√真実 -005 メイド ミサ
「助けて! 真実君。私、このままじゃ夏休みがアルバイトだけで潰れちゃう!」
いつものような間の延びた声ではなく、切羽詰まった悲痛な声だった。勿論、声の主はミサだ。
「あの。フラッペが溶けちゃうから、話は後でも良いですか?」
スペシャルパッションマンゴーフラッペのジャンボを目の前に、律儀にもお預け状態の香奈が顔を顰める。奥の厨房からも呼ばれたミサは渋々とその場を後にした。
「何か……あまり大丈夫そうじゃないね。後で話は聞けるかな?」
「そんな事よりほら! 早くしないと溶けちゃうわ」
心配する真実の言葉に対して香奈がそんな事呼ばわりするのも今だけは仕方ない。のんびりしていては氷が溶けてしまうのだから。
一斉にスプーンをそれぞれの山に差すと真っ先に口に入れた綾乃が目をぎゅっと瞑り頭を押さえる。
「んーーー!! キーンときたー!」
「一気に口にし過ぎよ。そんなんじゃ最後まで食べられないわよ?」
「いや、先ずはお約束だからね~。かき氷系はこれをしないと!」
「成る程! それもそうね。アタシも後でやろっと♪ でも今は味わっていたいからね~」
そう言ってスプーンの上に乗ったマンゴーの一片を口に運ぶ香奈。ん~~~! 甘~~い♪ と満面の笑みを見せる様はキャピキャピの女子高生だ。え? 死語? 知らんがな。
どんどん減っていくスペシャルシリーズのジャンボ。呆気に取られる真実と光輝だったが、目の前の金時シリーズを二人も口にする。ああ、これが夏か! と思う二人。口の中に広がる甘さは二人の作るおやつの何倍も甘く、そして冷たかった。
真実の頼んだ抹茶金時は甘い中にも抹茶の引き締まった香りが上に乗った餡と絶妙なハーモニーを奏でていて美味しい。対して光輝のミルク金時は甘々コンビなのだが、ミルクの優しさに包まれて幸せを感じずにはいられない。
夏の風物詩とも言えるかき氷は昼前で腹ペコの中学生にはミニサイズでは少々物足りない量だった。しかしこの後、昼飯を食べる事を考えれば物足りない方が良いだろう。
それに対して目の前のお嬢様方はノーマルサイズよりも遥かに大きなジャンボサイズをお召しだ。それも片や他のフルーツに退けを取らないマンゴーをどっさりと使ったスペシャルパッションマンゴー、片や爽やかなミント風味で甘味の代表たるチョコと氷だけでなくアイスクリームも盛られ白と黒の見事な色合いに色彩豊かなフルーツが散りばめられたスペシャルフルーツチョコミントフラッペ。
どちらも食通をも唸らせる見事な出来映えであったが、普通ではないのがジャンボと銘打ったその量であり、何人かで分けるのも頷ける量だ。しかし、二~三人分もあろうかというそれらは、あれよあれよという間に底が見えだしていた。その異様とも言える二人の食いっぷりに、真実や光輝だけでなく店内にいたお客や厨房からも視線を集めていた。うぇっぷ。
「はぁ~、美味しかった~♪」
「ふぅ~、満足、満足ぅ~♪」
闘いは終わった。勿論、勝者は二人の少女だ。
「……気にするな、光輝。気にしたら負けだ」
「……ん。気にしない、気にしない」
真実の忠告にコクコクと首を縦に振る光輝。周囲には気にしてしまい闘いに敗れた者たちが死屍累々とテーブルに突っ伏していた。うぇっぷ。
「さぁて、今度はいつ来よう?」
「今度はこんな格好じゃなくてお洒落して来たいけど……来れるチャンスって道場の帰りくらい?」
「う~ん、道場の帰りじゃ、着替えはあまり持ち歩けないわよね?」
「どうしようか?」
「まいっか~♪ それはそれで諦めれば」
「そうね、この時間帯なら空いているみたいだし♪」
綾乃と香奈の会話に、やっぱり来るつもりか! と衝撃を受ける真実と光輝だった。
「4000円になりま~す」
「じゃあアタシ2000円出すわね?」
「本当に良いの? あたしがこの二人の分を出すつもりだったんだけど」
「良いの良いの。気にしない、気にしない。これっぱかししか出せなくてゴメンね~」
いや、奢って貰うのに謝って貰う謂われはない。真実と光輝は二人に改めてご馳走さまとお礼を言う。
「あ、そうそう。このスペシャルシリーズには裏メニューがありましてぇ。パッションマンゴーには白桃ハーフ、フルーツチョコミントにはフルーツチョコキャラメルって言う~」
「「なっ! ナニソレ! 食べたい!!」」
レジの対応をしてくれたメイド姿のお姉さんがこっそりと二人に打ち明ける。どうやらスペシャルシリーズのジャンボを一人で完食したヘビーユーザーにだけ教えているようだ。あざとい。そしてまんまとその戦略に絡め取られる二人。あと二回ではなくあと四回は今月中に通わなくてないけない計算だが、大丈夫なのか?
