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√トゥルース -081 叙勲式、のようなもの



「まさか正装する事になるとは……」


 叙勲式をやるとミックティルクが口にした途端、荷造りをしていた女中たちが作業を中止して屋敷内が慌ただしくなった。

 トゥルースたちは直ぐ様別室に連れていかれ、正装に着替えさせられた。いつの間にやら、既に纏め終わっていた荷物の中から服を出してきている事に驚きを隠せない。

 もう一度荷物を纏め直さなくてはならない事にうんざりするところだが、荷造りは責任を持ってやり直してくれると言う。女中たちの負担は増えるが、元々やると言われていた事なので誰一人文句を言う事がない。


「当然でございます、トゥルース様。簡易的とはいえ徐爵されるのですから、それなりの格好をいたしませんと。では私めは我が主の着替えのお手伝いへと行きますので、式の手順についてはオレチオから受けてくださいますよう」


 着替えを手伝ったレイビドのおかげで誰よりも素早く着替え終ったトゥルースは、会場となる大広間へ連れて行かれオレチオからレクチャーを受ける事となった。

 ミックティルクからは、恰好だけの簡易的な式だから礼儀作法は然程気にしなくても良いと言われたが、はいそうですかとはいかない。オレチオから厳しい指導を甘んじて受けるトゥルース。今まで正式な礼儀作法を受けた事がないので真剣だ。




「まさかわたしたちも叙勲式に出られるなんて……ドキドキしてきちゃった」

「だよね~。まあ、あたしたちが叙爵される訳じゃないんだけどね~」

「叙爵? 叙勲じゃなくて?」

「叙爵っていうのはね~、初めて爵位を与えられる事なんだって~」

「ラナン、あなた難しい言葉を知っているのね」

「ふふふ~。小さい頃にお爺ちゃんに聞いたんだ~」


 珍しく和やかに二人の会話が進むのはラナンの祖父が既に他界していているからだろう。記憶の中の祖父を想い返しているラナンをツッコむ程無粋ではないカーラ。そして着付けを終えて会場へと案内する女中たちも大きくは間違っていない事もあって正す事はしなかった。


「頼むから式の間は騒がないでよ?」

「え~? いつもムキになって騒ぐのはカーラさんじゃない~」

「なっ! 何だってぇぇぇぇぇ!!」


 こめかみを押さえる女中たちであった。




「あの。あたしたちもこの式に?」

「勿論そうなりますね。略式とは仰ってましたが、滅多には見られないものですので楽しんでいかれれば良いでしょう」


 一応持っていたドレスがファーラエと色が被るからと、別途屋敷で用意された黄色いドレスに身を包んだリムが、浮き気味の胸元を隠すようにドレスの肩を摘まんで横に広げ直しながら、居心地悪そうに同席しているエスぺリスにお伺いを立てるが、然程気にした様子でない事に肩の力を抜いた。


「だが、略式とは言えこのような格好を強要させられるのだから、やはり格式ばった物なのではないか?」

「まあ実際に始まってみない事には何とも言えませんが、少なくとも私は正装しなくても良いと言われてますので宮殿での式よりは緩いのだと」

「……という事は正装させられた我らにも何かがあるのかも知れないという事ではないのか?」

「う~ん、そこは何とも……」


 当然エスぺリスは同席を仰せつかっただけなので気楽ではある。何かあっても商売上の事であろうから良い方へしか心配する必要はない。

 が、抑々屋敷に招かれた理由が浅いアディックとリムの兄妹は困惑する一方であった。




「やはり関わるべきでは……」

「ニナさん、一体何が始まるのか知っているの?」


 新しく買い揃えたドレスに身を通したティナが関わってしまった事に後悔の念を口にすると、それに気付いて声を掛けたのはまだドレスを着るのに慣れてはいないシャイニーだ。

 二人のドレスはよく似た青い物で、シャイニーは濃い目の、ティナは鮮やかな物であった。二人が並べば髪色の異なる姉妹にも見えなくもないが、こう見えて同い年である。

 トゥルースはザール商会でティナのドレスを買う時に、二人に差が出難いようにと注文を付けた。ドレスの差はそのまま二人の扱いの差と見られ兼ねない。二人を連れ歩く以上、どちらも同じようにしなければならないのが頭の痛いところだ。

 その言い付けから、ドレス選びは生地や仕立ての違いは裁縫の出来るシャイニーが、格式の違いは王宮で貴族令嬢を見てきたティナが意見を出し合って選び出した。流石に全く同じ物はないので、似た色合い、似た仕立てで、胸の大きいティナに似合いながらも胸の小さいシャイニーを貶めないよう少し控え目な胸元の開きの少ない物を選んだ。これは同じような胸元の開いたドレスを推すシャイニーを抑えたティナからの提案だった。


「叙勲式。本来は国の長、この国であれば帝王様から褒章や勲章が贈られる、れっきとした国の行事なんです。正式なものですと何十、何百人もの褒章受章者や貴族が参席する中で王から褒章が授与されて、その最後に皆の前で叙爵を受けるのが通例なのですが……」

