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√トゥルース -087 見送り



「何時でも出せます、殿下」


 ビシッとした白い制服を着た初老の男が、これまたビシッと直立不動の姿勢から片腕だけ動かして独特な敬礼をする。後ろにも二人程中年の男と若い女が似た格好でビシッと直立不動、微動だにせず控えていた。


「ああ、少し待たせたようだな。では早速出港の準備を」


 そう声を掛けるミックティルクの後ろでは忙しなく馬車から荷物が制服の男たちの後ろにそびえる壁から垂れ下がった吊り下げ階段(タラップ)を使って運び込まれていく。

 勿論、壁だと思っていたのは港に接岸されていた帝国の誇る軍艦だ。既に山の向こう側には日が昇っているようで、かなり空が明るくなってきた事もありその巨体が浮かび上がっていたのだが、道から港の施設に入ると既にそこには巨体の脇腹が壁のようにそびえていたので、勘違いしても仕方のない状況だった。


「それでは私たちは行くが、くれぐれも命を粗末にするような事はするなよ。特にトゥルース、お前は三人を無事に傷ひとつ付ける事なく帝都へと連れ戻る事。分かっているな」


 いつの間にそんな大役を仰せつかったのかとんと記憶に無いが、極当然の事なのでコクりと頷くトゥルース。帝都に行く事が前提なのは、旅の中で購入してもらった石をトゥルースオリジナルの形に加工する事になっているので、目的地に行った後は完成したそれを届けに帝国の首都、帝都に立ち寄る予定をしている。ミックティルクはティナ(ニナ)、シャイニー、フェマの三人の無事な姿を見せろと言っているのだ。


「ニナ、シャイニー、それとフェマ……は何とでもしそうだな……三人とも無事な姿を私に見せてくれよ? まあ、そんなに心配はしてはいないが、用心に越した事はない。特にニナとシャイニー、くれぐれも無理はするな」


 元々シャイニーは孤児院で虐げられ続けてきたので無理もしてきた。その時の癖で時々無理な事やらなくても良い事でも進んでやる事が散見された。屋敷に世話になっていた間も毎朝早くから厨房に入って料理を手伝っていた事もそのひとつだ。

 一方でティナは料理など普段手伝える事が何もなく、やっと出来ると思ったトゥルースの手伝いで研磨機の補助をしようとした時にその柔な手もあって加減が出来ずに掌に怪我を負ってしまった。その事からも分かるように自分に出来る範囲の判断があまり出来ていないのだ。元々王族であった為に勉強や馬術は出来ても他の事は全て王宮の者たちがやってくれていた為に何も出来ない人間になっていた。王族の嫁ぎ先はそれなりの身分の貴族である事が殆どで、家事どころか子育てですら他人任せにするのが当たり前なので、こうして一般の者に付いて旅をするにあたって相応の知識も経験もないティナには未知の領域なのだ。何処からが無理なのか出来ないのかの判断が出来ないのであった。


「……ふむ。こうして見ると、お前たちには歯止め役がいないのではないか?」



 トゥルースたち四人組を見て手を顎に当てるミックティルク。

 世間知らずで反論しなさそうなシャイニーに経験不足のティナ、自由奔放なフェマは寧ろトラブルメーカーである。そしてトゥルース。

 先日の見えない何か(呪い持ちの女?)には自ら危険に飛び込んで行った。それ以外にも、王国から侯国への上級者向けの峠道を女たちを引き連れて通ってきたという無茶振りから、全くの安全思考ではない事を伺わせる。


「トゥルース。お前の判断力に女たちの命が掛かっている事を忘れるでないぞ?」


 それまで言われた事のない指摘を受けて、肝に命じて深く頷くトゥルース。


「それとニナ、シャイニー。私の元に来る事は考えておいてくれよ。私の事が嫌いでなければ、だがな。本当はもっと確りと話し合って親交を深めたかったのだが、な。どうやらファーにも気に入られたのか、その時間を取られてしまったからな」


 その言葉に、まだ諦めていなかったのかと目を細めるティナと、本当に本気なの!? と目を丸めるシャイニーだった。


「フェマも、私専属になる話を考えておいてくれよ」


 目を向けられたフェマは深く溜め息を吐くと、首を横に振る。そうならなくても良いようにここ何日か厨房で料理の指南をしていたので、もう充分ではないかと。

 すると、それまでぼぅっと半分寝ていた素振りをしていたファーラエがミックティルクの横へと並ぶ。


「貴方……トゥルース、と言いましたね。その三人はファーラエのお友達なのです。ファーラエはまた会える日を楽しみにしていますので、お兄様の言われた通りくれぐれもお願いしますよ」


