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√トゥルース -083 紋章



「えっ!? あたしたちにまで!?」


 目を丸くするリムの前には細くも丈夫そうな首飾り(ネックレス)を手にしたミックティルクが。


「まあ同じ物とはいかないがな。お前もいつまでもアディックと一緒にという訳にはいかないのだろう? 餞別だ、御守りに持っていけ。まあ偶には私やファーに顔を見せに立ち寄って欲しいところだがな」


 そう言って一旦ファーラエお付きの侍女アバンダに手渡すと、アバンダがリムの後ろに回ってその首飾りをリムに付けた。

 首元に下がったその首飾りは重量感は殆んど無かったが、その存在感は小さくはなかった。

 

「む。我にもなのか? 我は何れ家を継ぐ身、帝国へは来れなくなると思うのだが」

「ああ。それは何だ、記念にだな。お前にだけ何もなしというのも何だかおかしな話だと思ったからな。勿論こちらの方に来た際はお前にも立ち寄って欲しい。それにお前の故郷であれば、聖都の話も聞こえてくるのではないか? そういった情報を知らせてくれると私としては助かるのだがな」


 記念にと言いつつ確りと要求はするミックティルク。ちゃっかりしている。

 しかし、その程度であればとアディックは了承した。


「あれ? 兄さんのとあたしのは少し柄が違うのね」


 アディックに付けられた首飾りのペンダントトップに目をやったリムが首を傾げるが、それを耳にしたシャイニーもそれを覗き込み自分の貰った首飾りと見比べて首を傾げた。


「柄が違うのはリムさんの方じゃない?」

「えっ?」


 慌てて他の者の首飾りと見比べるリム。

 リムの貰ったペンダントトップには、盾の中に剣と槍がクロスし、中央に女神らしき横顔、右に獅子、左に蛇という紋章が。対して他の者のペンダントトップには中央の女神像の代わりに顔の見えるヘルメットを被った男性像の横を向いた頭部が描かれていた。


「よく見れば帝国を表す紋章ではありませんね。これは……もしかしてミック様自身の紋章ですか?」


 その紋様に気付いたティナがミックティルクに問うと、よく気が付いたとばかりに顔を綻ばせた。

 帝国を表すのは、盾の中に剣と槍がクロスし、中央に王城、右に獅子、左に蛇である。

 帝国には王族の者それぞれに個々の紋章が与えられるのが伝統として残っている。このペンダントトップに刻まれた紋章はまさにそれであった。


「ああ、そうだ。私を表すのはその鉄兜の横顔である。そして女神像はファーのだな」

「えっ!? あたしのは姫様の!?」


 驚きの声を上げるリムだが、無理のない事であろう。

 そして正装をしているミックティルクたちに目を向ければ、白を基調としたその豪華な服装の胸元にはそれぞれの紋章が。しかしそれは更に精巧であり紋様も僅かに違う物であった。

 ミックティルクのそれはみんなに渡された紋様の更に周囲に椿の葉と花が。それはミックティルクの母方の家の紋の一部であって、それが一体となって本人である事を表していた。

 一方で、いつもより豪奢なドレス姿のファーラエの首元に光るネックレスに施された紋章には、リムに手渡されたそれ(首飾り)の周囲に朝顔が刻まれた物であった。これはファーラエの母方の家の紋の一部ではあるが、元々一般応募で召し抱えられた侍女であった為に家紋など持っておらず、側室になる際に急遽あつらわれたものであった。


「領主でも何でもない女に私から紋章を贈ってしまうと別の意味に捉える者も出よう。なのでリム、お前にはファーからの友の標しとして渡す事になった」


 王族の、それも男から女に自らの紋章の入った物を贈るのは、その女が自分のものだとアピールする事と同義であるから都合が悪いと主張するミックティルク。

 成る程と納得する一同であったが、ん? と首を捻るティナ。


「それって……わたくしとニー様はどうご説明していただけるのですか? わたくしのもニー様のも頂いたのはミック様の紋章なのですが」

「なんだ、不満か? 少なくともお前たちには私の標しが必要だと思ったのだが」

「えっ!?」

「そんなに驚く事でもないだろう。私が目を掛けている事を明確にしておかないと、それこそどこぞの馬の骨に手を出されるか分かったものではないからな。ニナ、お前は特にだ」


