√トゥルース -088 見た?
「どうする? まだ昼くらいだよな」
ミックティルクたちを見送った後、湖の周囲をぐるっとCの字を書くように北上しだした一行。南下する予定のアディックとリムも直接南下する道がないので一旦北上して西進してから湖の西側を南下していく予定であった。
しかし、夜明け前から移動を始めていたので想定よりも遥かに進むのが早く、午後の日が傾きだした時間に着く予定だった宿に昼頃に着いてしまったのだ。
「この宿を逃すと次の町まで半日掛かる。日暮れまでに着けるかどうかだな。馬を少し走らせれば余裕は生まれるだろうが……お前たちの馬もどきはその荷物で走れないのだろう?」
アディックの指摘通り、ラバは荷物満載で走らせるのは無理がある。今の選択肢はみっつだろう。
ひとつは早過ぎるが無理をせずにこの宿に泊まる事。
ふたつめは無理をしてでも次の町を目指す事。
みっつめは途中で野営をする事だ。
今朝は起きるのが早過ぎたので、ひとつめの選択肢でも良いが、少々時間が勿体無い。だからと言って次の町を目指すには初日から無理をし過ぎな気もする。しかし、みっつめの野営をするにしても、充分に休めるかと聞かれればそうでもないのだ。その準備やら何やらでそれなりの負担を強いられるのだから。
「そう、だな。ラバたちを走らせるのは無理だろうな。でも昨夜は早くに寝られたし、体の疲れは感じないから多少無理して進んでも俺は大丈夫だ。他のみんなはどうだ?」
「ウチは大丈夫」
「わしは乗っているだけじゃから疲れなどせん」
トゥルースの問い掛けに、シャイニーとフェマが即答する。今朝はトゥルースよりも早くに起きていたようだが、その顔色を見るに無理をして嘘を吐いているようには見えない。
そしてみんなの目はティナに。
「わたくしも大丈夫ですよ。久し振りの乗馬ですが、わたくしも基本は乗せて貰っているだけですので、そう心配する程ではありませんよ」
問題はないと主張するティナだが、元はティナが慣れない旅の疲れが溜まって熱を出したので湖岸で休暇を取っていたのだ。その後、ミックティルクに誘われるまま屋敷に泊まる事になったのは想定外だったが、この休暇はティナの為にだったとも言える。
そのティナもここ数日は充分に体を休めさせる事が出来ていたし、屋敷から出た事で精神的にも開放されたのか今の方が生き生きとしているようにも見えた。
「……無理だと思ったら正直に言ってくれよ? また熱を出すような事になればこれから行く道では今回の様な休める場所は無いかも知れないんだから。ミーア、ラバたちは大丈夫そうか?」
「みゃ?」
ティナに釘を刺した後、今度は白猫のミーアに目を向けるトゥルース。
するとラバの首の上で寝ていたミーアが起き上がってラバたちにみゃあみゃあと声を掛け、それに答える様にミールがヴィ~~ン、フガフガと、メーラがヒェ~~ンと声を上げた。それを見て目を見開くアディックと目を瞬かせるリム。
「みゃっ!」
大丈夫だと言わんばかりに背筋を伸ばしてぺしぺしとミールの首を前足で叩く。叩かれたミールがフンスと鼻息を立てているのを見て、トゥルースが問題無さそうだと二人に答えるのだが……
「その猫、随分と賢いのだな。人の言葉が分かるばかりか馬モドキを従えているようだ」
「ホント、まるで馬モドキの言葉が分かる人みたい」
リムの言葉にドキリとするトゥルース。白猫は実は猫になる呪いが掛かった同年代っぽい女の人だというトゥルースしか知らない秘密がある。寝具の中でだけその姿を人へと戻すのだが、それはトゥルースの前でだけ人へと姿を変えていた。云わば二人だけの秘密であった。
「い、いや。そんなラバたちの言葉が分かる人なんて、いる訳ないじゃないか。何を言ってるんだよ」
