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√トゥルース -082 籠絡



「どうだ、請けてくれるか、トゥルース。強要はしたくないが、出来れば請けて欲しい」


 一通り喋りたい事を口に出来たのかミックティルクがそう聞いてくるのだが、珍しく殊勝な面持ちであった。


「……ですが、俺一人が動き回ったところで然程何かあるとは思えないんですけど。それに俺はこの国の法律とか諸々には疎いし、まだ大陸の事はよく知らない。請けたとして何かあった時に上手く立ち回れるのかも……」


 言い淀むトゥルースの意見は尤もなものだろう。立ち回れるかどうかもそうだが、そのような場面にそう何度も出会す事は無いのでは? と。

 だがミックティルクはそういった心配はしていないようで、小さく笑みを浮かべ鼻を鳴らした。


「ふん、それなら心配する事はないだろう。お前の話を聞いていると、どうも問題がある中に自ら突っ込んで行ったり騒動があちらからやって来る節がある。違うか? そう探し歩かなくとも報告すべき事は少なくないと思うのだがな。それにお前には強い味方がいるじゃないか。法の事ならニナが詳しそうだし、何故かフェマは大陸中をよく知っているようだ。何かあっても教会の後ろ楯があるシャイニーがいるしな」


 成る程、四人一絡(ひとから)げで考えていたのか、と納得する一同。

 どう考えてもトゥルース一人では力不足なのは明らかであったが、四人セットになる事である程度は納得いくのだが……それでも現状においてトラブルが舞い込み易いメンバーなので、敢えて人目を避けるような行動になりがちであるのだ。力に対抗できるのがトゥルース一人だけだという事も心配の種なのである、出来ればトラブルからは遠ざかりたい立場であったのに、と。


「何、そう心配する事はない。ちゃんと保険も考えている。何があっても嫌だと言われれば諦めるが、人助けだと思って請けてはくれんか」


 決して強要はしないという事をアピールするミックティルクではあるが、どう見てもトゥルースが首を縦に振るまで説得を続けるのは目に見えている。


「……あの。わたくしからひとつ良いですか?」


 難しい顔をして黙りこんだトゥルースに代わって、後ろの方で見守っていたティナが小さく手を挙げた。

 本来なら第三王子であるミックティルクがトゥルース相手に話をしているのを横から割って入る形になるので、不遜であると糾弾され兼ねない場面だ。しかしミックティルクはそれを気にする事なく、何だ? とそれを許した。


「今のご説明ですと、何かしら気になる事をご報告差し上げれば良いという事に。であれば、必ずしも叙爵は必要がないのではありませんか? 恐らくルース様はそういった協力は爵位など無くとも惜しまないかと。寧ろ爵位の方に抵抗感がお有りかと。ですよね、ルース様」


 物怖じもせず、ズバズバと意見を口に出すティナに冷や冷やしながらも、トゥルースはそれに同意するように頷いた。何の義務も発生しないと言われても、それが本当なのか懐疑的なのだ。


「それに……私爵、ですか? 新しい爵位を未だ王位に就かれてないにも関わらずそんなに簡単に創設なされた上、大きな貢献もしていないルース様に与えるなど、勝手にではないにしろ人々が存ぜぬ爵位は(わざわい)の元に成りかねないと考えるのですが」


 確かに、爵位というのは国に大きく貢献をした者に対して与えられるものであって、大きな手柄も貢献もないトゥルースが与えられるのには違和感が大きい。


「ふむ、ニナが言うのにも一理ある。何しろ初めての事なのだからな。だが、これはお前たちの為でもあるのだ」

「えっ? わたくしたちの為?」


 ミックティルクの物言いにティナだけでなくトゥルースたちもどういう事だろうかと顔を顰めミックティルクの言葉を待った。


「ニナは勿論の事だが、シャイニーも顔の痕を化粧で隠してしまえば人の目を惹く。成人したての人目を惹く若い女が二人揃えばおのずと善からぬ者を集める事になるだろう。トゥルースはそれを嫌って人目の少ない道を選んでいるんではないか? 自分だけでは解決出来ないと力不足を感じているのだろう」


 言われたトゥルースは顔を顰めて俯く。

 ここに来るまでも、行き交う娘たちや食堂で居合わせた女たちを目にして連れ歩く二人のレベルの高さに気付いていた。ティナに至っては態と整った顔を崩すように化粧をしていたにも関わらず男たちの目を惹いていたので、それに気を良くする一方で何とも言えない気分に苛まされていた。

 ――――それが嫉妬心だとも気付かずに。


「そこで私が与える爵位だ。私としては不本意なのだが、次期帝王の座は私が就く事になるだろう。そんな私から与えた爵位となれば、悪意を持った相手も簡単には手出しは出来ないだろう。出そうものならこの国に、いやこの大陸にはいられなくなるだろうからな」


 物騒な事を口走るミックティルクだが、歴代帝王の苛烈さは大陸中に知れ渡っており、その執拗さも有名であった。

 一度敵対視すれば何処まで逃げようとも追っ手を掛け、とことん追い詰める。今では鳴りを潜めて穏やかになっているが、現帝王も即位した当初はそれまでの歴代帝王のように同じ事をしていて恐れられていた。大国である帝国の長が舐められてはいけないのだ。


