√トゥルース -003 バレた!?
「夫婦、でしたの!?」
いざ寝ようとした時のティナの第一声だ。トゥルースが出入り口に一番近い場所、ティナが一番奥に寝る様に用意し、トゥルースが横になろうとした途端、シャイニーがそこに飛び込むように潜り込んだのだ。無理もない、シャイニーにとって三日振りのトゥルースの温もりである。昼もそれで腹の虫の居所が悪くて、子供を諫める様な言い方になっていたのだった。
「ちゃうちゃう。嬢は坊に出会うまで人の温もりを知らずにおったからだそうじゃ。坊の温もりが病み付きになったのじゃろう。気にしてやるな」
「……はぁ。左様、ですか。わたくしもあのようには寝た事がありませんが……それ程にも寝心地の良いものなのでしょうか?」
既にすぅすぅと寝息を立てているシャイニーを見て、呆気に取られるティナ。慣れたトゥルースもフェマも苦笑するしかなかった。
「それより、いつまでも殿方の衣服を借りる訳にもいきません。どこかでわたくしの衣服を調達できないでしょうか……」
「この村では難しいかもな。農家の衣服しか見掛けなかったし」
「ふむ。それもあるが、姫は良くも悪くも目立ち過ぎるの。今日の警備兵どもと言い、この宿の者どもと言い……お主のその容貌では男も女も関係のう目を惹きよる。お主、何者じゃ?」
「うっ!わたくしは……」
言葉を詰まらせるティナの様子を見ていたトゥルースが追求しようとするフェマを止める。
「言いたくないのなら言わなくても良いよ。でもその容姿じゃあ、フェマの言う事も尤もかな。初めて見た時、心臓が止まりそうだったもの」
「えっ! ちょっ! 何を思い出していらっしゃるんですの!? ハッ!! もしやわたくしの身体が目的でわたくしを口説こうとしてらっしゃるのですか!?」
「いやいやいやいや。そうじゃなくてさ!」
「ええっ! 全否定!? それはそれで自信が……」
面倒な娘であった。しかし、それにしても……とトゥルースは寝具の上で座るティナを見る。
何度見ても見目麗しい容姿に頭がクラっとする。金糸のような長くサラッとした髪。輪郭の整った柔らかそうな頬。目尻の下がった優しげな眼に長いまつ毛と細く伸びた眉。スッと伸びた高い鼻。顔だけ見てもどこぞの姫様のような顔立ちに加え、細く華奢に見えながら、その実出る所は出て、引っ込む所は引っ込み、肌はツルツルもちもちで柔らかい。それはトゥルースが実際に見て触って確認している。
隣でトゥルースにがっしりとくっついて寝ているシャイニーとは比べようもない差があった。
出会った頃は最低限の肉しか付いて無くガリガリだったシャイニー。最近になって漸く女の子っぽく肉付きが良くなって柔らかさが出てきていた。しかし、それと比べては失礼な程に差があったのだ。女の子らしいシャイニーに、女性的なティナ。とても同い年には思えない。
しかし、そんな魅力的なティナだが、どこか近寄り難いと思わせる雰囲気を持ち合わせていた。一挙手一投足に至るまで凛とした佇まいに、その相手を批難するにも丁寧な言動、ラバに乗る際も乗り慣れた感が……
どう考えても街娘には見えない。やんごとなきお方というのはこの少女のような人なのかと思わせる要素に溢れていたのだ。そんな人をこんな大部屋の一角に寝かして本当に大丈夫なのかとトゥルースは冷や汗をダラダラと掻いた。
いくら呪いのせいであんなところに置いて行かれようとも、元々は大事に育てられた貴族か何かの娘である事は明白だ。軍に見付かっては説明が出来ないからと同意もなく連れてきてしまったのは兎も角、万一にも手を出してしまえば何か大変な事になるとトゥルースは本能で感じ取っていたのだ。
そしてフェマだけはティナの正体に気付いていた。
「お主……王族じゃろ。確か年頃の王女がおった筈じゃ」
「!!」
