√トゥルース -014 隧道 ‐3
「……あれ? 光が見える。ねぇ、フェマちゃん。あれって出口かな?」
「いや、違うの。外の光であれば、あれ程赤っぽくはないじゃろう」
前を行くシャイニーとフェマが前方に見える光を指す。後ろを進むトゥルースたちもメーラ越しにそれを認めた。
「いや、途中で工事をしているって言ってただろ。たぶんそれだな」
目印があると進んでいると実感が持てる。今までは視覚に入るのは灯りで照らされたすぐ前だけで、先が全く見えなかったのでとても不安になったが、二人一組で且つ前後に並んでいたので何とか気を保つ事が出来ていたが、もしこれが一人だったら気が違っていたかも知れない。暗闇の先からは水の滴る音がぴちょ~んぴちょ~んとどこからともなく聞こえてくるのみだったのだから。しかし暫く前からその工事の音であろう、カーンカーンという音も聞こえていた。水の音とは違う音色に首を傾げていたが、灯りが見えた事で工事の音だと確信した。
「お? 珍しく別嬪のお姉ちゃんじゃねぇか…… って、どうしたんだい? そっちのお姉ちゃんは」
工事をしていたのはガチムチなオジサン三人だった。通り掛かったシャイニーとフェマに気が付いた一人がトゥルースの背負うティナに気が付いて声を掛けると、他の二人も何だ何だと作業を止めてティナを見る。
「ちょっと靴擦れが酷くて……」
「ん? 隧道に入ってから痛めたのか?」
「ええ。洞窟の頃から痛がってたんですけど……」
「手当てはもうしてあるんだな。馬車は借りなかったのか?」
「ええ。まさかこんな事になるとは思わず……」
「そうか、それは大変だな。出口まではまだあるし」
「この隧道はあとどのくらいあるんですか?」
「う~ん、慣れた者なら四半時も掛からないが……怪我人を背負ってだとそれ以上は掛かりそうだな」
「ええっ!? まだそんなに!? そんなぁ……」
最後は先頭を歩かなければいけないシャイニーの悲鳴だ。ここまででも神経を磨り減らして来たのに、まだ四分の一程残っている計算だ。それを聞いたシャイニーはガクッと膝を折る。心が折れたようだ。
「やいやい、大変だ。お姉ちゃん大丈夫か? ここで少し休んでいけ。儂たちも休憩をしよう」
作りかけの待避所で暫しの間、敷物を敷いて寛ぐ一同。荷物から保存食を出して振る舞えば、作業員のオジサンたちも持ってきていた間食を差し出してきた。オジサンたちには、作業で汗を掻くので塩辛い保存食が好評だった。対してトゥルースたちにはオジサンたちの間食が素材の味が良く分かり美味しく感じた。メーラの背中から降りたミーアも気に入ったようで、シャイニーの膝の上で美味しそうに食べていた。
隧道内の作業は帝国の者ではなく侯国から作業員が入る。ノウハウがある侯国から作業員が入るのは当然で、その侯国では薄味が好まれているので、トゥルースたちの持ち込んだ濃い味の保存食は大層喜ばれた。
「普段なら薄味が好みなんだがなぁ、こういった力仕事の最中は濃い味が恋しくて堪らねぇ」
「ちげぇねぇ。作業の日は濃い目に弁当を作ってくれと言っても大して変わらねぇからな」
「まぁ、味付け用の匙が小さいから、一杯を二杯にしたところで大きくは変わらねぇからな。それに一食分だけは面倒くせぇときたもんだ」
不満を口にするオジサンたちに苦笑を漏らしたトゥルースは、王都に着く前に買い溜めていた保存食を放出した。ボチボチ食べきらなければ腐るかも知れないが、保存食は女子供には濃すぎるし固いので不評で中々減らなかったのだ。早めに食べるのを条件に、みんなで分けて食べるよう渡す。帝国に入ればまた何か美味しそうな保存食が手に入るだろうと期待して。
丁度その時、コツコツと足音が聞こえてきた。後続の者が通るようだ。作りかけの待避所にラバを押し込めて後続者が通る道を作る。相手が大型の馬でも牽いていれば通れないかも知れないが、これだけ開けておけば通れるだろう。
「お? この時間帯にこんなところで人を追い越すとは珍しいね。しかも美女揃いとは……って子供までいるのか。こりゃまた珍しい」
小型の馬に牽かれた小さな馬車に乗った若い男が、馬車が横に付いた所で馬を止める。低く出来たその馬車は人が乗っても天井まで余裕がある。これが隧道専用の低床馬車かと感心する四人。
「ん? あんた、行商人の……」
「丁度良かったじゃねぇか、あんたら。こいつの後ろを付いて行かせて貰えば負担が減るんじゃねぇか?」
「おう、それがええ。なあ、あんた。こいつらの先導を頼めねぇか? 怪我人がいるわ、先頭のお姉ちゃんが潰れそうだわで大変なんだわ」