 誤魔化す為に施した化粧をしていない素顔のティナとも、火傷のような呪いの解けた真の顔のシャイニーとも違う大陸一とも言われる可憐な姿のファーラエに、鈴の鳴るような声でそう言われればハイとしか返事のしようがない。それはティナやシャイニーを引き連れているトゥルースであっても、だ。


「ニナ様、シャイニー様。どうかご無事で。フェマ様やリム様たちも」


 前に出て三人の手を順に握って声を掛けるファーラエに、三人ともそれぞれお礼や労いの言葉を掛けて応えた。その姿に、ほうと感心したような声を上げるミックティルク。


「ファーが相手の名を覚えた上、自ら手を取るとは珍しい。それに相手を思いやるその言動、まるで大人のようだ」


 幼い頃からファーラエは大勢の人間からその容姿を絶賛され続けてきた。その数があまりにも多すぎた上、ファーラエの威光を自分の物にしようという輩も少なくはなかった為に、いつしか親兄弟や親しい人間にだけ心を開き、その他の近付いてくる者たちには心の壁を作っていた。それを示すのが相手への言葉であり、名前の覚えの悪さだった。どこか心の中で近付いてくる者たちを選別し振るい落とす事でその者たちには興味を一切持たないようにしていたので、その言動は親しい者にだけ向いてしまい幼さを残す事になったのだ。

 他人であったトゥルースたちを覚えて声を掛けた事自体が珍しい事なので、それを見ていたミックティルクを初め、周囲の者たちをも驚かせるのであった。


「むぅ。ようだなんて酷いです、お兄様。ファーラエだってもう成人した大人です!」


 抗議するファーラエだが、自分の事を名前で呼んでいるあたりまだまだ大人には成りきっていないようだ。


「ああ、そうだ。アディックとリムは今後の予定はあるのか?」


 今更ながら兄妹の動向を気にするミックティルクに、アディックが少し考え込んでから答える。


「南に向けて、だな、石の在庫が大分減ったから国に戻る道を考えているが、このまま西に行っても来た道を辿る事になる。なので侯国へと立ち寄ろうかと思ったのだが……トゥルースの話からまだ侯国ではピンクナイトレインボーの需要は殆どないと考えた方が良さそうだ。したがってあまり気が進まないが帝都方面に向かおうかと思っている」


 大きな街道や大きな街は石の売人もよく通る為、石の流通量も多い。したがって石の売値もおのずと高くはならないのだ。大陸一の大きさとも言われる帝都は石の良い売却先であり石の値段もほぼ安定してしまっているので、売人であるアディックには少々面白みに欠ける為に避けたがっている節があった。


「ふむ、そうか。では帝都で王宮を訪ねてやって欲しい。ファーの他にも石を欲しがる者がいるかも知れんし、少しファーの相手もしてやって欲しいからな」


 変色石にはそれぞれ欠点がある。

 トゥルースの扱うレッドナイトブルーは水が、イエローナイトグリーンは汗等の塩分が、そしてリムたちの扱う最高級と言われるピンクナイトレインボーは水と塩分が弱点であり色褪せしてしまう。なので希少性がありながら消耗品扱いされる事も多々ある。だが、手入れさえ確りとすれば長い事その珍しい色合いを楽しむ事が出来る。

 しかし手に入れられる機会はそう多くはない。帝都が比較的多くの石を扱うとはいえ、それは売人の都合に依るところが大きいので、次に何時どれだけの量が入ってくるのかは時の運である。手に入れる機会があれば確実に手に入れておきたいのはコレクターの性であろう。そして王族には欲しがる者が少なくないので声を掛けられたのだとアディックは思ったのだが、ミックティルクの思惑は別のところにある事までは気が付かなかった。


「あ、リムさんが来てくれるならあたしが案内するわ」

「は? ラナンが案内を? 何の冗談よ。あなたになんて任せたら、ずっと四阿(あずまや)でお菓子食べてたり厨房の中とかに連れて行ってやっぱりお菓子ねだったりしていそう。大丈夫よ、リムさん。わたしがそうならないように見ててあげるからっ」

「ちょっ! あたしそんなにも食い意地張ってないわよ! そう言うカーラさんだって兵の訓練所とかに行って自分も混ざろうとするでしょ!」

「なっ! 幾ら何でも案内している最中に混ざろうとはしないわよ!」


 ぎゃあぎゃあといつもの騒ぎが始まったところで、控えていたレイビドがそれを制する事なくミックティルクに進言する。


「荷物の運び込みも終わりましたし、そろそろ発ちませんと風向きが変わってしまいます」

「む、そうだな。では、皆また会おう」


 バサッと真っ白な外套(マント)を翻してファーラエと共に吊り下げ階段を上っていくミックティルク。その背中には金糸で描かれた王家の証である紋章が堂々と施されていた。

 そして、それを見送るトゥルースもまた、叙爵で貰った刺繍入りの外套をはためかすのだった。





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