√真実 -029 濡れ鼠、からの……
「おやまあ! どないしたんだい、そないな濡れ鼠になって!」
突然訪ねてきた二人の姿に目を丸くする光輝の祖母。
停留所からそんなに遠くないとはいえ、今日は歩き疲れていて二人とも然程早く走る事が出来なかった上、思った以上に雨の勢いが増していたからだ。かと言って車イスの親子に傘を渡さないという選択肢は二人とも考えられなかった。
「ちょいそこで待っとき。今タオルを持ってくるさかい」
そう言いつつ、足を引き摺って奥に行く光輝の祖母を見送る二人からは滴が滴り落ち、何とも申し訳なさそうに顔を歪める。
「何か悪い事をしたな」
「ん。でもこのままじゃ上がれないし」
本来ならば祖母に代わってタオルを取りに行きたいところだからだ。
光輝の祖母は光輝が小学生の頃は足も達者で、よく光輝の住んでいる集合住宅に世話を焼きに足を運んでいたが、高学年になる頃に足を悪くして来られなくなった。それからは逆に光輝が暇を見付けて時々この祖母の家に足を運んでいた。
しかし、なけなしのお金で来るので、頻繁にとはいかず月に一度来られるかどうかという程度なのを心苦しく思っていた。
「ほれ。これでよう拭きなされ。全く、こないにも濡れてしもうて」
言葉は少々キツいが、その目は温かみを伴ったものだった。
受け取ったバスタオルで滴る水を頭から順に下へ拭いていく二人。その間に光輝の祖母が上がり框にタオルを敷いて、二人に靴下を脱ぐよう促し足を拭かせた。
「ほら、二人とも拭き終わったらお湯を入れてるさかい、風呂に入りなはれ」
「えっ!?」
まだ暑いとはいえ、濡れたままでは風邪をひいてしまうからと風呂で温まるように促す光輝の祖母だったが、問題は二人ともに入るよう促した事だ。光輝の祖母は、孫の光輝を未だに幼稚園児くらいに考えているのか、はたまた夫婦だと思っているのか…… いや、中学生を相手に夫婦扱いは大間違いだ。
「へくちっ!」
「ほら、早うせえへんと身体を冷やすさかい」
可愛らしいくしゃみをする孫を心配して早く風呂に入れと急き立てるが、流石にそれは不味いと真実が渋る……のだが。
「ふ、ふぇくしょん!」
濡れた服は体温を思ったよりも奪う。真実もいつの間にか体が震え始めていたのだ。
「ほらほら、早よしぃ。湯船に浸かってちゃんと温まりなはれ」
二人の背中を押す光輝の祖母。押された背中がヒヤリとして思わず足が進みだす二人。その勢いのまま脱衣所に入ってしまったが、やっぱりこれは問題である。真実が脱衣所から出ようとしたが、Tシャツの裾を掴んで止める光輝。
「風邪をひいちゃうから一緒に入ろ、真実くん。ここのお風呂は追い焚きが出来ないから、後で入るとぬるくなっちゃうよ?」
それに前にも一緒に入ったし、と俯く光輝。確かに前にも雨に濡れた光輝と一緒に風呂に入ってシャワーを共に浴びたが、あの時は下着を着けたまま背中合わせだった。
しかし、開いている扉の向こうに見える浴槽は見慣れない機械が備わっていてとても小さく、二人が背中合わせに入れるようなゆったりとした物とは程遠い。向かい合わせに入っても、かなり窮屈だろう。
「ね? 今度も下着を着けたまま入れば良いから……へくちっ!」
何故か光輝の方が積極的に誘ってくるが、光輝の祖母を含め黒生家の貞操観念を疑ってしまう。というか、同じように保健体育の授業を受けている筈で、何も知らない筈はないと思う真実。だが、ナニをドコまで知っているかと聞かれれば、パソコンもスマホも持っていない真実は授業以上の事は何も知らないと言って良い。
しかし、抵抗している内に二人とも風邪をひいてしまいそうだ。観念した真実は、服を脱いで先に入った。これで光輝の入っている風呂に無理矢理入った事にはならないと、体裁を守る事が出来る。
パンツを穿いたままの入浴は恐らく初だろう。前回はシャワーに止めたのだから。謎の機械は給湯器らしく蛇口からは勢いよくお湯が出ていたが、そろそろ止めないと二人で入ると溢れそうな量になっていた。
キュッとその蛇口を止めるが、ふと前回の脱衣所の出来事が頭を過った。濡れたTシャツが張り付いて脱げずにもがいていた光輝を助ける為とはいえ、あわやその成長中の身体を直に見てしまいそうになった挙げ句、同じく張り付いて脱げなかったズボンを脱がして下着姿を見てしまった。じゃあ今日は?
