√トゥルース -010 食べ続ける呪い -1
「ふぁっ…… んー!! ん。あ~、おはよう、ティナ」
「あ、おはようございます、あなた様」
「あれ? ニーとフェマは?」
ティナの呼び方に慣れないが、いちいち指摘するのも疲れたトゥルースが、他の二人が部屋にいないのに気が付いて訊ねた。
「お二人は朝食の支度を手伝いに行くと出て行かれましたよ。あなた様が起きないようそっと」
「そうなんだ。起こしてくれても良かったのに。で? 何でティナは俺にくっついてるんだ?」
「あら、いけませんでしたか?」
「いや、起きてるのなら離れて欲しいんだけど」
シャイニーにくっついて寝るのを暗黙の了解で許しているトゥルース。結局、ティナやフェマまでもがくっついて寝る様になってしまった。が、シャイニーもフェマも目覚めれば素直に離れ、着替えを済ませて自分の仕事へと向かっていた。しかしティナはそこに留まりトゥルースから離れずにいた。その理由とは……
「思ったより冷えますのね、屋内であっても」
元々標高の高い山間地帯にある侯国の、更に山を上った先にある隧道を目指している一同。もう半日も行けば隧道に着く位置である。結構高い標高である地であるからか、夏でありながら夜は冷え込んだ。特に朝方は。
一同は昨夕、適当な広場を見付け、そこに天幕を張ろうとしたところで近くの住人らしき人に声を掛けられた。この辺りは冷え込む、直ぐ近くに家があるから来なさい、と。トゥルースが断ろうとするとフェマが子供らしい仕種で大喜びしその人に付いて行ってしまった。普段とは全く異なるフェマに、誰だあいつ? 状態だったが、仕方ないと一同は荷物を纏めて付いて行き、泊めて貰ったのだ。
「いや、寒いのは分かる。分かるけどさぁ……もう成人して大人なんだから、もう少し恥じらいを持とうよ」
「あら、それってシャイニー様にも?」
「うっ!」
それを言われると弱いトゥルース。ティナには苦言を呈しておいて、同い年のシャイニーには何もお咎め無しなのか? と。
「で、でもさ、シャイニーは起きたら直ぐに寝具を出ていくし。それに、男と寝床を共にするなんてって言ってたのはティナじゃないか」
「そうですが……事情が変わったのです! まさかシャイニー様があれ程に積極的だとは……」
それはシャイニーが毎晩トゥルースにくっついて寝ている事を指しているのだろう事は想像に容易かった。しかし、モテる要素が無いと自覚しているトゥルースは、どうしてそんな思考になるのかが理解出来なかった。
「お分かりになりませんか? もし無事にわたくしが帰る事が許されたとして、恩人とは言え乙女の裸を見られたお相手を逃すのは当然として、そくし……こほん、妾や愛人扱いに落ちていれば、やはり帰る事が許されません。万一そのような事になれば、知られた途端にたちまち修道院へと放り込まれるでしょう」
「ええっ!? いくら何でも、そんな事はないでしょ!」
「いいえ、あのお父さまなら烈火の如くお怒りに、お母さまは気を失って床に伏せるでしょう」
「……でもそれって……俺とティナが結婚……!?」
「そういう事ですね。何としてでもあなた様のお心をわたくしの物にしなくては、と気が急ってしまうのです」
いや、そこはバラしちゃ駄目なところじゃないの? とトゥルースが内心思うが、ティナの真剣な眼差しに言い返せないでいると、そこにフェマが入ってきた。
「坊、起きたかや? って、姫様、まだ起きておらなんだのか? 二人とも早う起きて着替えんかや。もう朝飯が出来上がっとるでの」
「あら。よく眠れたかしら? 皆さん仲がよろしい様ね?」
「おはようございます。お陰さまでぐっすりと寝る事が出来ました」
食堂に向かうと、既にみんな朝食を食べ始めていた。先に食べ始めていた事を詫びる女性、マーナ。
「ごめんなさいねぇ。うちの子、食べ物見ると見境無くなるから……」
見ると、食べるペースこそ普通だが、次々と並んでいる料理を口の中に放り込んでいく。シャイニーやフェマがミーアにご飯を分けてあげようとするのも狙おうとして、その手をミーアに引っ掻かれそうになっていた。長男のティアリタと言う子で、何とトゥルースたちと同い年だった。他に妹二人がいたが、その目は冷ややかだ。
更に遅くに来たトゥルースとティナの朝飯の載った皿に狙いを付けるティアリタの手をマーナの手が叩く。
