√真実 -009 見知らぬ来客
「ただいま~。って、あれ? 父さんの靴ってこんなんだっけ? 買ってきたのかな?」
首を捻りながら靴を脱ぎリビングを覗くと、父総司ともう一人の男がソファーで寛いでいた。
「おっ! お帰り、真実君……で良かったよね? お邪魔しているよ。それにしても、大きくなったなぁ」
「えっ!? あ、あの…… ええっと?」
全く見覚えのない人物に、真実は総司に助けを求める。自分が全く知らないのに、相手は自分の小さい頃? をよく知っている様なのだ。これは困るし、気持ち悪い。
「はっはっは! 真実は覚えてなくて当たり前だ。何せ前に来たのは確か三才くらいの頃の話だっただろう」
「今は中学三年だって言ってましたよね? て事は今は十五歳か? となると、もうあれから十二年も経つのか。そりゃ大きくなるわなあ」
「時として私でもそう思う事があったからな。味久君なら尚更だろう」
沁々と大人二人で話すのを聞きながら、真実はいつになったら教えて貰えるのだろうと首を長くして待つ事となった。
味久餐児、総司と同じ職場で所属が違う年下の同期だと言う。ややこしい。味久もまた、総司と同じで長期休暇中だと言い、それを利用して遊びに来たそうだ。
「こっちの方までは中々来れないから、同じタイミングで休みを取れた時に来ておかないと」
「で? 今日は実家からの帰りだって言ってたか? それにしては帰りが早くないか? 休みはまだ先まで取ってあるんだろ?」
「そうなんですけどね、家に帰ると何かと煩くて……あまりにも口喧しいので早々に退散して来ました」
「何だ、敵前逃亡か?」
はっはっは! と笑う総司に味久は肩を竦めた。どこでも親は子供には煩いらしい。それが良い大人であっても。
「で、真実。みんなは? 一緒じゃなかったのか?」
「うん、みんな一度帰って着替えて来るってさ。時間はまだ充分あるんでしょ?」
学校帰りにみんなが雪崩れ込んで来るものだと思っていたらしい総司。やはり親子だ、同じ事を考えていたらしい。
「ん? 何かあるんですか? 飛弾ふくt……さん」
職場での呼び方は封印しているらしく、総司の呼び方を正す味久。身内なんだから良いじゃないかと思った真実だったが、総司が口止めしているようだ。
「ああ、真実の友達たちに夕飯をご馳走してやろうと、な」
「へぇ、夕飯を。飛弾さんが作るんですか?」
「たまにはな。君も食べて行くと良い」
「飛弾さんの作る料理か……偶には人の作る料理も良いですね。是非! ところで飛弾さん。何を作るんです?」
「味久君、今日は何曜日だと思ってるんだ?」
「えっ!? まさか……」
「ああ、そのまさかだよ。だが、まだみんなには内緒でね。黙っておいてくれよ?」
「それは良いですけど……何人集まるんです?」
「子供たちが六人、いや八人だったな。それから私と君とうちの家内の十一人になるか」
「ほう……結構な人数ですね。そういう話なら自分にも一枚噛ませてください。黙って見ている訳にはいかないでしょう」
「ふむ、それは良いが……それは共闘かね? それとも……」
「男なら対戦でしょう! 良いですよね? 飛弾さん」
大人二人で勝手に進む話に、追い付いていけない真実。
「へぇ、それでそれを追加して作っているって事か」
「ああ、そうなんだよ、智樹」
一番に来た智樹がカウンターに座ってキッチンに立つ真実を見る。リビングには誰もいなかったので智樹はいつも通り夢の話を聞こうとしていたのだが、智樹を招き入れた真実がすぐさまキッチンに駆け込んでいったので興味津々で覗き込んでいた。
味久の襲来で昨日光輝と共に仕込んでおいたデザートのゼリーの数が足りなくなるのが確定したので、急遽別の物を作る事にしたのだ。
「で、何を作るんだ?」
「前に炊飯器でチョコケーキを作っただろ? あれを応用して余ってるバナナを使ったケーキを作ろうかなって」