「加えて言えば、トゥルースには確りと二人を守って欲しい。詰まらぬ事で、目を掛けた二人の身に何かあったら目も当てられんからな」


 この叙爵にはティナとシャイニーの護衛役としての意味合いもあると打ち明けるミックティルク。二人には手を出すなよ、と釘を刺された形である。

 確かにまだ永遠を誓い合うには知り合ってからの日が浅いし、まだそういう事には若いので早いと感じてはいるが、人によっては既に結婚を決める者もいておかしくない年齢なのだ。そう言われたからと従う理由はない……のだが、その言葉に何となく従う気になるトゥルース。チキンであった。手を出さない理由が出来たので、無意識にその言葉を受け入れるのであった。

 しかし、王国の(元)王女であるティナはその誘いを簡単には受け入れられない事情がある。王国の為にも自分に罹った竜化の呪いは公表できないし、それを理由に王宮から連れ出された事は知られる訳にはいかない。


「……まだわたくしたちの事を?」

「当たり前だ。そんな軽い気持ちで口にしたのではないぞ。本来ならこのまま帝都に連れて行きたいくらいだ」


 お互いに瞬きもせずに見詰め合う二人。短くも長い時間をそうしていたが、ティナの方が折れて目を背けた。


「っ! 冗談は程々にお願いします。わたくしはルース様に付いて行くと決めましたので!」

「ああ、私も強要はしたくないからな。だが、気が変われば何時でも私の元に来るが良い」


 全く諦めるつもりが無さそうなミックティルクに目を細めるティナ。

 そしてその話に自分も含まれているんだ! と目を丸くするシャイニー。何度聞いても自分には縁の無い話のように感じているからだが、それは自分よりも主にティナの方に重きをおいているようにも感じていたからだ。


「……そのお話は何度もお断り致しております。これ以上口にされると嫌いになってしまうかも知れません」

「ふむ、では今は嫌ってないという事だな?」


 ニヤリとするミックティルクに、思わずティナは口を押さえた。

 確かに嫌ってはいない。寧ろ聞いていた人物像とは少し異なる事に、少しづつ興味を持ち始めている。その事に気付いてしまったティナは頭を振り、話題を変えようと顔を上げた。


「……それについてはもうお答えしません! ところで先程もお伺いして明確なお答えを頂けなかったのですが、爵位をお与えになられるのはミック様(・・・・)ですか? それとも第三王子(・・・・)ミックティルク様なのですか? そのお答え次第ではルース様への爵位は意味を成さないと思いますが」

「うむ、遊び人ミックか第三王子か、か。それは大きな問題だな。今の私はお忍びの身なのだから、ここにいてはおかしいと。だが、叙爵となると前列がないとは言え王子として与えるのが正しい。であれば私は今、公式に査察に来た身と認めようではないか。実際に今年の農産物の出来が良い事を確認出来たし、レイビドたちが食材の確保に飛び回った事で、私がこの地に来ているのは知れ渡っているだろうから問題はない。そしてティナ(・・・)とシャイニーに声を掛けたのも王子たる私からであると認めよう」


 今までになく随分と饒舌な王子(ミックティルク)に、しまった! と顔を顰めたティナ。

 ティナはミックティルクがお忍びな事を良い事に、王子がここにいる事を認めないだろうと高を括っていたのだ。あわよくばトゥルースの叙爵の件もティナとシャイニーに声を掛けた件も立ち消えになれば、と考えての賭けであったのだが、それに失敗したティナ。


「……お兄様、何だかいつものお兄様じゃないような。いつもならもっと強く言うのに…… それにその人は断れないでしょ? ファーラエとの約束があるのだから」


 首を傾げながら珍しい物を見るような目で声を掛けたのは第二王女のファーラエ。

 いつもならもっと強く命令するミックティルクを当たり前のように見ているので、ここまで下手に出るミックティルクの姿は珍しいようだ。

 だがファーラエの言うように、トゥルースはこの話は断れない。先日のファーラエを含む女性陣の裸姿を見てしまった罰として、ミックティルクからの叙爵を受ける事となっているのだから。


「そう言うな、ファー。私としては確りと納得して爵位に就いて欲しいのだ。帝都に嫌々来られてもつまらないだろう」


 その言葉にハッとするファーラエ。

 どちらかと言えば友として顔を出して欲しいというミックティルクの願いはそのままファーラエにも当て嵌まった。王族であるが故、加えて各方面に人気が高過ぎるが故、二人には心を許せる程の友は極々僅かである。ミックティルクが囲っているカーラとラナンを除けばほぼ皆無と言っても良いかも知れない。今更ではあるが損得なしに接してくれる存在は希少であったので、この数日間の極当たり前のトゥルースたちやリム・アディックたちの振る舞いには一時ではあるが和やかな時間を感じていたのだ。それは打ち解けた部下たちとも違う新鮮なものであった。


「そう、ね。ファーラエもこの方たちなら気持ち良くお迎えしたいわ」


 キラキラした眼差しで見詰めてくるファーラエに、ウッと眩しい物を見るよう目を細めたトゥルースは、遂にミックティルクの誘いに首を縦に振るのだった。





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