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√トゥルース -086 出立の朝



「お前たちは別にゆっくりと寝てて良かったんだがな」


 ズラリと食卓に並んだ面々を見渡した後にトゥルースたちとアディック、リム兄妹に向けて口にするミックティルク。


「いや、お屋敷の主たちがいなくなってしまうのに、そんなゆっくりとはしていられないし……」


 ミックティルクたちがいなくなった後も暫く滞在し続けても良いとは言われたのだが、流石にそれは気が引けるとみんな一緒に屋敷を出る事にした一同。中にはその言葉をそのまま受け取って滞在し続ける貴族もいるらしいが、そこまで図々しくもない一同は何処に行っても小心者の一般人であった。


「ふむ、まあ良い。それはそうと……トゥルースは今度は何を仕出かしたのだ?」


 目を細めるミックティルクの視線の先には、頬に真っ赤な紅葉マークを付けたトゥルースの姿が。幾つもの油燈(ランプ)の灯りに照らされてハッキリくっきり見えていた。一般家庭であれば灯りの数はひとつやふたつだけなので分からなかったかも知れない。

 

「いや、ちょっとした事故で……」


 そう、事故である。偶々偶然寝惚けたリムに鉢合わせをしただけの……

 ただ、リムの手が早かっただけの事故であった。


「済まなかったな、妹が迷惑を掛けた」

「……ごめんなさぃ」


 アディックが謝意を示すと、弱々しくもリムが素直に頭を下げる。

 流石に今回ばかりは自分に非があると認めたようだ。


「何だ、叙爵早々問題を起こしたかと思ったが違ったか。充分に気を付けてくれよ、お前は私の看板を背負っているのだからな」


 ええっ!? と目を剥くトゥルース。少し考えれば分かりそうな事なのに考えないようにしていたのだろうが、爵位を賜るという事はそういう事なのだ。

 だが、その気もないのに不運が手招きしているのだから仕方がない。トラブルに吸い寄せられるのも、それを回避しろと無茶振りされるのも、どちらもトゥルースとしては望んではない事なのに。


 眠気眼を擦っていたファーラエやカーラ、ラナンも、夜明け前の揃っての朝食が終わる頃にはミックティルクからの体調の確認に返覚醒していた。尤も、一番怪しいのはファーラエであったが。


「ふぁ…… お部屋がまだ暗いので、もう一度寝ようとすればぐっすり眠れそう……」

「いや、この後直ぐに屋敷を出発して夜明けと同時に出航する。船に乗ったら寝るなり自由にして良いから、もう暫く我慢してくれ」


 それからは戦争のようだった。仄かな灯りの中で載せてない荷物をラバたちに載せて括り付ける。厩の世話係の人たちは毎日この時間には馬の世話を始めているので慣れているらしく括り付けるのを手伝ってくれたので、思ったよりはスムーズに作業が終わった。

 荷物を満載したラバを引き連れて屋敷の玄関に行くと、そこには大きくて随分と立派な四頭立ての馬車が。紋章は外されてはいたが、並みの貴族でも乗らないような風格があるので見る人が見れば直ぐにバレるだろう。

 そんなところも夜明け前に出発する理由のひとつなのだろう。人気が絶大なミックティルクとファーラエが乗っているとなれば、日中に走れば間違いなく騒ぎになるのは目に見えているのだから。

 お忍びも大変である。


 玄関で待っていたティナ、シャイニー、フェマがいつもの定位置でラバに乗る頃には後ろからアディックとリムの兄妹もそれぞれ馬に乗って現れた。


「準備は良いな。では出発する」


 ミックティルクの掛け声で馬車が動き出すと、何処からともなく白猫のミーアがラバ(ミール)に飛び乗ってきた。


「何だ、ミーア。いたりいなかったりで、着いてこないのかと思ったぞ」

「みゃ!? みゃ~」


 プイと声を掛けたトゥルースから視線を外したミーアが馬車の後ろに付いて歩きだしたメーラの後を追うようにゆっくりと歩きだした。後ろからも兄妹の乗った馬が歩きだす音が聞こえてくる。馬車には贅沢にも前後に煌々と灯りが灯されて明るみだした空の下、路面を照らしてくれているので念の為に点けた自分たちの灯りは要らないのではと思う程であったが、馬車の周囲には護衛の女騎士たちが乗る馬もいるし、兄妹の後ろには殿(しんがり)としてラッジールが付いてきている。ここは事故防止の為にも点けたままの方が良いだろう。