 名指しされて顔を顰めるティナ。しかし今のティナには何の後ろ盾もないのだから、ミックティルクの申し出は悪いものではなかった。シャイニーには守られし首飾り(教会の後ろ盾)がある。なので最悪ファーラエの紋様でも何とかなるであろうが、ティナにはそれがないばかりか整った顔立ちによって人の目をどうしても集めてしまうのだから。

 その後ろにミックティルクの影があろうが、ファーラエの後ろ盾では弱いのだ。寧ろ王族の、それも見目麗しいファーラエに近付けるチャンスがあり、尚且つ何の躊躇もいらず娶るに相応しい見た目を持つティナを放っておく者がどこにいようか、と。

 足掻けば足掻く程どんどんと外堀を埋められていくのを実感し、まだ王国の王女だった事まではバレてはいないだろうと思い(信じ)たいティナは、それ以上何も言えなくなり大人しく引っ込んだ。


「ところで……フェマは何処へ行った? 明日の早朝には屋敷を出るから、もう料理人たちを虐めるのは必要ないだろうに」


 女中たちに目をやるミックティルクだが、女中たちは顔を見合わせ首を傾げた。


「一昨日あたりから厨房へはあまり顔を出されていないようですが。屋敷からは出られてない様に思います」

「一昨日といえば、毛糸や編み棒が欲しいと申されましたので、いくつかご用意しましたが……」

「そういえばお部屋に正装を取りに入った時に部屋の中でお見掛けしましたが……」


 何をしているのかまではさっぱり分からないと言う女中たち。しかし調理中の厨房や食事時の食堂、には顔を出してはいる。一体何をしているんだ? とトゥルースの方を見るミックティルク。


「そういや、部屋の片隅でコソコソと背中を向けて何かをしていたな。覗き込もうとすると邪魔だって部屋を追い出されてたから何をしているかまでは……」


 それはティナもそうだったが、何やらシャイニーとは相談をしていたように思い出してそちらに顔を向けるトゥルース。


「えっと、その……あともうちょっとで完成すると思うから」

「完成するって、何が?」

「それはエスぺリスさんの……」


 シャイニーが言い淀んでいると、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「おお、ここにおったか。いつもの部屋におらんから探したぞ。支店長も帰っておらんな、丁度良い。ほれ、必要になると思うてこれをお主にこさえてやったぞ。受け取れ」


 入って来るなり、脇に控えていたエスぺリスに毛糸の塊を手渡すフェマ。

 何が何やら分からずに目をパチクリさせてそれを受け取るエスぺリスは受け取ったそれを広げて見せた。それは凝った作りのニットの帽子だった。形はつば付きのベレー帽で、色はベージュをベースにつばに鮮やかな赤色がワンポイントになっており、随分とゆったりした大きさに編まれていた。


「あの……どうして私にこれを?」

「今言ったじゃろう。必要になるじゃろうからじゃ。まあ気にせず受け取っておいてくれ。このまえ店に行った時にある程度は見ておったが、今どきの流行がイマイチ分からんかったから苦労したぞ。我ながらええ出来じゃと思うが、おかしくはないじゃろ?」


 目をパチクリさせるエスぺリスだが、髪の毛が無い為に冬場は頭から風邪を引きそうになった事は何度もある。なので有難くそれを受け取る事にしたエスぺリス。叙勲式では贈られる物を納品していたので、それを気に入って貰える様を見るのが楽しみでミックティルクからの立会依頼を快く受けたのだが、まさか自分が物を貰えるとは思っていなかった。


「ありがとうございます。大事に使いますね。これで風邪を引く事も減るでしょう」

「……まあ、それ目的ではないのだが、良かろう」


 その言い分に首を捻るのはエスぺリスだけではなく、シャイニー以外の他の者たちもであった。


「ふむ。良く分からんが、良かったな、エスぺリス。して、フェマ。お前にもこれを渡しておこう」

「ん? なんじゃ、わしも何ぞ貰えるのか。って、何じゃ。お揃いの首飾りか。ふむ、有難く受け取っておこう」


 周りの者たちが付けている首飾りを見て、ただのお揃いの物だと思い込んだフェマは何事もないようにそれを受け取り、自分で首に付けた。


「……ふっ。こやつは意味を分かってないようだが、まあ良いか。ではこれにて叙勲式は終わりとする。皆大儀であった」


 総ミックティルクが宣言すると、大儀だと言われるような事は何もしていないのになとみんな心の中で苦笑するのだった。





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