いや、今日は他に聞く事があった。それを思い出して慌ててメイドお姉さんに聞く真実。
「あの! ミサさんが助けてって…… 一体何が?」
「え? ああ、ミサちゃんの知り合いだったのね? 実は……」
ミサがバイトに入ってすぐの事、それまで主戦力だったバイト二人が辞めてしまったらしい。理由は付き合い始めたから時間が欲しい、と。入りたてで慣れていないミサには酷な話だったが、バイト代を弾むからめいっぱい入って欲しいと懇願されたそうだ。なにもかき氷商戦で沸いているこの時期に辞めなくても良いのに、とはメイドお姉さんの言葉。しかし、暑くなる夏は男女も熱くなると言うモノ。心当たりある四人はお互いに苦笑した。
泣きそうな顔のミサを遠目に軽く手を振って店を後にする四人。ランチタイムに入って次のお客さんでいっぱいになってきたので、邪魔になるからと退散してきた。メイドお姉さんにはミサに頑張って! と言付けを頼んで。薄情と言われようが、そうとしか言えない。
「さて、これからどうするの?」
「あ、俺たちは午後から俺の家でみんな集まって勉強会を……」
「へぇ、そんな事してるんだ。忙しいのね、中学生って」
「あ、あたし一度家に帰らなくちゃ! お昼、一緒に食べに行くって言ってあったの忘れてた」
ええっ!? フラッペのジャンボを食べて更に昼飯を食べに行く!? と驚く真実と光輝。ご飯と甘い物は別腹よ! と言う綾乃に真実は、それは食べる順番が逆だったらの話で……と口に出す事は出来なかった。
それから綾乃は自宅へ、香奈も勉強は嫌いだからと家に帰って行った。残った真実と光輝は二人で真実の家へと急ぐ。
「ん? 今日は智下はいないのか?」
「ああ、家族と昼飯に出掛けるから少し遅くなるって」
ふうんとキッチンに立つ真実に智樹が気の無い返事を返し、いつも通りダイニングテーブルに勉強道具を広げると、それに続いて祐二と華子もテーブルに着いて同じように道具を広げる。この三人はもう夏休みの宿題は完了させて受験の為の勉強のみになっていた。対して光輝や綾乃はあと少し宿題が残っており、真実に至ってはまだまだ確りと宿題が残っていた。
その理由は三者三様だ。真実は予定外の入院でその期間宿題も勉強もできなかったからで、光輝は真実を心配するあまり宿題にまで手が付かず。綾乃は……勉強嫌いが祟って家で殆ど進めていなかっただけだが。それでも光輝と綾乃は今日か明日には宿題を仕上げられそうではあったが。
「そう言えば、今度の金曜日だったよな? 模擬テスト」
「ああ、24日な。みんな受けるんだろ?」
「うん、あれって希望者だけって話だけど、高校進学者はほぼ全員受けるんだろ? お金が掛かるのは痛いけど、仕方ないよね」
「おま…… 受験費を食費から出してんのか? まさか黒生も?」
智樹の質問にコクリと頷く真実に続いて、光輝もコクコクと頷く。それで今月はお金が無い無いと言っているのかと納得する三人。
すると、玄関のチャイムがピンポンと鳴る。
「あれ? もう綾乃が来たのかな? ちょっと俺、手が離せないや。誰か開けに行って貰えるか?」
「……あ、ウチが行く」
真実は今おやつの仕込みで手がベタベタだったので、丁度昼飯の皿を洗い終えた光輝がエプロンで手を拭いながらパタパタとスリッパの音を立てて走っていく。その後ろ姿を見てデレッとする真実を、冷ややかな目で見る三人。光輝の着けるエプロンは光輝自身が持ち込んだ物だが、すっかりこの家に常備されるようになってしまった。まるで同棲中カップル、いや新婚さんだ。
すると玄関を開ける音と共に、意外な声が聞こえてきた。
「ただい……ま? あれ? 失敬、家を間違え……てないよな? あれ?」




