√トゥルース -084 返って来た石と外套
平成最後の投稿です。
「……やっぱりこれだけの大きさにしかならなかったのね」
ガックリと項垂れるリムの前にはエスぺリスから手渡された一粒の石が。
見えない何かに盗まれ、水に濡れて色褪せていた石を加工に出していたのが戻ってきたのだ。それなりの大きさがあったその石は、今は規定の大きさにギリギリ収まるくらいにまで小さくなっていた。
「切り落とした欠片を見ましたが、これ以上は大きくは出来なかったのは確かです」
「ええ。それは疑ってはいないわ。まんまと盗まれた自分にガッカリしているの」
エスペリスが申し訳無さそうに言うが、リムは首を横に振って答えた。寧ろ被害がこれだけに抑えられた事の方が奇跡であったのだ。
一度盗まれればひとつも戻ってこない可能性の方が大きい事を考えれば、全ての石が戻り、その内のひとつだけが基準を満たさない状態だった。ただそれだけの事である。その売れなくなった石も、トゥルースが売って欲しいと申し出なければ諦めてしまうところだった。
「職人が言うには、一度水を吸った石は早めに切り落とさないと、時間が経つ程浸食されていたかも知れないと。早めに手を打って正解ではないかと言ってました」
付け足すエスペリスの言葉に目を見開くリム。村にまで持ち帰っていたら完全に駄目になっていたかも知れない。
「む。そういった話は今まで聞いた事はなかったな。村に帰ったら検証する必要があるな」
話を横で聞いていたアディックが顎に手をやり考え込んだ。それを聞いてトゥルースも自分たちが扱うレッドナイトブルーにも言えるかも知れないと眉を顰める。
誰だって色褪せすると分かっていて、石を水に浸したりはしない。なので、村に帰ったら基準を満たさなかった石を使って検証してみた方が良いかも知れないと心のメモ帳に書き込むトゥルースだった。
「それで、この石はどうするんだ? リム」
「どうするって……あなたはこの石が欲しいんだよね?」
アディックの問い掛けにはハッキリとは答えられず、欲しがっていたトゥルースに確認するリム。
「欲しいには欲しいけど……無理に分けて貰わなくても良いんだけどな。俺としてはちょっとした興味でなんだから」
そう、トゥルースはレッドナイトブルーとの違いに興味を持っただけで、どうしても欲しい訳ではない。
「どうしよう、兄さん」
「どうしようも、お前が決める事だ。まあ、石を取り戻して貰ったお礼が言葉だけのままだというのはいただけないがな」
そうだった、お礼を兼ねて石を安く譲る話だったんだ、と思い出すリム。
暫く考えた後、何かを決心したように下げていた顔を上げるリム。
「よし、決めた! 石はあげる!」
突然そう言われて、ええっ!? と驚くトゥルースは流石にタダで貰う訳にはいかないと拒否するが、リムは首を横に振る。
「最初は村まで持っていって直して貰おうかとも思ってたけど、そんな事をしてたら丸々駄目にしてたかも知れないんでしょ? だからこの石が無事だったのは、あなたが欲しいって言い出したおかげ。それに盗まれた石を全部取り返してくれたじゃない。そのお礼も兼ねてよ」
「いや、でも。石を取り返したのは俺が勝手にした事だし、それに石は売人にとって命の次に大事な物だろ? そんな大事な物をただでなんて貰えないよ。第一、俺はその……事故とはいえ見ちゃった訳だし」
「ちょっ! あたし、忘れなさいって言ったわよね! 頬をひっぱたいただけで手打ちにしてあげたのに、何で蒸し返すのよっ!」
あっしまった! と謝るトゥルース。それまではちゃんと(?)忘れていたのに、石を取り戻した話題をすればどうしてもセットで思い出してしまうのは仕方のない事であった。
「もうっ! 兎に角、あなたにあげるから貰ってちょうだい」
「いや、ちゃんとお金は払うから!」
「手元にあると思い出して悔しいのよ! だから早く引っ込めてよ!」