「駄目よ、ティア! それはお客様のだから!」
ニックネームがティナと少し被っていて紛らわしい。ティナがビクッとしていた。
「マーナさん、あの……ティアリタはずっとこんな感じなんですか?」
「まあ、以前からよく食べる子だったんだけども、一年くらい前から酷くなってね。最近じゃ、料理人の目を盗んで厨房の食材まで漁るものだから、避暑を兼ねてこの別荘に来たって訳なの」
「ん? マーナさんの家は料理屋か何かなんですか?」
マーナの言葉に首を傾げたのはトゥルースだけでなく、他の三人もだった。
「あらやだ、私、言って無かったかしら。うちの家名はアルリフよ」
「アルリフ……さん? アルリフさん……あれ? つい最近聞いた覚えが……」
「(あなた様、あなた様! 侯爵様ですよ! アルリフ侯爵様!)」
「「ええっ!?」」
ティナに言われて思い出すトゥルース。たった一日で忘れるのもどうかと思うが、殆んどその名を口にしていなかったし、元々アルリフ侯国の名も侯国と略されるのが普通だった為だ。それはシャイニーもだったが、フェマは何を今更という目を向けていた。
ティナは王家の者、王国国王の娘であった。この事はフェマがいの一に気が付いて言い当てていたが、トゥルースやシャイニーには黙っていた。その為、国内外の関係についてはある程度勉強しており、マーナの言葉に直ぐに気が付いていた。冷や汗を掻きながら。
昨日侯爵の屋敷を出る際は、ある程度別人に見えるようにちょっとした変装(化粧)を施していたのだが、今は起きたてで化粧は落として素のままであった。一般の人が自分の事を知る筈はないので、首都を出て気が抜けていたのだ。まさか人里離れたこの場所で、この国の長の夫人に出会うとは……世間は狭いと痛感するティナだったが、今更なので大人しく息を潜める。
「侯爵夫人だったんですか!?」
「ふふふ。見えないでしょ? みんなに言われるけど、別に私が偉い訳じゃないし、ね」
立場上、国外からの来客を迎える為に着飾る事はあっても、普段はこの国で買った服を着ている今のティナとそんな変わらない格好だと言う。そう言えば侯爵も堅苦しいのは嫌だからと言葉使いや態度だけでなく、随分と砕けた服装だった事を思い出す四人。料理人がいるとはいえ、こうして自分で料理もしている所を見ると、侯爵の呪いのせいとはいえ夫人もそれに甘えて国民と変わらない生活をしているようだ。国民から愛される理由のひとつなのかも知れない。
今まで王家の者として甘やかされてきたティナにとって耳の痛い話である。ティナは料理も掃除も当然のように出来ず、時には着替えでさえ宮の者にやって貰う事も多々あった。それもあってティナはこれまでトゥルースに付いてきてはいるが、役立つ事は今までのところ何ひとつ無く、歯痒い思いをしていた。だからと言って安易にエロ担当に堕としたつもりは無いんだがな!(作者談) それで良いのか? 姫様よ。
「でも、それなら納得だな。ほぼ際限なく食べ物がありそうだ」
「そうなのよね、気が付いたら明け方まで食糧倉庫でそのまま食べられそうなものを漁っていたとか何度も有って……」
「そこまで……でも、それって……もしかして」
「ええ、たぶん呪いね。よりによってティアがこんな呪いを持ってしまうなんて……」
頭を抱えるマーナ。一生付き纏う呪い、しかもこんなに厄介な。
食べ続ける呪いという事はそれだけ栄養を過剰摂取し太り易くなるであろうし、胃腸への負担も凄い事になるだろう。何より病気になり易くなり短命となるのは想像に難くない。今まで次期侯爵として教育してきたが、それどころではなくなってしまった。
不幸な事に代わりとなる次男はおらず、妹二人だけ。侯爵家を女が継ぐ例は今まで無くも無かったが、それは侯国となる遥か前の話で二百年以上も前の話なのだ。それに妹たち二人にはそのような教育はしておらず、どちらかと言うと嫁いだ先で兄ティアリタを補助するような働きをする様に教育されていた。そもそも国内には敵対するような勢力はほぼ無かったが、何かの間違いで悪い方へと動いてしまう事もあるので、それを防ぐようにと。
「この別荘で食事制限すれば改善しないかと淡い期待をしてたのだけど……呪いって厄介なものね」
侯爵の呪いはある意味親しみの持てるものなので、あのままで良いと言うが、流石にティアリタの呪いは笑って済ます事が出来ないレベルであった。