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√トゥルース -017 姫様と幼女

 


「おお、漸く見えてきたのぅ」

「ルー君、宿を先に探す? それとも食堂?」


 随分と日が傾いてきて漸く大きな町を目にした一行はホッと息を吐く。整備されているとはいえ、ずっとなだらかな山道を下っていたので、今どの辺りなのか地図を広げても皆目見当が付かなかった。地図に書かれた道がほぼ一直線だったのも、それを助長していた。


「う~ん、先に宿を決めてしまおうか。暗くなってから宿を探すのはしんどいからな」

「でも、この辺りなら天幕が張り易そうですよ? あなた様」

「いや、これだけ町が近いと危険が高くなると思う。夜盗だけでなく泥棒や痴漢目的の者が出るかもしれないから、出来るだけ宿にしたいんだ。こんな所で襲われても助けが呼べないだろ?」


 流石に一昨日、隧道の中で、すわ痴漢被害に!? という目に遭ったティナはヒィっと小さな悲鳴を上げた。トゥルースにすれば、年頃の女性を二人も連れているうえ、高額な石を持ち歩いている。一度夜盗の被害に遭いかけた身としては極力危険を避けたいところだ。何より漸く怪我だって治ったばかりなのだから。


 一行は隧道を出た後、昼食をご馳走になり、そのまま西へと進んだ。地図にある大きな湖の手前の町を目指して。約二日半の道程で小さな町も通過してきたのだが、ティナと約束した服の購入はまだ果たされていなかった。立ち寄った店で微妙な顔をするティナに、店員がその町なら帝都から直接服を仕入れている店もあるという情報を入手し、ずっと侯国で買った服で我慢していたのだ。

 しかし目的の町を目の前に、少し控えめなティナの様子に首を傾げるトゥルース。宿や飯より服屋を優先して探すかと思っていたので拍子抜けだ。




「ふぅ。部屋が空いていて良かったな」

「うむ。避暑の客があれ程もおるとはの。わしらは運が良かったの」


 帝都ではこの時期、仕事を長期休みにして避暑に出掛ける風習があるという。そしてその避暑地として湖の北部が人気があるらしい。水辺という事で南風も幾分か涼しく、近くに森もあるから気温がそれ程上がらない。上がった所で水の綺麗な湖があるから泳げば良い。

 もっと涼しいところ(侯国)を通ってきたトゥルースたちからして言えば、充分暑く感じるが、泳ぐ気ならこの位が適温なのだろう。


「さて、夕飯を食べに行くか!」

「湖が近いからの、魚が美味いぞ?」

「ウチ、川魚しか食べた事がないんだけど、違うお魚もあるのかな?」

「あの……わたくし、部屋に残っていますので、みなさんで行ってきてください」


 宿も決まりホッとしたところで夕飯に行こうとすると、ティナが力なく口にした。


「え? どうしたんだ? ティナ」

「む? 顔色が優れんな。どれ……お? こりゃ熱がありゃせんかや」

「えっ!? 大変! 夏風邪かしら。それとも……」

「そう言えば昼間、体をくっつけてた背中がやたらと暑くて気温が高いせいだと思っていたけど、もしかして昼間から調子が悪かったのか?」


 これは大変だとみんながバタバタと動き始めた。荷物から薬草を探すフェマ。寝具を用意するシャイニー。手桶に水を貰ってくるトゥルース。




「……あの。わたくしは大丈夫ですから、みなさんでお夕飯に……」

「何を言ってるんだ。仲間を置いてなんて行ける訳ないだろ」

「そうよ? 調子が悪い時はちゃんと言わないと」

「そうじゃの。軽い内に言わんと酷くなってからでは対処出来んようなってしまうからの。隧道での足の事、忘れたとは言わさんぞ?」

「うっ……済みません……以後気を付けます」

「よし、そうと決まれば宿に宿泊延長と飯の注文が出来るか聞いてくる」

「あ、ウチも。替えのお水を貰いたいし」


 バタバタと部屋を出ていく二人を見送ったフェマはティナに向き合ったが、その顔は幼女とは思えない程、真剣なものだった。


「のぅ、姫様。お主、竜に成った時の事を覚えておるか? その時と比べてどうじゃ? 似た感じではあるまいな」

「えっ!? いえ、あの時は確か……お母さまとお茶をしていたらだんだんと体の中が熱くなってきて……今は体がだるくて自分では熱は感じないくらいかと……もしやまた再発を!?」


