√真実 -026 青髪の不思議な女性
「お二人とも、具合が悪いんですか?」
声を掛けられて顔を上げた真実は目を丸めた。
その人は大学三年生のミサと同じくらいの歳に見える女性だったが、小さな女の子を抱っこし手にはやはり小さな男の子を引いていた。こんな小さな子たちを伴って登ってきたのか!? と思う一方で、その視線はベレー帽を被ったその頭に。
髪が青い……
見慣れないその色に目が釘付けになった。
「大変! 熱中症、じゃないかしら」
「あ、あいきゃんどぅーいっと!」
真実たちの反応の薄さに熱中症で意識が薄れているのでは、と心配したらしい女性に、何を勘違いしたのか意味不明な拙い英語を口にする真実。どうやら日本人離れしたその髪の色に外国人だと勝手に判断したようだ、日本語で声を掛けられたにも関わらず無理した結果だ。
「え? な、何? ああいちゃん? ちょっと、意識が混濁しちゃってる?」
慌てて近寄ってきた女性に、今度は日本語で話し掛けられている事に気付き、首を振って否定する真実と身を起こす光輝。
「ここまで登ってくるのに疲れてしまって。少しマッサージした後に休憩していたんです」
「怪我、とかじゃないのね? もしそうなら多少は薬を持ち歩いてるから」
見慣れない手作り感のある革袋を見せるその女性に、心配を掛けたと頭を下げる二人。先程までの紅潮させた顔であれば説得力は全く無かっただろう。
「あ、じゃあお邪魔だったかしら。休憩していたのに起こしちゃったわね」
「いや、俺はもう大丈夫なんで。光輝はどうだ?」
「ん。もう大丈夫。真実くんにマッサージして貰ったから大分楽になったし」
真実の問い掛けにすっと立ち上がって大丈夫アピールをする光輝だったが、勢い余ってふらついた。慌てて立ち上がり、それを支える真実の姿に、青髪の女性が微笑みを浮かべた。
「ふふ、まるでサクヤさんみたい。仲良しさんなのね」
「ね、とうちゃんみたいなの? ねぇ、ねぇ」
男の子が女性を見上げて繋いだ手を引っ張ると、優しそうなその表情を更に弛ませた。
「ふふふ、お父さんみたいにこのお兄さんも優しそうよね~」
優しそうだと言われて照れる真実だったが、抱っこされていた女の子がグズりだした。
「あらあら。お腹がすいたのかな? それともおしめ?」
女の子を両手で抱え上げてクンクンすると、おしめではないと判断した女性が、お腹が空いたのねと革袋を下ろして蓋を開けようとする。しかし片手に女の子を抱いたままなので中々うまくいかなさそうだ。
「あの。ウチが子供を預かります」
「光輝はまだ疲れが取れてないだろ。俺が代わりに」
「助かります、お願い出来るかしら」
そう言って女の子を真実の方に向ける女性。
しかし女の子を受け取ろうと両手を差し出した真実の手が女性のふくよかな胸に押し当たる形になってしまった。だが、これは仕方の無い事であった。片手で抱えていた子供の脇の下に手を差し込もうとすればどうしても避けられない。況してや自分から移ろうとしている訳でもない子を受け取ろうとするのであれば。
とは言え、そこで手を引っ込めれば子供を落としてしまうかも知れない。致し方なくその柔らかな感触を手の甲に感じながら、女の子を受け取る真実。それはつい先程まで揉んでいた光輝の身体を上回る程の柔かさであった。
だが、真実がその比較に顔を弛ませる暇もなく、グズりだしていた女の子が癇癪を起こしたようにピギャーと泣き声を上げた。
「わ~、ちょっと待っててね。直ぐにあげるから」
革袋の蓋を開けた女性は中からシートを出すとバッと草の上にそれを広げた。
「わ~、ありがとう。はいはい、おまたせ。ごはんにしましょうね」
女の子を受け取るとシートに腰を下ろしておもむろに服を捲り上げてたわわに丸まった乳房を露にし、泣きじゃくる女の子にそれを含ませる女性。
「ぼくもー!」
「はいはい、お弁当も用意してるから少しだけよ」
そのマシュマロのように白くて弾力あるふたつ目のそれが男の子の口に含まれる場面を目撃した二人は、その光景から目が離せなくなってしまった。
何て神々しいんだろう、と。
母親が幼子たちに乳を与える。それは必要にして自然な事。決してエッチな事でも、況してや穢れた事でもない。誰もが経験し、そのおかげで成長してこられたのだ。
ただひたすら生き育つ為に、貪るように母親から与えられるそれを口に含む幼子二人の行為に目が釘付けな二人だったが、母親である女性が男の子に離れるように促すと名残惜しそうに離れた。
「お弁当はもう少しだけ待っててね。ホントにもう、いつになったら卒業出来るのかしらね」
再び露になった胸もそのままに、若干不満そうな顔で離れた男の子を見て苦笑を漏らすが、ハッと顔を上げた。
「ひゃっ! 私ったら、はしたない!」
身をよじらせて後ろを向こうとする女性だが、女の子を抱えたままなのでそう大して変わらなかった。だが、ずっとそれを見ていた二人の方が急に恥ずかしくなって慌てて視線を外した。
「ごめんなさい、私ったら里にいるつもりになっちゃって。いつもなら周りには主人しかいないものだから……」