トゥルースたちの代わりに通り掛かった男に頼んでくれるオジサンたち。成る程、人に付いて行けばシャイニーの負担も減りそうだ。当のシャイニーもその考えは無かったようで、目を輝かせてその男を見つめる。
「む? 馬車がないとなると、歩きに合わせた速度になるな。オレも暇じゃないんだが……って、分かった、分かったから、そんな目で見ないでくれよぉ」
どうやら行商人の男はシャイニーに加え、ティナの目力に根負けしたようだ。少々鼻の下が伸び、視線がティナの胸元に行っているのが気になるが。男の名は
「ほんじゃぁ、怪我人はオレの馬車に乗せよう。その方が速度が上げられるだろう。今荷物を片付けるからよ」
「……ええっと、負担を掛けて申し訳ないのですが、わたくしはルース様の背中の方が……」
珍しく……もないが、我が儘を言い出すティナ。トゥルースの気を引くようなおかしな言動は多いが、トゥルースの負担になるような事は殆ど口にしてこなかったのだから、これにはトゥルースだけでなくシャイニー、フェマまでもが驚いた。人見知りするような事は今まで無かったようにも思う。トゥルースとしてはティナくらいの体重であれば、ラバたちに載せている自分の荷物よりも軽いくらいで負担には思ってないので、それは構わないのだが。トゥルースへの呼び方がいつもと違うのは何かを警戒してなのか、それとも親しみを込めてなのかは分からない。
「どうしたんだ? 乗せて貰えば良いじゃないか」
「あなた様がそうしろと言うのであれば従いますが……(何か嫌な感じがするのです)」
こそっとトゥルースに耳打ちするティナ。確かに先程のいやらしい目を見れば避けたくなるのも頷けるが……
「はっはっは! 旦那ぁ、お姉ちゃんに嫌われたな」
「あれぇ? オレ、何もしてないよな? な?」
「がっはっはっは! まぁよ、お姉ちゃん。まだあと少し距離があるからお言葉に甘えて乗っけてって貰うと良い」
「そう……ですが……」
結局、ティナはオジサンたちの勧めもあって馬車に乗せて貰う事になった。何かあっても逃げ場のない一本道だから、と。馬車を見ると、細長くて車輪も小さめだ。足の置き場は前が少しせりあがっていて、まるで雪ソリのようだと思ったら、実際ソリを改造したそうだ。隧道の貸出し馬車なのかと思ったら自前らしい。馬車の上には侯国で買い付けたのであろう野菜等が載っていたが、そんなには多くない。
「わたくしは荷台の後ろで構いません。どうぞお構いなく」
「そんなつれない事言うなよ。折角場所を空けたんだからさ」
ぱっぱとそれらを寄せて前の方に座るスペースを広げる男だったが、男の横に乗るのをティナが嫌がった。チッと舌打ちをする行商人の男にみんなティナが嫌がった理由を察したが、場所が場所なだけに何も出来ないだろう。
「おう、風が止んできたな。急げよ……っと、その前に馬を押さえておきな」
そう言うと思いっきり息を吸い込むオジサン。
「おおーい!! 怪我人がいるー! 午後の通行を一時見合わせろー!! けーがーにーんーだー!!」 んだー……んだー……
「(わかったー! きーをーつーけーろー!)」 ろー……ろー……
何も見えない暗闇に向かって大声を出すと、何秒も遅れて反響しながら微かに返事が返ってきた。全く光が見えないのによく聞こえるなと思う一同だったが、音を吸収するような物がない細長く伸びた空間なので可能だという事だ。空気の乾いた冬場だと風向きによっては洞窟が終わる辺りから帝国側の出口まで声が届くらしい。風が弱まった今だと、こちらからの声はよく届き、あちら側からの声は少し聞こえ難いがちゃんと届くそうだ。
心許ない灯りを取り換えた後、ティナが馬車の荷台の後端にちょこんと座ると、馬車はゆっくりと走り出した。その後ろをシャイニーとフェマが続き、メーラに続いてトゥルースとミールが付いていく。それまでより明らかに速度が上がるのが分かる。それ程にシャイニーの負担になっていたのかと驚くトゥルースだったが、少々違うようだ。
「ま、待って! 速っ……」
「やい、待たぬか! 速過ぎじゃ!!」
徐々に離されるシャイニーたち。トゥルースでさえ小走りしていた為、小さいフェマはほぼ全力疾走だ。そんなので長く走り続ける事など出来る訳もない。次第に速度が落ち、終いには足が止まった。
「ニー、フェマ。大丈夫か!?」
「はぁはぁ、それより、はぁはぁ、ティナさんが、はぁはぁ」
「ひぃひぃ、坊、ひぃひぃ、わしらの事はええ、ひぃひぃ、ティナ嬢を、ひぃひぃ」
膝に手を付き、息を荒くするシャイニーとフェマだったが、自分たちの事よりも連れ去られたティナを追ってくれと指差す。しかしその時、悲鳴が隧道の中に木霊した。
「嫌ぁ!! やめてぇ!!」 てぇ……てぇ……