 フェマの言い様に急に不安になったティナが一度横にした体を起こすが、フェマは慌ててそれを否定する。


「いいや、大丈夫じゃろう。症状が違うようじゃからの」

「本当に? 本当に大丈夫なんでしょうか、フェマさん」

「ああ、大丈夫じゃ。万一再発しようとも、坊から離れなければ何とかしてくれよう」


 突然出てきたトゥルースの名に首を傾げるティナ。自分の竜化の呪いを解いたらしいトゥルースの呪いとは……その疑問を口にする。


「……あの、トゥルース様のお力って何なのですか? 本当に呪いなんですか?」

「坊のか? 坊のは呪いじゃが、それを上手く利用しようとしとる最中じゃ。姫様の時は上手くいってホッとしたのぅ。じゃが、まだどんな呪いかは今の姫様には教えられんの」

「えっ!? どうしてです? わたくしに信がないと?」

「そうじゃの。姫様はまだ自分の正体を坊たちに隠したままじゃからの。それで相手の秘密を知ろうとは虫が良すぎじゃ」


 知りたければ自分の秘密も明かせ。当然の対価交換を要求するフェマに、ティナは力なく項垂れる。


「……そう……ですね。フェマさんの言う通りです。自らの身分を隠しているわたくしに、人の秘密を聞く資格はありませんね」

「そういう事じゃ。それに坊の呪いは使い方を誤ると危険じゃから、人にはおいそれと知られる訳にはいかん」

「そう、なんですね……わたくしが出来るのはトゥルース様の信用を得る事、迷惑をお掛けしないという事でしょうか。なのにわたくしときたら……」


 散々トゥルースには迷惑を掛けてきたと自覚しているティナ。王宮にいた頃は黙ってても美味しい飯が食べられ、煌びやかな服を着る事が出来、望む物は簡単に手にする事が出来た。でも一般教養として市井の人々はお金を稼がなければ飯を食う事は出来ず、お金がなければ服も買う事が出来ない事くらいは勉強して知っていた。

 まさか自分がそんな身になるとは思ってなかったティナは、自らは無一文であり衣服を買うことは愚か飯を口にする資格すらない事を痛感していたのだ。もし一人で何とかしようものなら、何一つ出来る事がない自分が出来るのは、この身を売る事。だが大事に王女として育てられた生娘が見ず知らずの男に身を捧げるなんて事は恐ろし過ぎて考える事も出来ない。自分に手出しをしてこないどころか、住は無いものの衣食を与えてくれるトゥルースはティナにとって文字通り救世主なのだ。

 だが、何かお返しをしたくても何も出来ない自分が恨めしいティナの目には涙が……


「まあ、そんなにめげんでもええじゃろ。少なくとも坊は姫様の事を仲間だと思うておるからの」

「であれば幸いです。それにしてもフェマさんはわたくしよりも大人な考え方をお持ちのようで……一体フェマさんは……っと、それを聞くのも、今のわたくしには資格がありませんね」

「まあ、わしの事は機会があれば聞かせても良いがのう。わしの呪いは遠からず姫様にも関わりのあるものじゃしの」

「えっ! それは本当ですか!? フェマさんとわたくしに繋がりが!?」


 寝耳に水とはこの事、王族だった自分と目の前のただ可愛らしいだけの幼女と、一体何の繋がりがあるというのか……だが、今聞くのは間違いだとつい先程言われたばかりだ。それ以上は追及出来ないティナ。


「まあ、それはおいおいじゃ。じゃが、坊の呪いは厄介での。呪いを力として使おうものなら、その者とは絶縁する事になりかねないからな」

「え? しかし、わたくしとは縁は切れておりませんよね?」

「うむ。おぬしは運が良かったの。それ(・・)を気にせんで済んだのじゃから。ふむ、少し話し過ぎたの。ほれ、姫様は飯が出来るまで寝ておれ」

「……申し訳ありません」

「そう弱気にならんでええ。恐らく気疲れとか旅疲れじゃろう、竜の姿が解けてまだ十日程じゃしな。食って寝ておれば良うなる」


 いつになく柔らかい口調になったフェマに撫でられたティナは、それまで知らなかった事や新たな謎で火照ってしまった頭の中でぐるぐると回る思考を一旦放棄し、だるくて仕方なかった体を寝具に預けた。優しく撫でられる小さな手が気持ち良い。

 暫くすると、すぅっと寝息を立て始めるが、フェマはティナを撫で続けるのだった。






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