「いや、でも!」
やいのやいのと言い争う二人に、周りの者たちも少々うんざりとしてきたようだ。あちこちから溜め息が聞こえてきた。
「……ルー君とリムさん、何だか仲が良いね」
「えっ!? た、確かに。てっきり商売敵なので仲が悪いかと思ってましたけど……侮れませんね」
不意に呟いたシャイニーに気付いたティナが、意外な伏兵に自分たち二人を差し置いて! と顔を顰めた。
だがそれに同じく気付いたミックティルクにとっては僥倖だと言えた。トゥルースにティナたち二人以外で良い異性が出現すれば、二人の心が自分の方に向いてくれる可能性が高くなるからだ。
ふふふ、と笑みを浮かべるミックティルクに気付いたティナは、何とかしなくては! とは思うものの、何の解決策も浮かばず歯を噛み締めるしかなかった。
「あの。それでしたら石の加工費をご負担頂く、ってのはどうでしょうか」
そこに水を差したのはエスペリスだった。何があったのかは依然として分からなかったが、流石に目の前で言い争っていられては放って置けない。
「ああ、そういえば石の加工費があったな。いや、でも。俺が加工費を出すにしても、石の値段を考えたらまだまだ足りないし!」
「いえ、これは勉強代としてあたしが払うわ!」
「いやいや、こんなのただで貰う訳には! ったく、この頑固者め!」
「なっ! 頑固者なのはどっちよ! この石頭!」
「石頭だあ? この唐変木めっ!」
益々ヒートアップする二人にいよいよウンザリしてきた周りの者たち。いつも言い争っているカーラとラナンは程よく争い、程よく引く事、程よく話を逸らす事を知っているが、この口喧嘩に慣れていない二人は何時までも同じ事でくどくどと言い争っていた。
「ちょっとよろしいですか。私からの提案ですが、加工費の代わりにトゥルース様からリム様たちの旅に必要な物を贈られては如何でしょうか。リムさんたちは未だ旅のご用意は済まされていないのでしょ?」
提案したエスペリスに二人とも視線を向けた後、それも良いなと考え込むトゥルース。そしてリムはプイと横を向いて口を尖らせたまま考え込んだ。
「むむ。石の代金を貰う訳じゃないけど、旅に必要な物は自分たちで用意するのが当たり前よね……」
「いや、そうしよう。安くはない石をタダで貰うんだ、そのお礼に旅に必要な物を贈るくらいは許されるでしょ」
そうトゥルースに言われて再び考え込むリム。堅い、堅すぎる。
「リム、もうそのくらいにしておけ。そこは素直に受けておこう。そうすれば全て丸く収まる」
逆に王子の前で言い争っている方が不敬だと諭すアディックに、リムも漸く眉間の皺を緩めた。
その傍らでリムの隙を見てエスぺリスに耳打ちをするトゥルース。すると目を瞬かせたエスぺリスが笑みを浮かべてそれに同意した。加工費の半分をこっそりと自分の方に請求して貰うように頼んだのだ。
「それにしても……その外套、ホント似合わないわね」
「え゛。やっぱそう思う? 俺も外套だなんて初めてだからさ」
羽織った質の良さそうな外套を広げて見せるトゥルース。
爵位を賜ったトゥルースには、首飾りの他に外套がミックティルクから渡された。首飾りにしても他の者が受け取った物よりも一回り大きく、強く主張していた。
「ん? 不満か? よく似合っていると思うのだがな。何なら好みの形に直させるぞ?」
「えっ? いや、気に入ってない事はナイデスヨ? うん、よく見れば仕立ても良いし、こんな紋章付いたのなんて見た事ないし」
慌ててそう答えながらファッションショーよろしく広げて回って見せるトゥルース。
そのミックティルクから受け取り羽織った外套にはさりげなく、しかし誰の目にも留まるミックティルクの紋章が前後の襟にクッキリと刺繍されていた。
「ふふふ、そうだろ。何せそれは私が思い付いて初めて作った物だからな」
トゥルースさんは次期帝王の紋章を纏ったマントを世界初で手に入れたようです。