「えっ? じゃあこれって普通じゃないって事!?」

「これだけの少人数で他に貴族の方がいない中で個別に行われるなんて、最近では聞いた事はないですね」


 そんな大層な式典をこんな所、こんな人数でやるなんて! と、ティナの説明を聞いたシャイニーが目を丸くする。

 が、それはティナも同意見だ。王のいない所で勝手にやって良いものか、と。それも思い付きで急遽、なのだから。




「ほう? 詳しいな、ニナは。丸で式典に参列した事があるかのような、な」


 ティナがシャイニーの疑問に答えているところに、その会場となる部屋に入って来たのは二人。その会話が聞こえていたようだ。


「ファーラエは叙勲式を見るのは初めてなの。楽しみ!」

「ああ、そうか。ファーにはなるべく貴族どもの前には出さなかったからな」


 有能な専属侍女たちの手であっという間に精細な刺繍の施された淡いピンクの立派なドレスに着替えた、とびきりの美少女が両手を前で合わせながらウキウキそわそわとすれば、そんなファーラエを見て、黒がベースの重厚で清廉された格式の高そうなスーツに数多くの勲章を胸に付けた美男子の頬が綻ぶ。まるでコスプレのような服装だが、そんな偽物感は全くなく当然のように着こなしていた。


「まあ今回は思い付きでやる事で例外中の例外だ。だが父上には予めそういう事をするかも知れないと具申して了承をいただいている。何の心配も要らないからな」


 それを聞いて皆の目が細められた。了承を取っているとは言え、それは恐らく世間話の中で思い付きを父である帝王に聞かせ、それは面白そうだと空返事を言質として取ったのではと予測したのだが、それはほぼそのまま正解であった。

 ミックティルクが試政で予想以上の成果を示して終わらせた事に気を良くした帝王に、他にも溜め込んでいた施策案に紛らせて披露したのだ。策士である。


「後々問題になったりしませんか? そもそもルース様が爵位を叙勲頂く理由が思い浮かびませんが」


 ここにいる誰もが思いながら誰も聞けずにいた事をティナが代表するように伺う。

 通常、爵位が与えられるのは何かしら大きな手柄や貢献をした時である。しかし、トゥルースは目を見張る程の何かをした訳でも何でもない。


「まあ父上の了承を取っているとは言え、今回のは正式の爵位ではないからな」


 そう言いながら、トゥルースのいる作られた段上へとゆっくりと歩いていくミックティルク。


「従って法的な義務も無いが法的権力も無い」


 トゥルースの前で立ち止まり、そう言い放つミックティルク。

では、この叙爵は何なんだろう? と思わくも無い。しかし果たしてその理由をトゥルースの目を見て続けるミックティルク。


「しかし、私が与えたという証を持つ事である程度の力が生まれよう」


 確かにそれは大きな権力と言えるかも知れない。

 次期帝王とも呼び声高い第三王子の、それも現帝王のお墨付きである未知の爵位を持つ者の力は計り知れない。少なくともそれは世襲ではなく第三王子と深い関わりがある事を意味するのだから。


「その代わり、旅の途中で何か気になる事や不正、改善案があれば何らかの形で報せて欲しい」


 それはミックティルクからの希望ではあるが、半ば義務だとも言えよう。


「これは強制ではない。しかしあちこちに足を運ぶお前の力を借りたい」


 ミックティルクから目が離せないのはじっと目を見られるトゥルースだけではない。


「私にも多くの部下が既にいるが、まだまだ手が足りん。この帝国だけでも広大だが、帝国を、いや大陸を脅かす芽を摘むには大陸中に私の目の代わりになる者が必要なのだ」


 今までに無い頼み事をするミックティルクから、みんな目が離せないのだ。


「お前の報せだけでなく他からの情報も合わせて動く事になるだろうが、先にお前が解決しても良いのだぞ? その為の稽古はしたのだからな」


 時間が空けば、まだまだ甘いラッジールを鍛える為と称してトゥルースもミックティルクから色々と稽古を課せられた。


「何、無理をする事はない。お前には守り守られる者たちがいるのだからな。私としては一人も欠ける事なく私の元に帰ってきて(・・・・・)欲しい」


 この帝国も帰ってくる場所なのだと言うミックティルク。それは故郷の無いシャイニー、家を追い出されたと言うティナにも向けて言っているのだろう、チラリと二人に目を向ける。


「当然必要な経費は出すし、有用な情報には報酬も払う。だからと言ってそれに集中する必要は無い。お前の本来の仕事である石の行商を優先すれば良いのだ」


 旅の合間に手紙でも書けばお金になると言うのだ、決して悪い話ではない。


「だが、時としてお前の力だけではどうしようも出来ない時もあろう、そんな時に私の後ろ楯があれば切り抜けられるとすれば?」


 確かに帝国の力は大陸中の国々に影響を与えている。しかも次期帝王の印を持っていれば、何があっても切り抜けられる気がする。





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