√トゥルース -001 竜が行方を眩ましたようです
カースブレイカー 第三部 です。
初めての方は第二部からでもお読みいただければと思います。
のんびり進行・不定期更新の予定です。
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「酷いですわ! 乙女の柔肌を撫でくり回された上、隅から隅まで隈無く視姦されていただなんて!」
「返す言葉もございません。ゴメンナサイ」
「もうお嫁に行けませんわっ! 責任を取って下さいまし、トゥルース様!」
「そ、それは……どうやって責任を取れば許して……」
プンスカと頬を膨らませていた金糸の髪を持つ見目麗しい少女に睨み付けられたトゥルースは防戦一方だ。
「殿方に、嫁入り前の乙女の大事なところを見られ、触られたんです! 責任と言えば、婚姻以外には有り得ないでしょう! お分かり頂けませんか!?」
「えっ!? ええっ!? こ、婚姻!?」
ゴリゴリと地面に付けていた頭をガバッと起こしたトゥルース。相手は一昨日まで竜の姿をしていた少女だ。目を覚ました少女への状況の説明でついうっかり、少女が竜の姿から人へと変わった時に何も身に纏わない姿だったのをポロッと口を滑らしてしまったのだ。
「あら、当然でしょう。それとも何ですの? 責任もお取りにならずお逃げになられると? わたくしの変わり果てた姿を見ても逃げなかったあなた様が?」
「あ、あなた様って……ちょっ! ま、待って!」
そもそも見たくて見ていた訳ではない事は何度も話した。にも関わらず少女の口撃は収まらない。
「あら、言い過ぎかしら? 乙女の肌を頭のてっぺんから爪先まで見られたのですから、当然ではありませんか?」
「いえ、仰る通りです。ごめんなさい。でも、何度も言うように、仕方なかったんだ! 入ってはいけない森に入っていただけでなくて、どこから来たのか分からない、何も着ていない君を抱いていたんだ。どう説明したって人拐いか乱暴していたようにしか見えないだろう? それに裸の君をあんなところに放ってはおけなかったんだ。男だらけの軍の連中に裸の女の子が見付かったら……」
「う゛っ! 唯一痛いところを突いてきましたね? 確かに大勢の殿方にわたくしの肌を晒さなくて済んだのはお礼を言わなくては。助かりました。ありがとうございます」
「え? いや、どういたしまして?」
「でもでも! わたくしの! 乙女の柔肌を視姦なさるなんて! 揉みしだくなんて! 許される行為ではなくてよ!」
「いや、だから! 竜の姿から人の姿に突然変わったんだ、生きているのか死んでいるのか、本当に人なのか。ちゃんと見なくてはって……ゴメンナサイ」
何度も繰り返す批難に出口を見出だせないトゥルースが、諦めて謝罪の言葉をオウムのように繰り返すしか無くなった頃、漸く救いの手が差し伸ばされた。
「なんじゃ、まだやっておるのか。いい加減許してやらぬか。お主も成人しておるのじゃろう? 大人気がないぞ。良い女が台無しじゃ」
「なっ!! わたくしが……大人気ない、ですって!? そんなのは……そんなのは……分かってます! わたくしだってこんなにも人を……助けていただいた方を責めたくはないのです! でも……でも! わたくしは自分が……自分が何なのか、何者なのかが分からなくなってしまったのです! 突然あんな姿になって、あんなところに置いていかれ! わたくしは……わたくしは捨てられてしまったのですわ!! ああっ! わたくしはこれからどうすれば!!」
流石はフェマであった。伊達に百七十幾年を生きてはいない。あっという間に陥落した少女は、その場に泣き崩れた。
「ふむ。不安じゃったのじゃな? じゃから取り敢えず批難出来る理由のある坊を責めたと。そういうところかの? じゃが、安心せい。お主の呪いは解けたのじゃ。恐らく二度とあのような姿になる事はなかろうて」
「ちょっ! フェマ! 二度とって! "そんな保証はどこにもない"だろ!?」
「って、坊! 何故バラすのじゃ! 安心させるにはそう言っておくのが一番なのじゃ! じゃと言うのに坊は! 全く、何も分かっておらんのう」
「いや、だって! フェマが言い切るから!」
「わあっ! やっぱりわたくしはまたあの姿に戻ってしまいますのね!? もう人として生きてはいけないのですね!?」
わあっ!と手で顔を覆って泣き出す少女。折角フェマが落としたのに、トゥルースの失策である。しかしそこにもう一人の少女が。シャイニーだ。
「フェマちゃん? お昼の用意が出来たから呼んできてって言ったのに、どうしてあなたも一緒になって話し込んでいるの? 折角作ったのに冷めちゃうじゃない。ルー君も、貴女も! いつまで同じ事を繰り返すつもりなの? 折角作った料理を食べないつもり?」
「うぇっ!? ご、ごめん、シャイニー! 直ぐに行くから!」
「す、済まぬのじゃ、嬢。スパッと話を終わらせるつもりじゃったが、失敗したのじゃ。坊が余計な事を喋るもんじゃから……」
「余計な事って! フェマだって余計な事を!」
「わあっ! わたくしの事よりお食事の方が大事なのですね!? そうなのですね!?」
「三人とも、落ち着いて! 食事を抜きにしたいの!? ルー君はもっと説明を分かりやすくしないと! フェマちゃんは何にでも首を突っ込む事はしない! 貴女も! 不安なのは分かるけど、いつまでもグダグダしないの! それについさっき、貴女の呪いは完全に解消しました! それより今は貴女のお腹を満たすのと、お名前を聞かして貰う方が先よ!」