部屋の反対側にいたトゥルースには聞こえないように、フェマが声を押し殺してティナに問い質すと、当のティナは目を剥いて驚いた。先程フェマはティナの事を姫と呼んだのに、否定をしなかったのだから。トゥルースは、フェマが見た目で勝手にあだ名を付けると思い込んでいて、その容姿に名付けたものだと思って気にもしてなかったようである。
「安心せい。お主が打ち明ける気になるまでは黙っておいてやろう。じゃが……」
ホッとしたティナを余所に、今度はトゥルースにも聞こえるように声を上げるフェマ。
「どちらにせよ、その髪は目立つのぅ。何とかせい」
「切れとおっしゃいますの!? 髪は女の命ですのに!?」
「そうは言ってはおらん。巻いて持ち上げるだけで印象は大きく変わる。それと、嬢の化粧品を借りて顔自体も作り変えよ。本当に捨てられたのであればその顔のまま動き回るのは都合が悪かろう」
成る程、その特徴ある金糸のような長くさらっとした髪は、遠目でも分かってしまうだろう。それに女の人の目をも惹く整った顔は、知っている人であれば間違える事はない。
そして王女であるティナは、国外の者にも顔を知られているので、フェマの指摘は尤もだ。
「分かりました。明日は今までとは違うわたくしをお見せしましょう」
ふふんっと鼻息を荒くする様はやはり年相応の女の子だった。
「それはそうと、ティナは今後はどうする? 俺たちはシャイニーの親の手掛かりを探しに帝国へ行く予定だけど。付いてくるか、一人で別の道を行くか、それとも……帰るか」
トゥルースは少し性急かな?と思いつつ、ティナに今後どうしたいかを聞く。出来れば、この危なっかしくも美しい女性の力にはなってあげたいと思ってはいたが、先ずは先約であるシャイニーの親の件だ。それに商材である石を帝国で換金しないと、どんどん増える同行者の宿泊費や食費が馬鹿に出来ない。帝国を回るつもりで銀行のお金は残しているが、このままではじり貧だった。
「わたくしは……そうですね。先ず一人でってのは却下ですね。信頼出来る同行者が必要です。将来的にはそれも視野に入れなければなりませんが……それに資金がありません。この身ひとつで放り出されたのですから。出来れば三つ目の帰るを選択したいのですけど、どんな意図であそこに捨てられたのか分からない上、呪いが解けたとは思えないし思われないでしょう。もしかしたら顔を見せた途端に命を奪われるかも知れませんからね」
重い言葉だ。家族に命を狙われる可能性……そんな事にはしたくはない。特に、こんなにも大切に育てられたのだ。愛されていたのは火を見るより明らかだ。だからこそ、悲しい未来は見たくはない。
少し悲しそうな表情を見せていたティナが次に顔を上げた時には、その顔はどこかに消えて真剣な顔付きになっていた。
「もしよろしければ、どうかわたくしも貴殿方の旅に同行させて下さい」
佇まいを正し、手を前について頭を下げるティナ。その姿は断られて当然、それでも……という一筋の希望に縋りつくような必死さを滲ませながらも、決意に満ちた美しいお辞儀だった。
その姿に、トゥルースは焦り、フェマはほぅ、中々見所があるのぅと感嘆の音を上げる。
「何の芸も持たない、何の役にも立たないわたくしの我が儘ではありますが、よろしくお願いします。個人の財を食い潰す罪をお許しください」
頭を下げ続けるティナにトゥルースは頭を上げるようお願いする。最後は何か神にでも許しを乞いているような気がしたのは間違いではない。
「贅沢はさせられないからね? 先に言っておくけど。それでも良いなら一緒に行こう。何かティナの出来る事で返してくれれば良いからさ」
「……やはり、見返りは必要……ですよね? 仕方ありません。何も返せなかった時はやはり、この身を捧げるしか……」
「ちょっ!? だから! 待ってよ! そんな事する必要はないからさ!」
「そう、なんですの? わたくしの身体では魅力が足りないのですね……」
「いやだから何でそうなるのさっ!!」
