√真実 -023 道の駅の即売所
「何か……すっげぇ山の中に来ちゃったな」
乗り継いだバスで40分程、街から外れてきたと思えばいつの間にか木々に囲まれた山道を走っていて、道の駅のようなところに停まった。
ここでバスは、また時間調整という名の休憩に入るようだ。折角なので降りて施設の見学をする事にした二人。
「ん。もう一回乗り継いで次の停留所で降りる予定。でも、ちょっと遠くなるけど、ここからでも歩いて行けない事はないよ」
次に乗るバスが出発するまではまだ少しあるが、時間は厳守だからと道の駅にある大きな時計を見上げる光輝。
一方で、そんな光輝の言葉に首を傾げる真実。いよいよ目的地が分からなくなった。
「何処に行くのか、まだ教えて貰えないのか?」
「ん~、教えても良いけど、楽しみが減るよ? あとちょっとだし」
確かに、と納得する真実。しかし、それと同時に光輝ってこんなキャラだっけ? と首を傾げるが、そもそも交流が始まってから二ヶ月、交際が始まってからでもまだ三週間ちょっと。毎日のように顔を合わせていたとはいえ、まだまだ知らない一面があってもおかしくはないのだろう。
「そう、だな。楽しみは取っておくものか」
道の駅はトイレの他に大きな建物と、すぐ隣に小さな屋根付きの売り場があり、そこには地元野菜が並べられ即売所として賑わっていた。
周りを見ればバスの乗客たちもその即売所を覗いて幾つかを手にしているのを見るに、ここでの買い物は定番となっているようだ。
「うわっ! このスイカ、こんなにもでかいのにえらく安くないか?」
「このナス、双子みたい……可愛い。あっ、里芋がもう並んでる!」
「生姜が袋にいっぱい…… げっ! 松茸がこんな大きいの三本で八千円って激安じゃね? 買えないけど」
「あっ、生椎茸! えっ! これがシメジ!?」
並ぶ野菜の数々を見て歓喜の声を上げる二人。よく見れば大きさは不揃いだし、形もどことなく歪だ。しかし近所のスーパーに並ぶ野菜よりも大きくてたくさん入っているのに安い。毎日のようにスーパーで買い物をしている二人にとって、そこはパラダイスのようだった。
「大きいでしょ~。この辺りで採れる野菜はみんなこんななのよ。形が悪くてスーパーなんかに並べられないからってんで、こんなにも立派に育ったのに安くないと売れないのさ。ここで売れ残ると自分たちで食べるか廃棄になっちゃうし、ね」
二人の様子を見ていたのであろうエプロン姿のオバチャンがニコニコしながら声を掛けてきた。
成る程、形や大きさか……と再び並んでる野菜を見る。確かに大きいスイカはスーパーに並ぶには大きすぎる。ナスや里芋は形が歪だ。生姜は大きさがバラバラだし、椎茸やシメジは育ちすぎて怖いくらいであった。
「野菜だって生きてんだからさ、わたしたちから言ったらスーパーに並んでいる野菜たちはクローンぽくて気持ち悪いくらいだわね。本来の野菜ってのは人と同じで個性があって当たり前なのよ。虫食いだってそう。本当に美味しい野菜って、それを知っている虫たちがどうしても寄ってくるからね。虫食いのない野菜って農薬を使っていたり工場で大量に栽培されていたり……最近野菜を食べていても栄養不足だなんて言われているけど、あたしたちから言わせたら当たり前だってね。大地からの栄養をたっぷりと吸い取って伸び伸びと育った野菜の方が味も栄養も優れているに決まってんじゃないさね」
近くにあった丸々と太ったレタスを手に取って熱く語るオバチャン。
よく見ればそのレタスはところどころに虫食いの穴が。だが、それが健康な野菜の姿だと言う。そんな姿を見慣れていない都会の主婦たちは見た目を重視して選んでしまう為、今日の様なクローンっぽい野菜だらけになってしまったと嘆いているのだ。
「あんたたちは買い物や料理をするのかい? 子供が野菜を見て回ってるのなんてそうそう見ないけど」
「あ、はい。二人とも家で自分で作ってるので。それにしても美味しそうですね」
「そうだろ? オマケしてあげるからたあんと買っていきな」
鼻息を荒くしたオバチャンが言い寄って来るが、これから(行先の分からないところに)出掛ける途中である。今から荷物を増やすのは得策ではない。苦虫を噛み潰したような顔をする二人。
「……あの、今から丘に登るので、お買い物するなら帰りに……」
「あら、五宮山に登るの? じゃあ身軽な方が良いわね」
う~ん、と考え込むオバチャンだったが、それを聞いて山に登る? と真実が光輝を見つめる。
まあ、ここまで来たのだからある程度は予想は付いていたのだが、光輝の軽装というか普段着を見て本格的な登山の可能性は無いだろうと思っていた。しかし、軽いハイキングであってもちょっと軽装過ぎるような気がする。
暑さのピークは過ぎたとはいえ、まだまだ残暑は厳しい。それもあってか光輝の服装はまだ夏の服装だ。淡い色のサマーニットの下にはキャミソールが薄ら見え、下はインディゴブルーの7分丈のパンツルックだ。見方によってはちょっとエッチい。
いつもの光輝が好むTシャツ姿とは毛色が違なるところを見ると、綾乃の入れ知恵なのだろうと思う真実だが、チョイスを間違えている。山に登るのであれば、たとえ夏だろうと出来るだけ長袖長ズボンある事が望ましい。
当然そのような話を聞いていない真実も、下は辛うじてクール素材のジーンズであったが、上は半袖Tシャツだった。
「う~ん、でも早めに帰ってこないと、順次補充しているとはいえ即売所の野菜は残ってないかもね」
「えっ!?」
オバチャンの言葉に、どうしようと悩みだす光輝。
確かに魅力ある野菜ばかりだ。クルマで来ているであろう他の客の手がどんどん並んでいる野菜をカゴの中に放り込んでいるのを見るからに、無くなってしまうまでにそれ程時間は掛からないであろう。
しかし買うにしても保存すれば良いとはいえ、ちょっと量が多くないかなと思った真実はそれを指摘する。
「……ねぇ、真実君。帰りにおばあちゃんの家に寄っても良い? おばあちゃんにもお裾分けして三人で分ければちょうど良くないかな」
確かに、多ければ分け合えば良いし、帰り道に以前行った事のある光輝のお祖母さんの家がある。野菜のお裾分けに立ち寄ってもそんなに時間は掛からないだろう。
珍しく光輝の顔には焦りが見られた。
「ね、真実くん。この里芋やナス、買ってかない?」
「え? でも……」
山に登るのに、既に手提げの荷物がある。その上重量感のありそうな里芋を持って? と難色を示した。
すると、オバチャンがそれならと提案する。
「この時間から山に登るのなら、上でお弁当を食べて来るんでしょ? 帰ってくるのは二時や三時になりそうね。その時間だとわたしたちはちょうど帰るかどうかの時間だけど、それまで買って貰った野菜はあっちの本館の方で預かって貰ったらどうだい?」
「えっ! そんな事も出来るの!?」
「内緒だけど、ね」
掌で口を隠して声を潜めるオバチャンだが、声を潜めるのならもう少し早目から潜めるべきだろう。何人かが真実と同じ反応を示していたのだから。
「ほら、早く決めちゃわないと、どんどん無くなってっちゃうわよ」
急かすオバチャンに、光輝が慌てて品定めに向かうと、真実もそれに続くのだった。