「い、いえ! ウチたちこそ見ちゃっててごめんなさい!」
頬を赤らめて服を正す女性に慌てて光輝が頭を下げるが、真実は未だに背を向けて真っ赤に染まった顔を下げていた。男子中学生には少々刺激が強すぎであるが、決して見られても平気な人では無さそうで、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていたのだ。
「私たちは今からお昼にするけど、ここで広げても良いかしら」
「あっ、はい! ウチたちもお昼にしようかと思ってたんです。ご一緒しても良いですか?」
「ええ、是非。ていうか、先にきてたのはあなたたちよ?」
それにここは誰の物でもない、だから自由にしていて良いのよ、と。
光輝がマッサージを受けていたレジャーシートと、女性が授乳の為に広げたシートはかなり近くだ。折角なので景色が見渡せる場所に並べようと女性が提案したのに同意するのは珍しい事に光輝だった。
「良い、よね? 真実くん」
「ん、ああ。そう、だな」
真実は反応が鈍く、女性に目を合わせようともしなかった。いつもと違う真実の態度に戸惑う光輝。
「……どうしたの? 真実くん。もしかして真実くんもマッサージが必要?」
「いや、そういう訳では……」
自分と同じようにマッサージをしないといけない程、疲れているのではと焦る光輝。
行先を伏せたままここを案内したものの、不甲斐ない姿を晒してしまった光輝。何とか汚名を返上したいところだが、マッサージ自体受けたのは今日が初めてであり、況してや人に施した経験などあろう筈がなかった。
せいぜい祖母に肩揉みをしてあげたくらいか。それに祖母の足が悪くなった時に足を揉んでやろうとして痛がられたのがトラウマとして残っていたので、真実に施してあげるのを躊躇していたくらいだ。
対して真実は、未だ先程の授乳行為を目にした事を引き摺っていたに過ぎなかった。
あれだけ確りと見ておきながら、今更恥ずかしくなってしまったのだ。中坊かよ! 中坊だった。
「お~い、ユリさ~ん」
「あ、サクヤさん。お疲れ様。どうだった?」
現れたサクヤと呼ばれた大人の男性は、ユリと呼ばれた青髪の女性とは違って明らかな日本人だった。その事にホッとする二人だが、その現れた場所がおかしい。
ここはちょっとした広場にはなっているのだが、一番奥に小さな小さな社がある他は景色の見える側に柵が設置されている他は二人が登ってきた道と、もう一本獣道のように細く荒れ気味の小道が少しずれて延びているだけだった。
しかし、そのどちらでもないところから姿を現したのだ。
「泣き声が聞こえてきたけど、何かあったの?」
「ううん、ちょっとお腹が空いただけ。もう大丈夫よ。今からお弁当を広げるところ」
「なら良かった。こっちにも熊や猪が出たのかと思ったよ」
ホッとする男性。だが今、聞き捨てならない事を言ったような気がした真実。こっちにも、と。
「それで、どうだったの? 何とかなりそう?」
「いや、それが………熊も猪も、光輝君に聞いていたのよりも随分と数が多そう。随分と狩ったけど、まだまだいそうだねあれは。こんな事なら向こうから貴昭君も連れて来るんだった。慣れるには丁度良さそうだったし」
何か不思議で物騒な大人の会話をしているが、男性が手にしているのは枝のような細い木の棒一本のみ。熊や猪という害獣をどうにか出来るような物ではない。
「まあ今更だし、いつまでもこっちにいる訳にはいかないから出来るだけ僕が狩っておいて、残りは信二君たちにお願いするしかないかな?」
「そう、ね。そうするしかなさそうね。それで倒したのはどうするの?」
「ああ、それなら―――」
よく分からない会話が続く中、ふと男性が後ろを向く。すると子供たちが突然空を指差した。
「あー! シークとおねえちゃんたちだー!」
「ち~くだぁー!ち~くぅ!おねぃた~ん」
広げたシートの上できゃっきゃと嬉びの声を上げる子供たち。
その姿に釣られて子供たちの向く空を見上げると、背中に三人の子供のような影を乗せたように見える得体の知れない巨体が両足で何かを掴んで音もなく上空へ舞い上がっていくのが見えた。口を開けて目を見開いていると、その男性が二人の様子に気付いて口に人差し指を当ててシィーとウインクした。
「僕は鷹山朔也で、こっちは妻のユリ。今日見た事は内緒だよ?」
と言う訳で、別作品『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』から主人公とヒロインの登場でした。
本編ではなかった、ヒロインに胸を晒させるのもどうかと思ったんですけど、人間本来の姿であり、二人の子供を持つ母親でもあり、里に戻った世間知らずでもあるので、ちょっとウッカリしちゃう事もあるよね! ってことで。
そもそも世界観が違うので当の本人ではない可能性も!?
町の名前を流用すると決めてから考えてました。因みに道の駅で売っていた生椎茸や天然シメジは朔也が採ってきたものですYo!
気になった方は作者ページからカスブレよりも人気のある(!!)『近所に勇者が引っ越してきたようです(仮)』をご覧ください。