「……喩え話じゃないの、何を慌ててるのよ。それに、言葉は分からなくても毎日接していればどう感じているかくらいは分かるようになるでしょ」
「え? あ、そ、そうだね。あはははは。でも……ラバたちがどう感じているか、かぁ。まだそこまでは分からないなぁ」
ジト~とリムに視線を向けられたトゥルースだが、ラバたちがどう感じているかは今のところ全く分からなかった為、その視線をリムからラバたちに移して誤魔化した。
結局、その宿内の食堂で昼食を食べて一休憩したら直ぐに次の宿のある町へと出発する事にした一同。
「そう言えば今朝、ミック様たちが船に乗っていく中にミアスキアさんの姿がなかったみたいだけど、誰か見た?」
昼食の野菜定食を口に運びながら聞くトゥルースが同じテーブルに座る皆を見渡すが、それにはそこにいた誰もが首を傾げるばかりで名乗り出る者はいなかった。
「先に船に乗っていたんじゃない? 昨夜も見てないし」
「そう言えばここ数日、お姿を見ていませんね。あれ程女性騎士の皆さんとやりあっていたのに」
「うむ、我も何日も見ておらんな。最後に見たのは……ルース殿が例の見えぬ何かを捕まえに行った日だったか?」
真っ先にリムが口にすれば、ティナやアディックも手を頬に当てて思い出すようにそう答える。するとシャイニーとフェマが顔を見合わせた。
「今朝、ミック様と話しているの見たわ。何か真剣なお話をしていたみたい」
「その後、荷物を積んだ馬に乗って出ていったのぅ。ありゃ別行動じゃろうて」
二人は毎朝早起きをして厨房に手伝いに行っていた。当然のように今日も厨房に行っていたのだが、向かう途中でミックティルクとミアスキアの姿を見掛けたらしい。
「荷物を持って? 何処に行ったんだろ?」
だが、二人はそんなみんなの疑問までは知らなかった。真剣な顔で話し合っていたので声を掛ける事はしなかったのだ。その後フェマが外に吊らしてあった玉葱を取りに行った時にミアスキアが出ていくのを見たらしいが、声を掛ける間もなかったらしい。
「そう言えば、ザール商会のエスぺリス支店長も見送りに来てたわね」
「ああ、奥の方で控え目に手を振っていたな。リムに言われなければ気が付かなかった」
ふと思い出したようにリムが口にすると、アディックも頷いてそれに同意した。あたしじゃなきゃ見逃してたわね、とドヤ顔っぽいのは気のせいではない。
しかし、それに気が付いたのはリムだけではなかった。
「荷馬車で来ておったみたいじゃの。御者ともう一人連れてきておったようじゃ」
「ではわたくしの見間違いではなかったんですね。フェマさんの差し上げた帽子っぽい物を手にしていましたからたぶんそうではないかと思っていましたが」
「折角来ていたのだから、直接ミック様に挨拶していけば良かったのにね」
フェマ、ティナ、シャイニーもその姿に気付いていたようで、一緒に見送りが出来なかった事を惜しんでいた。
「たぶん荷物を納めに来てたんだろうな。いつものように頭が光ってなかったから疲れていたんじゃないかな。俺たち以上に朝は早かっただろうし」
最後にトゥルースが近寄ってこなかった理由を推察したが、それを聞いたフェマが否定する。
「いいや、ありゃ疲れなどではありゃせんじゃろ。わしが思うに、頭に違和感があって皆に見られんように近寄って来んかったんじゃろうて」
「違和感? 違和感ってどういう事だ? まさか何か病気にでも?」
トゥルースがフェマの言葉に悪い事を思い浮かべて顔を顰めるが、返ってきたのはフェマのジト目だった。
「何をぬかす。あの者の呪いが解けたのやも知れぬと言うておるんじゃ」
次回、三章最終回です。
同日、四章第一話を投稿予定ですので、ブクマされている方は再度ブクマ願います。
ブクマされておられない方、この機会にブクマください。
よろしくお願いします。