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√真実 -028 車イスの親子



「は~、やっとバスに乗れた~」


 定番となりつつあった横向きの長イスに体を埋めて息を吐く真実。隣では既にぐったりとしている光輝の姿が。

 ゆっくりと動き出した巡回バスは駅へと向かう。




 暫くまったりとした時間を過ごしてから山を下りて国道に出た二人は、目的のバス停を探した。しかし坂を上っていく方向のバス停は行きの道中に見付けてあったが、下っていく側のバス停が見付からない。右往左往した後に上っていく側のバス停の案内板をよく見てガックリと肩を落とした。

 実はこのバス、円を描くように回っていて一方向にのみしか走ってないのだ。なのでいつまで経っても反対方向のバスが来る事はない。かと言って、そのバスに乗ろうにもまだ出て間もない時間であり次のバスまでかなりの待ち時間があり、更に言えばほぼぐるっと一周を乗り続ける事になる。


 諦めた二人は道の駅まで来る時と同じように歩く事にした。行きと違って帰りは下り坂で楽と言えば楽なのだが、足への負担はそう軽くはない。

 やっとの思いで道の駅に着いた二人は、預けてあった野菜の詰まった袋を受け取ると敷地内にある駅方向へのバス停に向かった。しかしそこで目にしたのは園児と保護者の長い列。幼稚園の週末親子遠足にぶち当たったようだ。園児の人数は多くないとはいえ、バスの座席数は元々少ない。前後には通常の乗客と思われる老夫婦なども並んで顔を綻ばせて園児たちと話をしている。恐らく園児の親たちは座れずに立つ事になるだろう人数だ。

 これは確実に座れないだろうなと眉を顰める真実。流石に立ちっぱなしでは辛い。


 その次のバスまで待つかどうしようか迷い立ち竦んでいると、後ろから声を掛けられた。振り向けばそこには即売所で野菜を売って貰ったオバチャンの姿。仕事を終えてこれから帰るところらしい。

 お互いにお礼を言いあうと、バス停の状況を見て察したオバチャンが気の毒そうな顔をした。歩いていける近くの高原牧場に行くのが定番のコースで、幼稚園バスを持たない小さな幼稚園は巡回バスを利用するらしいが、それに当たってしまったと。

 すると二人の行き先が駅だと聞いたオバチャンは、周りをキョロキョロとする。先ずは駐車場に止まっている車を。そして一台の車に目標を定めると次に周囲の人たちに目を向けた。そしてロックオンしたであろう一人の人物に向かって手を振り名前を呼ぶ。


 オバチャンに呼ばれたのは三十代半ばくらいの女性だった。

 事情を知った女性は、ついでだから乗っていきなさい、と二人を誘う。流石に見ず知らずだし悪いからと断る真実だったが、半ば強引に女性のクルマに乗せられた。車内では二人が中学三年生だと明かすと、初々しいわね! と声を弾ませる女性。

 小学生になったばかりの女性の息子はいつもなら付いてくるのだが、今日は遠い親戚が知り合いの子たち話を聞けば近くの家から隣の田蔵市の近くにある飲食店に食材を持って行く途中だと言う。そしてその飲食店のすぐ近くに巡回バスの停留所があるらしい。を連れて久し振りに帰って来ているので、その人たちの相手をする為に家に残っていると言う。


 結局、その飲食店に着くまでは女性のマシンガントークに終止防戦一方だった真実たち。赤の他人に何を話せば良いのか分からなかったからだ。

 女性の言う通り、クルマを降りると直ぐ傍にバス停が見えた。時計を確認した女性はバスが来るまでにはまだ少しあるからと教えてくれたので、お礼にと買い込んだ野菜や山の上で貰ったアケビやザクロ、無花果を分けようとしたが断られた。遊びに来ている親戚が毎日山で採ってくるそうだ。

 よくよく話を聞けば、それは二人も出会った朔也本人であった。偶然が重なった事に驚く一同。それならばと、女性が旦那さんに新聞にくるまれた塊を持って来させる。何かと尋ねれば、鹿や猪、熊の肉を冷凍したものだと言う。正規の流通品ではないから店で出せず、中々減らないのでお裾分けだと。