今度は一転、自分の適度に育ったたわわな胸をモミモミしながら、あからさまに沈み込むティナ。素肌にトゥルースの服を直接着ているので、その柔らかそうな胸がティナの手によって様々な形に姿を変える。シャイニーがガッチリと抱き付いているトゥルースにとって、それは目に毒以外の何物でもなかった。いや拷問である。どちらも簡単に手を出してはいけないと決めた相手だ。シャイニーは守ってあげるべき相手、ティナは守らねばいけない相手、だ。
「今や頼るべき者は周囲にあなた様方以外いない身。帰っても良いのかどうかすら分からない今、わたくしがするべきは、信じられる者の傍にいさせていただく事。万一それが叶わない時は一人でも生きていく術を持つ事。わたくしも覚悟を決めました。この身がどうなろうと生きていくと。ですが、やはり何処の誰とも分からぬ者にこの身を捧げるのは嫌です。なのでトゥルース様、どうかわたくしをあなた様に貰って頂きたく……」
その言葉を聞いて、トゥルースは固まった。理解が追い付かない。大事に育てられたこの娘が突然世間に放り出されてまともに生きていける保証はどこにもない。何処の馬の骨とも分からない男に手込めにされる未来は容易に想像出来る。
「だからって、何で俺なのさ! 俺が君を貰う理由なんて無いし、君が俺に言い寄る理解が見付からないよ!」
「理由ですか? 理由はあなた様がわたくしの命の恩人だからです。あなた様は竜の姿になってしまったわたくしを助けていただいた方です。それ以上の理由は無いではありませんか。違いまして?」
「...もしかしてティナは、俺が竜の姿から人の姿に戻したと思っているのか?」
トゥルースは眉を顰める。これまでの話の流れで、その結論に至るとは思っていなかった。が、ティナは自信ありげに続ける。
「あら、違うのですか? あなた様が何かされたのでしょ? そのくらいの事はわたくしにも分かります。無知ではありますが、馬鹿ではないと自負しておりますよ? わたくしが竜の姿だった時、あなた様は何かを叫ばれてましたよね? それが切っ掛けで、突然苦しくなっていたわたくしが人の姿に戻った……あなた様が何かをなされたと考えるのが自然です。それに今日のお昼、シャイニー様が呪いが解消されたと仰いましたが、その直前に何があったかを思い出しても、あなた様がフェマさんと言い争っていた事しか思い浮かびません。どちらにもあなた様が関わっておりますので、わたくしを助けていただいたのはあなた様以外に考えられないのです。解けないと言われる呪いを解く能力・……神にも近いそのお力でわたくしは救われた。違いまして?」
だからこそ尽くすのは当たり前だと……そう言われたトゥルースは絶句し、フェマはクククッと笑う。よくそれだけの事から導き出せたな、と。
「坊よ、大変な娘を助けたものよのぅ。まあ、諦めて夫婦になるも良いが、嬢の事も忘れるでないぞ? ああ、わしの事は気にせんでも良いからの。わしなら一人でも生きていける」
「……何言っているんだよ、フェマ。フェマが一番一人にしておけないじゃないか」
フェマに掛かった呪い。放置すれば大変な事になってしまうが、かと言ってトゥルースが無闇にその呪いを解こうとすればフェマ自身がどうなるのか分からない以上、簡単には手出しが出来ずにいた。
「あら、お認めになられるのですね? わたくしを竜の姿から戻して頂いたのはあなた様だと」
「そ、それは……」
「そんなに警戒なさらないでください。もう無理は言いませんから。でも救って頂いた恩があります。この恩をお返しできるまでどの位掛かるのか分かりませんが、どうぞよろしくお願いします」
再度頭を下げるティナ。今度は先程とは違って柔らかな美しいお辞儀だった。
緩めなトゥルースの衣服を着ていたティナの胸元が見えてしまったトゥルースは、一刻も早く彼女の為の服を買わねばと心に誓うのだった。