表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

106/120

√真実 -021 電車からバス

令和最初の投稿です

令和が平和で幸せな時代になりますように



「えっ? あれ? ご、ごめん。待たせた?」


 真実(まさのり)が待ち合わせの指定場所である駅前の時計塔の下に着いて周りを見渡すと、駅の建物の柱の後ろから大事そうに荷物を抱えた光輝(きらり)が駆け寄って来るのが見えた。

 少し早めに来たつもりが、光輝を待たせていたようだ。


「……ううん、大丈夫。ウチがちょっと早く着きすぎただけだから」


 プルプルと首を横に振る光輝だが、まだ残暑が酷しく朝早いとはいえ建物の影に隠れないといけないくらい外に待たせてしまったのかと思い至る真実。


「……ううん。人目があって隠れてたの」

「え? 人目を避けて? でも今日は土曜日だから仕事の人は少ないし」


 学校もまだ始まってないのに? と首を傾げる。

 だが、人見知りが激しいっぽい光輝なら、人が多かろうが少なかろうが目立つ事はしたくはないのだろう。しかし、二人で決めたとは言え、最終的に待ち合わせ場所を指定したのは光輝だ。


「はぁ、仕方ないなぁ、光輝は。次からはもう少し目立たないところで待ち合わそうか」




 結局二人とも約束よりも早い時間に電車に乗って移動する事に。

 資金は総司から貰ったお金があるから、中学生としては潤沢だ。光輝は自分の分は払うと言い出したものの、事前に総司から真実に奢って貰うように言われていた事もあって、強情になる事もなく素直にそれに従った。

 行き先は光輝のプランであったが、自動券売機で値段だけ伝えられ、路線図を見る事を禁じられた真実は不安ながらも光輝の言葉に従って登りの電車に乗るのだった。


「う~ん、この切符の値段だと、隣の田鍋市辺りだよね。一体何処に行くんだ?」

「……ん、ナイショ。因みに、電車を降りたらバスに乗るから」


 週末の朝早くとあって電車内は乗客が疎らだ。もう少し早ければ休日出勤の、もう少し遅ければ夏休み最後の子連れ家族で溢れるだろう。

 二人は難なく席に座れた……が、二人掛けの席である。その距離はほぼゼロであり……


「あっ、ゴメン」

「……ううん、大丈夫/////」


 窓側でちょこんと座っている光輝に、肩が当たる度に謝る通路側に座る真実。

 しかし、その頻度は少なくはない。きつめのカーブや支線への分岐の度に大きく揺れる電車。加えて乗り合わせた電車の運転手はブレーキ操作が雑であった。空いている席にも座らずドアの近くで立っている若者が何処にも掴まらずにスマホを操作していたが、堪らず直ぐ側にあった手摺りに掴まって運転席の方を睨んでいるところを見ると、普段はこれ程揺れないのだろう。

 真実は光輝から預かった手提げの荷物を膝の上に乗せていて、両手でそれを落とさないように持っていたので、足の踏ん張りは利くが上体は電車の揺れに成されるがままだった。


「この前の電車って、こんなにも揺れてたっけ?」

「……この電車、古いみたいだし普通だからじゃないかな。この前みたいな、快速で新しい電車だと全然揺れないよ?」

「へぇ、そうなんだ。って、快速じゃなくても良かったのか?」


 意外や、光輝がそんな事を知っているとは思わなかった真実。

 しかし、普通電車は各駅停車で時間が掛かる事くらいは知っているので、主要な駅にしか停まらない快速電車でなくても良かったのかと疑問を投げ掛けてみた。すると光輝は首を横に振る。


「……今から行くところは先に出た電車の方が先に着くから、どっちに乗っても同じ。それに普通の方が空いてるし」

「へぇ、そうなんだ。光輝はよく電車に乗るのか?」

「……ん。おばあちゃんの家に行く時に」


 ああ、と半月前の出来事を思い出す真実。

 お盆に光輝の祖母が料理を教えてあげると招かれて、二人で電車に乗って行ったのだ。まさかその翌日に夜祭りに行って事件に巻き込まれたとは、と遠くもない過去の記憶を思い出す真実。


「おばあさんは元気? あの時料理のコツを教えて貰ったお礼もしたいけど……って、この切符、もしかしておばあさんの家に?」

「あっ! 違うよ? 駅は一緒だけど、行き先は別のところだからっ」


 いつもの喋る前の溜めがないところを見ると、その様子以上に慌てて出てしまった言葉みたいだ。そう考えると、普段は一度考え込んでから喋っているのかも知れない。


「なあ、光輝。いつも考え込んでから喋っているんじゃないのか? 別に俺の前ではそんなに構えなくても良いんだぞ?」

「……え? で、でも……」

「俺には思った事を言えば良いんだよ。付き合ってんだぞ、俺たち」


 と口にしたところで、恥ずかしくなってまた顔を赤らめた二人。ここに知り合いがいなくて良かったと、心の底から思う真実だった。





「あれ? バスに乗るんだよな。何処行きのバスなんだ?」


 電車を降りて改札を出た二人がバスターミナルへの案内板を見付けてそちらに行ったのだが、ずらりと並んでいる鉄道会社の路線バスには目もくれず先へと進む光輝。


「このバスじゃない。あっちのちっちゃいの」


 顔を赤らめて俯きながらスタスタとターミナルの端の方へと進んでいく光輝。

 溜めが無くなったは良いが、ちょっと拙い言葉遣いになってしまったのが恥ずかしかったようで、逃げるように早足で先を急ぐ。苦笑しながらその後を付いて行く真実だが、ターミナルも端の方まで来ると閑散としていた。