 お礼をしようとして逆に頂き物を貰ってしまった二人。恐縮する一方だったが、賄いで食べきれる量ではなく中々減らずに困っていたので、逆に助かるからと押し付けられた。帰ったら速攻で冷凍庫行きだ、入れる為の隙間を空けなければ。




「  ……りくん、真実くん」


 漸く乗り込んだ駅行きのバスの中で目を閉じてしまっていた真実。気が抜けてうたた寝していたのだ。カノジョの隣で何たる体たらく! と、お叱りの声も聞こえてきそうだが、キチンとお約束は果たしているようだ。


「んぁ? ぁ。ご、ごめん寝てた!」

「……ううん、それは良いんだけど」


 寝ている内に前側に座っていた光輝に凭れ掛かっていたのだ。お陰で光輝は悶々としてしまい、寝ずに済んだのだが。


「その、雨が降りだしたんだけど、真実くん傘は持って無いよね?」

「えっ!? あ、雨?」


 外を見なくてもパチパチと窓に打ち付ける雨粒の音にバシャバシャとタイヤが巻き上げてタイヤハウスを叩く水の音でそうだと分かるのだが、真実は慌てて視線を上げた。

 が、視線の先には座れない立ち客の姿と――


「あれ? いつの間に車イスの子が?」


 斜め後ろの席が姿を消して、代わりに何本かのロープで固定された車イス。そしてそれに乗る男の子の姿が。両足に包帯が巻かれていて痛々しい。

 その男の子は同じくらいの年頃だろうか、覆い被さるようにして窓の外を見上げる母親らしき女性と同じように、心配顔で窓の外を見上げていた。周りを見渡せば皆が恨めしそうな顔や困り顔で外を見ていた。朝のニュースで見た天気予報では一日晴れマークだったので、この雨は皆が想定外だったのであろう。

 顔を見合わせる真実と光輝。そういえば行きのバスで乗り合わせたお婆さんに夕立があると予言されていた事を思い出したのだ。


「どうしよう。俺、傘なんて持ってきてないけど」

「ウチ、折り畳みをひとつ持っているんだけど、駅のひとつ前で降りて、おばあちゃん()に行ってもう一本傘を借りる? 買ったお野菜も分けてあげたいし」


 元々そのつもりだったが、この雨だと駅で降りた方が濡れる量は少なくて済むかも知れない。それに折り畳みとはいえ、傘があればそれ程濡れずに済むだろう。そう判断して途中下車する事にした二人。


 そして降りる停留所が近付き、降りますボタンを押そうとした時だった。

 ポーン♪

 他の乗客がボタンを先に押したらしい。押すのを少し楽しみにしていた真実はちょっとガッカリした。小学生かよ。

 そして停留所に着いて降りようとしたところ、他の降りようとしていた乗客は車イスの男の子と母親だった。先に降りて小さな傘を差して二人で入り、光輝の祖母の家に向かおうとしたのだが、何となく車イスの親子が気になって立ち止まり、降りる様子を見守る二人。

 話を聞けば乗り込む時は五分くらい掛かって車イスを固定していたらしいけど、それにも気付かずぐっすりと寝入っていた真実。立っていたのは車イスマークの付いていた席に座っていた学生とその後で乗ってきた客らしく、駅が近付くによってその数は多くなったそうだ。

 そして間もなく降りてくる車イス親子。乗り込む時よりは短時間で降りられたらしいが、傘を広げる素振りはない。傘を持っていないのだろう。顔を見合わせる真実と光輝。どちらからともなく傘をその親子に差し出した。


「えっ!? あの……」

「車イスで濡れるのは大変でしょ」

「ウチたちは直ぐそこだから。走れば良いので」

「いや、でも……」


 差し出された傘に戸惑う母親。だが、そうしている間にも雨の勢いは増すばかりで、このままではみんなが濡れてしまう。光輝が強引に男の子に傘を押し付けると、光輝と真実は逃げるように走り出すのだった。





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