√トゥルース -016 吠える行商人
「どうだった? ティナ。何か酷い事はされなかったか?」
「……ううっ! このような辱めを受けるとは……屈辱です!」
みんなの前で身ぐるみ剥がされぐったりしていた心配顔のトゥルースが部屋から出てきたティナに声を掛けるが、返ってきたのは恥辱に塗れた表情と言葉。
それを見た行商人の男は微妙な顔をした。その表情を見られた喜びと、その行いを見られなかった悔しさ。そんなところだろう。
「えっ? ちょっ! 何をしたんだよ! ティナは怪我人で被害者なんだぞ?」
「ええ、分かってます。ですから身の潔白を証明していただきました。問題ありませんでしたのでそちらの医務室でお怪我の治療をお受けください。では次の方」
軍医の元へ連れて行かれるティナを不安そうにトゥルースが見ていると、荷物の検査をしていた兵の一人が小さな声で、そんなに心配しなくても良いと口にする。え? とそちらに顔を向けるが、その兵が小袋をみっつ取り出した。
「ん? これは?」
「これは……俺の商材……です」
「おっ! それだ、それ! 中に金か石が入っている筈だ! 赤い石が!」
低机に足を投げ出していた行商人の男が鼻息を荒くして指差してくる。しかし何で中に石が入っている事を知っているんだ? と首を傾げるトゥルース。状況が状況なので商材の石を見せる事に抵抗はあるが拒否する事まではしないと決めていた。見ても良いか? と言う上官らしき人に頷く。
「……ふむ。確かに赤い石だ。これが盗まれた物だと? しかしお前が言うお金は入ってないぞ?」
「ここに来るまでに財布に移し替えたんだ! よく調べろ!!」
いちいち食い掛ってくる行商人。トゥルースは大人しく懐に入れていた財布を差し出すが、内心で冷や汗を掻いていた。侯国の首都の店で石を売った金額の合計が白金貨九枚と金貨数枚の合計約百万ウォルだったからだ。どこかで見られていたのか、聞いて回っていたのか……どちらにしても確信犯のようだ。
荷物の検めでは衣類もくまなく調べられた。別室ではシャイニーも身ぐるみ剥がされたようで、顔を赤くして出てきた。次はフェマだが、まあこちらは問題なく済んでしまうだろう。
「さて、答えは出たようだな」
「おう、金はちゃんとあったんだろうな?」
行商人が長椅子の背もたれに体を預けつつ、その上に肘を突いて首を支えふんぞり返って聞いてくる。
「ああ。あるにはあったがなぁ……」
テーブルの上に並べられたお金を見る兵の上官。
「こちらの者が身に持っていたのが白金貨二枚と金貨八枚、あとは小銭が少し。荷物の中で正装の服に入っていた紙袋の中に白金貨五枚。これで白金貨七枚だな。それからそちらの子供が持っていた白金貨一枚と金貨一枚、小銭。他の女性たちは鉄貨一枚すら持っておらなんだから、合計で白金貨八枚と金貨九枚だ」
「ちょっ! 何でフェマがそんなに持ってたんだよ!」
「ふんっ! わしだってちっとは貯えておったわい! それより何じゃ! あのような大金を持ち歩くなど用心が足りんぞ!」
「いや、あれは……」
文字通り身一つだったティナは当然財布など持ってはいないし、孤児院を放り出されたシャイニーも然りだ。対してお金は無い無いと言ってたフェマが意外にも大金を持っていた事に驚く他の三人。
「足りない……だと!? そ、そうだ! 隧道の通行料に使ったんだ! それに照明器具も買ったんだろう! それに使ったから足りなくなったんだ!!」
「ほう? それでは辻褄が合わないな。この四人は侯爵の出された隧道の通行証を持っているんだぞ? 無料で通れる通行証を。それなのに大金を払って通る理由が無いだろう。それにこの赤い石だが、これがお前のだとでも?」
「あ、ああ! そうだ!オレが仕入れた珍しい石なんだ! それを奪われちゃ商売あがったりなんだ!」
「……成る程な。ではこの石が何だか言ってみろ。知らずに売買は出来んだろ?」
見る見るうちに形勢逆転していき、窮地に立たされる行商人の男。トゥルースたち四人は黙って見ているしかない。が、男はとんでもない事を口にした。
「そ、そうだ! レッドナイトブルーだ! オレはバレット村の出身者なんだ!!」
「ほう? その証拠は? 何かないのか?」
「うっ…… そ、そうだ! 盗まれた中に通帳があった筈だ! 銀行の通帳が!!」
「……確かに通帳はあったな。では名乗って貰おうか。まだ名前すら聞き取ってなかったからな」
