、やはりここは危険です。帰りましょう)」

「えっ!? で、でも……」

「(もし第一王子や第四王子が相手でしたらどうなるか分かりません。一番可能性のある第三王子も別の意味で危険です。伺った容姿から、第二王子ではないと思われるのは幸いですが……)」

「(えっ? ちょっ! どういう事!?)」


 ティナがトゥルースに訴えるが、王族を相手にした事のないトゥルースは戸惑うばかりだ。況してや帝国の王子たちの情報など聞いた事もない。ティナの話振りから、帝国の王子たちは皆一癖も二癖もありそうだと窺い知れたトゥルースだが、かと言ってここで帰る訳にもいかないよな? と考えていたところに見知った顔が現れた。


「そんなに警戒しなくても、捕って食ったりはしないよ。安心したまえ。さて、自己紹介と行きたいところなのだが……今回はお忍びでな、名を明かせぬ。許せ。代わりにミック(・・・)と呼んでくれ。私の愛称で、ここにいる皆もそう呼んでいる」

「(ミ、ミック……ミックティルク……様? 第三王子の!?)」


 ティナが、予想はしたが何故ここに!? と驚きの表情で呟くのが隣に立っていたトゥルースの耳に入るが、聞こえていたのは一人だけではなかった。


「おや、やはり愛称でバレてしまったか。やはりお忍びに使う名は考え直さないといけないかな?」

「えっ!? あっ! 申し訳ありませんっ!!」

「あ~、良い良い。だが、ここに私がいる事は内密に頼む。貴族連中に知られると休暇にならんからな」


 しまった! と頭を下げるティナに対して、全く気にしていない様子のミックティルク。この様子から、この第三王子はティナが言う程危険ではないのでは? と思うトゥルース。しかし実際に断る事の出来た宿泊の件を半ば強引に決められた事を考えれば、ティナの警告も理解出来た。

 招いてくれた事にお礼を言うと、トゥルースは自己紹介する。


「自分は王国から来たトゥルース、商人です。それからこっちに並ぶのは同行人のシャイニー、フェマとこっちがニナ(・・)です」


 大陸には他にも王国を名乗っている国は幾つもあるが、この帝国近辺で王国と言えば四人が出てきたソカーディア王国である。それよりもトゥルースがティナの名を偽名で紹介したのは、面倒な話、ティナがトゥルースたちに王女だという事を隠して貴族の娘だと匂わせている事の他に、竜化の呪いを知られる危険性、それが知られた場合にティナの実家(ひいては王国)が受ける不都合等々……本来ティナはここにいてはおかしい人物なのだ、ティナが名を隠そうとするのは当然だった。

 そこでティナが言い訳が立つように考えた偽名がテルナニーナという名だった。これなら愛称がティナにもなるしニーナ、ニナ等いろんな呼び方が出来そうだが、ニーナはシャイニーの愛称、ニーと被るので控えていた。その名には意味はなく、単に音の響きから付けていたが、いつまで使うか分からない偽名なので意味などは無くても良かったのだ。


「ほう、みんなそうなのか? ニナとやらは侯国の服のようだが」

「いえ、わたくしは……」

「ああ、済みません。彼女の正装は明日にでも見に行こうとしていましたので、今回には間に合いませんでした」


 この先、どんどんと帝都から遠ざかるので、流行りの服はこの町で買っておいた方が良い。プライベートビーチは明日までしか借りていない。体が充分休まっていれば朝にはそこを後にし買い物してから午後にでも町を出発する予定で、もう少し居続けるなら延長も吝かではないと思っていたのだが、このような人に目を付けられては早く町を出るべきだろう。


「ああ、それで一人だけその服を……いや、よく似合っている。美しい方だから何を着ても似合いそうだ。そちらのシャイニーとやらも、可愛らしくとても素晴らしい正装だ。それもよく似合っているぞ。二人とも聖女のようだ」

「う、美しい!?」

「か、可愛らしい!?」

「ほぅ……ではわし……いや、フェマは? 二人が聖女ならフェマは天使? ねぇ、ねぇ!」


 二人の容姿を褒めるミックティルクは、声色を変えて可愛らしく言い寄るフェマには、ああ、そうだねと空返事を返す。誰だアレは? とフェマを一瞥した後、ティナやシャイニーに滑らかに口が回るミックティルクに、聖女とは言い過ぎ……でもないかも知れないな、と思うトゥルース。ティナは言うまでもなくシャイニーも、痩せてはいるが顔立ちは良い方だ。顔の半分を覆う呪いである火傷のような痕が無ければ、それを隠すように伸ばして垂れ下げている髪も必要無くなるのに……と残念でならない。

 が、やはり気になったのであろう、ミックティルクがシャイニーの顔に手を伸ばしてその髪を掻き上げた。


「「「「!!!」」」」

「い、いやっ!!」






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