「お、何か美味そうだなそれ」でも良いのか? 炊飯器を使っても。親父さんが使うんじゃないのか?」
「いや、それが……父さん、炊飯器が小さいからって大きな炊飯器を買ってきたんだよ」
「あ~、まぁ十人以上もいれば、いつも使ってる奴なんて全く足りないわな」
「まあそうなんだけど……何を思ったのか、業務用の大きなガスの炊飯器を買ってきちゃったんだよね。値段もそんなに変わらなかったからって」
「……マジかよ。すげぇな、親父さん」
手慣れた感じでかき混ぜる真実も、随分とおやつ作りが板についてきた。今までは三食を確保するだけで手一杯だったが、光輝に習ってレパートリーが増え、智樹たちにおやつを出すようになってアレンジする事を覚えた。夏休みの内に料理の腕を随分と上げたものだ。
真実の手が動いている間、智樹は真実の夢の話を聞き出す。最近はみんながいる為、詳細までは聞けていない。真実と光輝が付き合いだしてからは真実が更に一人になる事が減ったので、聞き出す時間が殆んど無くなっていたのだ。電話で聞くという手もあるが、二人とも長電話には抵抗があってあまりしていなかった。
「へぇ、じゃあその町で暫く夏休みか」
「いや、その町で宿が見付からなくて。ラバで半日行った湖の畔の町のキャンプ場みたいな所に場所を借りようかと。無事に借りれる事が出来ても天幕暮らしさ。そんなんで体が休まるかどうか……」
「ふぅん。でも移動しないなら、それ程は負担にならないんじゃないのか?」
「分からないよ。でも次の目的の町まで二日くらい掛かるみたいだから、その負担を考えると……ってところなのかな?」
夢の中でトゥルースは、宿泊の延長が出来ないと断られると直ぐに近隣の宿を当たったが、全ての宿が埋まっており殆んど門前払いだった。この時期湖の北部は避暑に大人気で、近隣の町にある宿はほぼ予約で埋まっていた。諦めて宿に帰ったトゥルースに、湖の畔にある貸し区画なら解約が少なくない筈だと宿屋の女将に勧められたのだ。
元はプライベートビーチとして貴族が家族サービスに借りるような所らしいが、態々不便なキャンプをする貴族がいる訳もなく碌に使わず飽きて帰る者も多いので、宿に比べればまだ可能性は多いらしい。勿論そこに天幕を張る事も許されていて、貴族が使う事もあり警備は確りしているという。
「よし、後は焼けるのを待つだけだな」
炊飯器のボタン操作を終えた真実が後片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴った。祐二でも来たかな? と思ったが、開けに行く前にガチャリと音がして人が入って来るのが分かった。
そう言えば総司たちが出ていった後、鍵を掛けてなかったな、と自らの不用心さを思い出す真実だったが、祐二の声の他に総司たちの声も混ざっていた。途中で会ったらしい。
「おい、真実! お前、どうなってるんだ!?」
「えっ!? 何? 何の事!?」
光輝と綾乃を助けた事や瑞穂を庇って怪我をした事は聞いていたようだが、夜祭りで大捕物に大きく関わった事はついさっき聞いたらしい。
「何故話さなかった!」
「いや、母さんや警察から聞いているものだと…… 聞いてないの?」
「……ああ、そうか。花苗はそういう奴だった……」
全く伝わってなかった。それもそうだ。総司が帰って来てからその話題が一度も出ていなかったのだから、総司に伝わってない事くらい察せられた筈であったのだが、真実はその事にずっと気付かずにいた。母花苗もとことん面倒くさがり屋で、特に真実に問題はなかったし、終わった事だからと記憶の片隅にまで追いやっていたのだ。その前に久し振りに会えた夫との甘いひと時をくだらない事件のせいで台無しにしたくはないという深層心理も働いていたのだが。あの男三人組の件に関してはハズレを引きっぱなしの真実だった。