√トゥルース -089 支店長の頭
「良いんですか? 支店長。直接ご挨拶をされなくても」
遡って未明の事、軍艦へと納入する生鮮食品を運び込んだエスぺリスに、手伝いとして同行していた食品部門長が声を掛ける。
「王女様のお好きな物をあれ程苦労して集めたのですから、直接お見送りをされたら良かったじゃありませんか」
「いえ、こんなみっともない頭でお会いする訳にはいきませんから」
吊り下げ階段を上っていくミックティルクたちに自慢の頭を下げて遠くから人知れず挨拶するエスぺリス。
明るんできた空にその頭はいつものように光を反射する事はなかった。ミックティルクからその反射する程に光る頭を潔しと気に入られていたエスぺリスにとって、反射しない頭は堂々と見送りする資格はないと思わせていたのである。
「頭って、そんな言う程おかしいとは思えませんけど?」
「いえ、いつものようには光らないのよ。ミック様は私の光る頭を気に入ってくれてましたから、光らない頭でお会いする訳にはいかないわ」
ミックティルクがエスぺリスの光る頭を褒め称えていたのは事実であったが、それは女性であるにもかかわらず呪いによって髪がない事を気にさせないようにという心遣いである事はエスぺリスも分かってはいた。しかし分かってはいても光らない頭を見せるのはミックティルクを心配させるのではという思いがあって直接の見送りを見合わせたのだ。また会った時に元気な姿を見せれば良いと。
「さあ、店に戻りましょう。農家の納入の時間が迫っているわ」
「……あの方たちにもご挨拶されずに戻るのですか?」
「ええ。もう挨拶は昨日済ませてますからね」
そう言いながらフェマに貰ったニット帽をかぶりながら荷馬車に乗り込むエスぺリスの後に続いて荷馬車に乗り込む食品部門長だったが……
「あれ? 支店長、支店長の頭が」
「え? 私の頭が何?」
御者の横に座ったエスぺリスが被りかけたニット帽を再度外し、光らなくなった頭をペタペタと触る。
呪われた光り輝く頭を開き直ってトレードマークとしていたので、光らなくなった頭は恥だとも感じてしまっていたエスぺリスにとって、フェマから必要になるからと言われて貰ったニット帽は早速活用する機会を得る事となった。その予告通りの状況に戸惑いを感じつつ、ただの偶然だと疑う事をやめて有り難みを噛み締める。もしや一服盛られた? と一瞬疑ったものの、フェマが悪意を持っているようには全く思えなかったのだ。
そのニット帽を外した頭をじっと目を凝らして見る食品部門長。虫が付いた訳でも汚れがある訳でもなさそうだ。となれば、そんな歳とも思えないがいよいよ頭皮が老化によって荒れてきたのかと顔を顰めた。
まだ三十代であるが、女性らしさの象徴である髪がなくなる呪いによって結婚を早々に諦めたエスぺリスは仕事に没頭してきた事で支店長にまで上り詰めた。遂にその皺寄せがきたのかと覚悟を決めたのだが……
「支店長、頭に産毛が!」
「……ぇ。産毛? 産毛って……ええっ!? 頭に産毛ぇぇぇえ!?」
ペタペタと再度頭を触るエスぺリスだが、自らの頭を確認するには希少品である鏡を使わねば困難である。店に戻れば設置してある鏡で可能であろうが、ここではそれも無理であった。
ふとエスぺリスは手に握ったニット帽を見て思い至る。フェマが必要になると言ったのはもしかしてこの事だったのではないのか、と。
となれば、フェマの言葉はエスぺリスに掛かっている呪いが解けるという予言とも取れる。一度掛かった呪いは一生付き合っていかねばならないのがこの世の常識であるのに何故? と考えるもその答えは全く思い浮かばない。ならばどうしてフェマはそれが分かったのか……
パッとトゥルースたちの方を見ると、見送りが終わったトゥルースたちは馬やラバに乗ってその場を後にしようとしていた。
「ま、待って!」
その理由を知ろうと慌ててトゥルースたちを呼び止めようとしたのだが、元々離れた場所にいた事もあってその声が届く事はなかった。
これにて第三部終了です。
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