 路線バスの乗り場を示す大きな案内板が無くなっても更に進む光輝に、真実は待ったを掛ける。


「ちょっ、光輝。そっちにはもう乗り場はないじゃないか」

「……ううん、こっちで合ってる。乗り場はここを出たところ」


 出たところ? と首を傾げる真実だったが、その建物を出たところにそれはあった。

 それまでの大きな案内板とは打って変わって昔ながらのコンクリートブロックからポールの出た小さな案内板が三つ。そしてその内のひとつに角の丸い小さな可愛らしいバスが停まっていた。


「えっ!? もしかしてこのバスに乗るの?」

「ん。停まっているのがそうみたい。乗ろ、真実くん」


 バスの表示を確認した光輝が先に乗り込むのを見て、改めてそのバスを見る真実。それはその市の巡回バスだった。

 市民でもないのに良いのかなと思いつつ光輝に続いて乗り込むと、運賃は先払いらしく料金箱が入口の目の前に設置されていた。


「真実くん、お金はウチが払っておいたから」

「えっ!? ちょっ、今日は光輝は払わなくて良いって言ったじゃん! 幾らだった? 払うから」

「良いよ。このバス、何処まで乗っても一人百円だし」


 ブンブンと両手を使っていらないアピールをする光輝の勢いに圧されて払うのを諦めた真実は車内に乗り込んだ。

 普通のバスに比べて一回り小さい巡回バスの中は意外にも通路が広く取られていた。と言うより片側に前向きの一人用イスが並び、その反対側には横向きに長イスが。

 電車の優先席でしか横向きの席を見た事が無かった真実にはそれは衝撃的だった。目を丸くして立ち止まった真実に気が付いた光輝は横向きの席の前寄りを指して着席を促した。


「初めて乗った時、ウチもビックリしちゃった」

「乗った事があるんだ……てかさ、何でこの席に?」


 一人用の席だと何か話をするのに支障が出るから避けたのだろうが、一番後ろにも三~四人が並んで座れる前向きの席がある。どうせ並んで座るなら一番後ろの席を選ぶと思った真実だったが、光輝は考えがあってその席を選んでいた。


「うんとね、一番前の前が見える席と運転手の後ろの席はそこでないと駄目な人がいるんだって。一番後ろの席もそうみたい」


 その席に座れないと機嫌が悪くなる人がいると。そして出口近くの席もせっかちな人が停まって直ぐに降りられるように……そして人気の無いのが横向きの長イスの前の方だと言う。


「でもね、横に並んでお喋りしたい人たちが乗ってきたら席を譲ってあげないと」


 色々と考えてその席を選んだ光輝に尊敬の眼差しを向ける真実。まあ、混んできたら若い自分たちが席を譲るのは当たり前だけど、今のクラスメイトたちにそれが出来るのが何人いるのやら……


「あら。見ない子たちだけども、でぇと?」

「えっ!? いや、その……そんなようなものです」


 先に乗り込んでいたお婆さんに声を掛けられて慌てて答えるが、デートだと認めるのに少しこそばゆい。光輝はまたもや顔を赤くしているが、相手が見知らぬ人だからか真実は幾分ましだった。


「あらあら、可愛いわねぇ。でも、その席で正解よ? 何処まで行くのか知らないけども、この時間のバスで指定席じゃないのはそこくらいだもの。そうだ、飴ちゃん食べる?」


 頭に手を突っ込んだお婆さん。飴ちゃんと頭に関連性が見出だせなくて首を傾げていると、その頭に突っ込んだ手から飴ちゃんが。

 マジか! と驚くのは真実だけではなかった。さっきまで顔を赤くしていた光輝も、お婆さんのその意外な行動に目を奪われていた。

 程なくチラホラと乗客が乗り込んで来る頃にはそのお婆さんを中心にお喋りが車内に充満していく。その輪の中に自然と入っていた二人は、いつの間にかバスが出発していた事に気付いた。


「ところで、何処まで行くんだい? でぇとなら駅の周りの方が遊べるだろうに」

「えっと、北行きのバスに乗り継ぐ予定です」

「ほんじゃあ、それは弁当かい。今日は天気もええからなぁ」


 ピンときたらしいお婆さんがウンウンと頷くが、未だに真実は行き先が分からなかった。そもそもこのバスが細い裏道ばかり走るので、何処に向かっているのかすら分からなくなっていた。


「ほんでも帰りは気ぃ付けなあかんよ。夕立ちがあるかも知れんからな」

「おっ、ほんまか? そりゃ今日は早よ帰らなあかんな」


 車内で一気に伝達されていくお婆さんの天気予報。聞けば結構な確立で的中するらしく、常連客たちの信頼を得ているそうだ。お互い名前すら知らないのに信頼が生まれている事に、目を瞬かせるしか出来ない二人だった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