名前も聞かずに何やってんの! とトゥルースは内心で叫んだが、そんな雰囲気ではないので口を噤む。しかし尚も男のトンデモ発言は止まらない。
「お、オレの名は……ルース! ルース・バレットだ!!」
「……ルース? 本当にお前の名はルースなのか? 通帳にはトゥルースとあるぞ?」
「なっ!? そ、そうだ、書き足したんだ! 書き足したに違いない!!」
苦し紛れに尚も続ける男。既に周りの兵たちはこの男を黒だと決めつけている雰囲気だ。
「くっ! に、偽者の癖に綺麗な女を侍らせやがって! そっちの顔の醜い女は夜の慰み者か? それに幼女にまで手を出すたあ、男の風上にも置けないなぁ! 人の物を盗んでその金で養ってるんだろ! 良いご身分だが、ここで大人しく捕まれってんだ!」
ティナが綺麗だとは誰も否定しない。例えこれでも劣化化粧をしているとは言え、その雰囲気は隠しきれていないのだから。しかし、顔の火傷のような痕があるシャイニーや幼いフェマを悪く言うのは我慢出来ないトゥルースが怒りの形相をするのを、兵の上官が手で止めた。
「ほう? こちらの女性を罵るとは怖いもの知らずだな。それにまだ白を切るか」
「は? その醜い女が何だってんだ? どうせどこかで捨てられてたんだろ?」
「この女性は教会の 守られし首飾りをお持ちだ」
「なっ!? この女が!? だ、だがそれがどうしたってんだ! きっとそれを悪用しているだけだろ!」
「……はぁ、まだ分かってないな。この女性の事は既に周辺国に知れ渡っている。その同行者の情報と共に、な」
「な、何!? ま、まさか……」
「ああ、そのまさかだよ。守られし首飾りを与えられた女性の容姿の情報と共に、バレット村の売人が同行している、という情報が、な」
この女性を罵った時点でどちらにしても詰んでいた、と畳み掛ける兵の上官は男を拘束するよう兵たちに命令する。
「申し訳なかった。あの者は恐らく手配中の詐欺師だと思われるのだが、中々尻尾を出さなくて。巻き込んでしまった事、謝罪する。それに部下たちが数々の無礼を……許して欲しい。全ての責任は指示した私にある。処罰が必要であれば全て私が負うので部下たちには寛大な処置に止めてやって欲しい」
深々と頭を下げる上官の姿に、すっかり怒気は引っ込んでしまう四人。とんだ帝国入りとなったものだ。
「はぁ、仕方なかったとはいえ、俺らを身ぐるみ剥ぐ必要はあったんですか?」
「うむ、彼奴はそういうところを上手く突いてくる輩らしくてな。他にもお金の入っていた袋に侯爵の印が入っていた事など、突っ込むところは数々あったのだが……何より君たちの身の潔白を証明して追い詰める必要があったんだ。恥ずかしい思いをさせてしまい、本当に申し訳なく……」
侯国の首都の店で売った石の代金は殆どを直ぐに銀行へ預けていたトゥルースだったが、その頃男はというとあちこちの店を回って石がどの程度売られていたのかを調べていた。宝石店を何店も回るトゥルースに目を付けた行商人の男が、客を装って買い取り値をこっそりと後ろで聞いていて、他の店も回って売られた量で売却値を算出。チャンスを狙っていたようだが、流石に侯爵の屋敷に招かれていた事までは掴んでいなかった。着飾ったトゥルースたちを別人だと思っていたようだ。
石がレッドナイトブルーだと気付いたのは、赤い石が何故あれ程の値を付けるのかを考えた末の大博打であり、考えていたより安価に卸された事に不安も覚えていたのだが、他に理由が思い付かなかったのもある。
無事石を言い当てた男だったが、隧道内でティナたちがトゥルースの名前を濁して読んでいたのをそのまま口にしたのは本当に苦し紛れだ。
そして止めの墓穴を掘ったのは、男が教会に出入りするのを毛嫌いしていた為。綺麗事しか言わない一般の教会を穢れた男は嫌っていたので、首飾りを持つ者の情報を耳に入れる事がなかったからだ。
「いや、もう良いですよ。ニーやティナは?」
「ウチは恥ずかしかったけど……ルー君の為なら」
「わたくしも、そこまで言われてしまっては何も……あなた様に何もなかった事で良しと致します」
釈然とはしないながらも、難敵を捕まえる為に行った職務であるので、これ以上は何も言えないティナ。もしその身分を明かす事が出来るのなら、隧道を出てきた時点で名乗って男を捕まえさせる事も出来たであろうに……と内心では思っても決して口には出来ないティナだった。
「おい! わしは? わしには許すか聞かぬのか!? わしだって下着まで脱いだのじゃぞ!?」