いつまでも言い争っていたのを、痺れを切らしたシャイニーがやって来て子供の喧嘩を制するように叱る。今まで見た事の無かった姿に、トゥルースもフェマも目をひんむいた。
しかし、少女はシャイニーの言葉に引っ掛かる。
「あのっ! 呪いが完全に解消したって、どういう事でしょうか? 呪いが解けるだなんて聞いた事がありませんよ?」
「それはええっと……さっきルー君が否定の言葉を口にしたから……」
「?」「「……あ」」
ゴニョゴニョと言葉を濁すシャイニー。少女には不明瞭な言葉だったが、対してトゥルースとフェマには伝わったようだ。
トゥルースの呪いの事は人に知られれば大きな騒ぎとなる。なのでどんな人か分かっていないこの少女にも伏せておくようにという話になっていた。
「それよりほら、お昼を食べたら道に戻って検問を受け、侯国に入るんでしょ? 早くしないと日が暮れちゃうわ! 喧嘩はそれまでに解消しておいてね? 町の中で言い争ってたらどんな目で見られるか……」
王国から侯国への越境の道は古くからの酷道で難所でもある為、通る人は少ない。道を逸れればたちまち鋭く尖った岩がゴロゴロする危険地帯であり、安全な筈の道も、ただ石を撒いただけの人が歩くには危険度は変わらず高い道であった。ここを通る人たちは専用に馴らした馬等に乗っての移動を強いられるのだ。
そんな中、トゥルースたちは目覚めない少女をラバに乗せる訳にもいかず、トゥルースが負ぶって徒歩での移動となった。加えて、少女が王国の検問を受けておらず、且つ王国の兵たちが探しに追ってくる可能性もあったので、道は通らず岩場を移動する事となったのだ。
通常、馬でなら朝から晩までを使えば慣れた馬なら一日で走破出来る距離なのだが、人を背負っての移動に加え慎重に進んでいた為、三日の時を要して漸く先に検問所らしき建物の姿を捉えていた。
「え? あの……わたくしだけ違うのですか?」
「それはそうよ。三日近く何も飲まず食わずだったから、いきなりみんなと同じ物じゃ胃が吃驚しちゃうわよ?」
「そう……ですの? じゃあ、毒見はされて……」
「は? 毒見? 味見じゃなくて?」
「失礼な娘じゃの。確かに少し薬草は混ぜてあるが、ちゃんと違和感のないように味は調えておるぞ?」
粥のような柔らかくした物に、やはり柔らかめの野菜が混ざったあまり色気のない食べ物の入った器を前に、少女が眉を顰めて聞いてくるのを、三人が何を言ってるんだこの娘はと首を傾げる。態々別に作ったフェマに至っては唇を尖らせていた。
「す、すみません。このような食べ物は初めてでして。それにみなさんの食べ物の方が美味しそうに見えましたので……」
「そうじゃの……でも、先ずはそれでお腹を慣らしてからじゃ。でないと、直ぐに腹を壊してしまうじゃろうな。そうなったら暫くの間、それを食べ続ける事になるじゃろうて」
フェマの言葉に、目をパチクリした少女は不安を表しつつそれを一口、口に入れた。
「あ……美味しい」
「慌てずにゆっくり食べてね? それと飲み物はこれを。温めのお湯に少し味ととろみを付けたものよ。これも少しづつ飲むようにしてね」
シャイニーは孤児院で下働きばかりして育った為、病気をした子の世話も慣れたものだったし、フェマも長年蓄えた知識がある。この二人が合わされば食べ物に関してはそうそう間違いはないだろう。
「わたくしの名はティナ・ソカ……いや、わたくしは捨てられた身、家の名を出せば災いを齎すかも知れませんね。ティナとお呼びください」
「そんな、捨てられただなんて……あの姿では仕方なくよ、きっと!」
ティナの言葉を否定したシャイニーだったが、その言葉はまるで自分に言っているようで胸がズキッとした。自分も顔の半分近くを占める火傷の様な痕があり、たぶんそれが理由で捨てられたのだと。親を知らずに虐げられながら育った身ではあるが、まだ手掛かりは有り、今はトゥルースの好意でその手掛かりを辿る途中なのである。王国からこの侯国を通って帝国へと入る予定であった。
「俺はトゥルース。王国のド田舎出身だ。こっちがシャイニー。直ぐ傍の町の出身で共に十五歳さ」
トゥルースがシャイニーを差して紹介すると、ティナは少し意外だと驚いた顔をする。
「あら。わたくしと同じでしたのね? 近いとは思ってましたけど」
「え? そうなんだ。大人びているから、てっきり年上かと……」
「ふふふ。同い年同士、仲良くしましょう。そしてそちらはフェマさんでしたね? どちらかの妹さんでしょうか?」
変わった組み合わせに、ティナはピッと指を立てて自分の予想を口にするが、当のフェマが否定した。
「いんや、皆血は繋がっておらん。縁があって旅に同行させて貰っておる。まあ、何かあればわしに聞けば良い」
トゥルースにじゃなくて?と首を傾げるティナ。トゥルースとシャイニーが苦笑する中、どう見ても幼い幼女が最も偉そうにしている様に、状況が分からないティナは混乱するばかりであった。
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タイトルが前作の「近勇」第三章1話に似通ったのは偶然ですよ? ええ、偶然デスヨ?