 屋敷の敷地から出て街道を暫く進むと、後ろに付いていたリムが馬を横に付けてきた。


「ねぇ、さっきは本当に悪かったわね。改めてお詫びするわ」

「いや、それはもう既に何度も謝って貰ってるから良いよ」


 もう既にこれで四回目の謝罪だった。二度目の時には、手が早いのを治さないと相手が悪かった場合に痛い目に遭うぞ、と苦言を呈してもいる。言う事は言ったので、もうこれ以上は謝罪は必要ないのだ。

 しかし、目的はそこではなかったようだ。


「そう? ならこの話はこれでおしまいね。ところでニナさん。貴女どうしてそんなお化粧を?」


 どうやら今の謝罪は話の切っ掛けでしかなかったようだ。その目的とは、トゥルースに紅葉マークを付けた直後の水場での出来事であった。

 混乱しているリムはトゥルースから顔を洗ってスッキリしてくるように促されて渋々水場に向かったところ、そこには見た事の無い女性の姿が。それもファーラエに負けず劣らずの、だ。

 水場で化粧を落としてすっぴんになったティナを目にして更に混乱したリム。知らないうちに更に王族の者が訪れたのかと勘違いをしたのだ。慌ててティナが名乗る事で落ち着きを戻したのだが、その騒ぎで近くにいた女中が何事かと駆け付ける事態となってしまった。

 幸いにもその女中はティナの普段の顔をよく見ていなかったので、ミックティルクが正室にと誘うだけの女性だと納得してくれたのは僥倖であった。さっと手拭いで顔を拭く素振りをして顔を隠して難を逃れようとしたのは逆に怪しまれるという結果をもたらしたのは苦笑する他ない。


「そ、それは……元々わたくしは貴族の出なので、わたくしの為に家にこれ以上悪い噂を立てない様にしているんです」

「へぇ、そうなの……でもさ、家を追い出されたのならそんなに気を使わなくたって良いんじゃない?」


 少しは悪い事を聞いちゃったと自覚しているのだろう、声のトーンが少し低くなったリムだが、それでも疑問に思った事が口から自然と出てくる。


「そう言ってやらないで欲しいな、リムさん。こう見えてニナも人目を集めちゃうから苦労してるんだ。ほら、ミック様にも目を付けられただろ? その人目をなるべく集めない様にって苦肉の策なんだからさ」

「あ……」


 答え難い質問をされて口籠るティナに代わり、トゥルースがその質問に答えた。自分の事を人目を惹く美貌の持ち主だと言い触らすのはやはりあまり好印象にはならない事は、口籠ったティナだけでなくトゥルースも聞いたリムも理解できる常識人だった。


「じゃあ、あの長い名前も実は偽名だったり?」

「むぐっ。そ、それは……」


 口籠る事自体が肯定を意味するのだが、誤魔化すタイミングを逸してしまった二人。偽名を考えておきながら、それを指摘される事を想定していなかったようで、返す言葉を考えていなかったのだ。


「まあ、何か事情があるんでしょ? 大丈夫、黙っててあげるから」

「うん、頼むよ」


 とはいえ、ニナと名乗る前にティナと呼ばれていた事は既にミックティルクたちには知られている。情報収集役のオレチオやミアスキアが侯国との国境である隧道(トンネル)の検問所から情報を得ていたのだ。今更隠そうが無駄のような気もするが、トゥルースたちはその嘘が未だに通じていると思っていた。

 一方で、ミックティルクには偽名がバレバレかも知れないという疑念もあるのだが、それを認める訳にはいかない。【貴族としてのティナ】は体裁上ここにいてはいけないという言い分だ。


「ところでさ、話は変わるんだけど……その馬モドキって、本当に変わってるわね。聞いていた通り雌に雄が付いていくって。それに二人も乗って更に荷物もそんなにもたくさん……本当に大丈夫なの?」


 うって変わり、それまで潜めていた声を元に戻して感心したように、そして少しだけ心配そうに聞いてくるリム。リムたちの乗る馬とは違って一回りも二回りも小さく見えるのに、その積載量でも足取りは確りとしているのを不思議に感じたのだろう。

 元々荷物をたくさん運べるロバと移動の足として重宝する馬の掛け合わせで生まれたラバ。繁殖能力が著しく無いに等しいのを代償に、積載能力と移動能力等、ロバと馬の良いとこ取りなラバたちを足にした事は大きい。更に言えば、足場の悪いところでも難なく踏破できる能力をも持っているのだ、これから向かう酷道にはなくてはならない存在である。

 そんな事を説明しながら、予定外の六日間の休暇を終えてこれから長く試練の続くであろう旅路に発つのを感慨深そうに思う真実であった。





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