恐らく綾乃のお下がりであろうサマーニットも、透けて見えていたキャミソールも問題なく脱げるだろうが、七分丈のパンツはどうだろうか。あの日履いていたピチピチのズボンと比べても、負けないくらい細いデザインだった。また脱げずにもがいていなければ良いのだがと思っていると、ガチャリと閉めた扉が開いた。
「……どう? 真実くん」
「えっ!? ど、どうって……その、うん、綺麗だよ」
入ってきた光輝の姿を思わず見て固まっていた事に気付いて慌てて視線を反らす真実。
だが見てしまった。上はキャミソールに、ちょこっとだけ覗いている白のパンツの何とも言えない艶かしい姿を。そしてその濡れたキャミが身体に張り付いて身体のラインがハッキリと分かる状態なのを。少し痩せ気味の様にも見えるが、男とは明らかに違う身体のラインに見惚れてしまったのだ。
何も考えられずに過ぎるくらいに馬鹿正直に答えてしまった真実に、光輝は目を見開いた。
「ふぁ!? そ、そうじゃなくてお湯の事。ぬるくない?」
「えっ!? あ、ああ。大丈夫、熱すぎずぬるくもない」
それを聞いてホッとした光輝は手桶を手にかけ湯をする……のだが、ちょぷんと真実の入る浴槽に足を入れようとしたのを盗み見した真実は再度壁側に目を向けた。お湯で濡れたキャミやパンツが更に身体に張り付いて、凹凸がクッキリハッキリとしていたのだ。幸いにも、キャミには大事なところにパットらしき物が入っているようで、サクランボらしき突起物は確認出来なかったのだが、下は……
そんな状態の光輝はどうやら向かい合わせで入ろうとしているらしいので、出来る限り足を折り曲げて場所を作る真実。
「ん。ちょっと二人で向かい合って入るのはキツいね」
「あ、ああ。そうだな。やっぱり、俺出ようか?」
「……大丈夫、ちゃんと温まらないと風邪ひいちゃうし」
お互いに目を合わせず、真実は壁に、光輝は洗い場に顔を向けて顔を赤らめる。浴槽に入ってしまえば、張り付いていたキャミやパンツも浮いてその身体のラインを隠してしまう。危ない状況には違いないのだが、幾分かレッドラインからは脱しようとしていた。
が。
ガチャリ。
「なんや、あんたら着たまま入っとったんか。ほら、洗濯をしてしまうさかい、早う脱ぎなはれ」
「……え? ええっ!?」
「それに、そないな向きでは狭いやろ。光輝ちゃん、うちと入っとった時のように膝の上に乗せてもらいなはれ。足を伸ばさな、ゆっくりと入っていられへんやろう?」
「えっ!? ええ~~~~っ!?」
問答無用で剥かれる二人。密着する肌と肌。鼻血を吹かなかっただけでも褒めてやって欲しい。
ええ、何も起こらなかったですよ?
ギリギリセーフですよ? きっと。たぶん。
お互いナニをドコまで見たのかは……
後々の話に繋げるように、特に光輝には文字通り一肌脱いで貰いました。(必要枠を主張
エセ大阪弁、堪忍したってや (怒られる