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取るに足らない物語  作者: 秋久 麻衣
おわりのはじまり
5/9

やめない、やめたい

「質問。質問があるんです」

 そう少女は切り出す。その声と、どこか冷たいと感じてしまう温度のせいで。それが本題だと気付いた。

 寂れ、訪れる人の潰えた公園のベンチで、年端もいかない少女と並んで座っている。

 少女はサイズの大きいパーカーに見合った、大きなフードを目深に被ったまま、それでも顔をこちらに向けた。暗闇の奥に煌めく目が、切実な光を携えているように見える。

 その温度も、煌めきも。年齢にそぐわないと思ってしまう。自分が小学生の時は、どうしていただろうか。あまり覚えていない上に、思い出したくない事もある。ただ少なくとも、まだ生きていたとは思う。時間も命も、まだ歯車に投じてはいなかった筈だ。

 今の自分をかつての自分が見たら、どんな顔をするのだろう。泣いてしまうのか、怒るのか。笑うしかないという選択もある。それとも、もしかしたら。そうだろうと思っていたと、ただ納得されてしまうのだろうか。

「大事な質問です。だから選んで、お兄さんなら答えてくれると思ったんです」

 少女の言っていた次とは、恐らくこの事なのだろう。大事な質問ならば、なぜわざわざ自分を選んだのか。

 少女の口元が僅かに歪む。笑ったと気付くまでに、少し時間が必要だった。それだけ冷たく硬質で、悲しい笑みだった。

 冷たい笑みの理由は分からない。だが、その目がこう言っている気がする。どうして選んだのか、すぐに分かると。分かる人を選んだのだと、その目は告げていた。

「いい、ですか?」

 少女が問い掛ける。今から傷を広げますけど、いいですか? そう聞かれているような気がした。

 いや、違う。それは、自分が勝手に読み取っている悪意だ。聞きたい事がある。けれど、貴方が嫌ならそれをしない。これは、その為の質問だ。

「答えられる事なら、答えるよ」

 それが傷を開くような物でも構わない。死体を幾ら切り刻んでも、その魂には一つの傷も付かない。

 傷付く事は誰もが嫌がる。それに立ち向かう事で、勝利した者も中にはいるだろう。でも、勝てなかった人はどうなるのだろうか。或いは、戦えないと判断して逃げた人は。

 戦い、勝って、人生をよりよく飾り立てていく。負けて、逃げ続けている人間には想像も出来ない世界だ。

「では、聞きます。はいとか、いいえとかだけでも良いです。答えるの、嫌だなって思ったら答えなくてもいいです」

 そう前置きしてから、少女はフードを片手で上げ、それを背中に落とした。素顔が露になり、肩口まで伸びた髪が冷気に晒されて揺れる。小学生だろう少女の表情は、やはりどこか大人びて見えた。元の顔立ちが綺麗という要因もあるが、一番そうと感じさせるのはやはり身に纏った冷たい空気だ。

 見えているのは顔だけではない。そこに刻まれた絶望の痕も、はっきりと見えていた。綺麗な顔をしているのに、フードをいつも目深に被っている理由、その一端だ。色白なせいで、目の下にある青いくまがひどく目立っていた。目の下からは諦念を、側頭部や頬からは絶望を。

 素顔を晒したまま、少女は両手で缶コーヒーを握り締める。そして、こちらの目を真っ直ぐと射止めた。

「今、しあわせですか?」

 そして、そう聞いてきた。その質問で、全てが分かってしまった。

「……いいえ」

 少女は選んだと言った。質問に答えられる人を選んで、その為にここまで来た。

「これまで、しあわせだった事はありますか?」

 少女の発する鈴の音が、僅かに震える。

「いいえ」

 少女は探していたのだ。

「一生懸命頑張ったら、むくわれましたか?」

 答えてくれる誰かを。

「いいえ」

 同じ不幸を抱いた誰かを。

「生きていて、良かったって思う事はありますか?」

 自分の未来を問う為に、同じ諦念と絶望を抱いた誰かを。

「いいえ」

 大事な質問、これから少女が生き抜いていく為の、大事な問い掛け。

「……生きていたいって、思いますか?」

 例えば、自分が幸せならば。未来の少女も幸せになれるのかも知れない。しあわせだった事さえあれば、未来の少女もしあわせにありつけるかも知れない。努力が報われるのであれば、未来に向けて一生懸命生きていけるのかも知れない。せめて生きていて良かったと言えれば、未来の少女も生を肯定出来たのかも知れない。

 生きていたいって、思いますか?

「思わない」

 それだけでも肯定してくれれば、未来の少女も生を捨てずに済んだのかも知れない。

 真っ当な大人なら、こうは答えないだろう。だって、未来は決まっている訳ではない。何が起きるのか分からない、ふとしたきっかけで、未来が見えてくる事だってあるだろう。

 でも、それは幸運だ。或いは、その為に戦い続けた人が手にする物だ。運に見放され、負け続け、逃げ続けた物達の前にはやってこない。自分がどちらかなど、もう分かりきっている。

 そして少女は、それを知っていた。知っていて尚、それが真実かどうか確かめたかったのだ。

 確かめる為に、誰かを探して。同じ死体を見つけたのだ。

 少女は目を伏せ、またフードを目深に被った。そして、黙ったまま缶コーヒーに口を付ける。

「……にがいです」

 湿っぽい声がそう返した。どんな表情をしているのか、もう分からない。

「でも、ありがとうございます。嘘ばかり吐かれても寂しいから、ちゃんと答えてくれて」

 その嘘だって、生きていく為には必要だったのだ。諦念と絶望は消えないけれど。騙されている内は、真っ当に生きる事が出来る。それがいつか自分の首を括る事になるとしても、それまでは生きていける。だが、少女はもう知ってしまった。自分が教えたのだ。

 諦念は努力で覆せない。

 絶望は希望に裏返せない。

 努力も才能も希望も幸福も、別の誰かが持っていった。そのカードは、自分達の山札には入っていない。別の誰かが、持っていってしまったから。

 誰かの手で輝くカードを横目で見ながら、唯一残った時間と命を。こんな筈じゃなかったと、仕方がないのだと泣きながら笑いながら、火にくべていくしかないのだ。

 でも、それでも。

「生きていく必要なんてない。何も」

 諦念と絶望を教えるだけでは、きっと足りない。そう思い、そんな言葉が口から漏れていた。

「終わりたい時に終わらせる事が出来る。山札を引き続けるだけの人生でも。嫌になれば、引かないという選択だって出来る」

 足りない手札を補う為に、数の見えない山札を引いては場に出していく。時間と命ばかりが場に並び、顧みる事もなく捨て札にされる。それが義務だと、それしか出せないのならしょうがないだろうと言われながら。

 少女は缶コーヒーを傾けながら、こちらの言葉を飲み込んでいる。小さな気配を隣に感じながら、とりとめのない話を続けた。

「山札を全部引いて、終わってしまってもいい。引く事をやめてもいい。いつだってやめられるのだから、俺はこうして引き続けている」

 自分にとって、それは救いなのだ。これから先もずっとこんな事が続くなんて考えたくもない。だから、僅かな楽しみを糧に続けていく。いつでも終える事が出来る、いつだってやめられる。だから、今は自主的にやめないだけ。

 それが、自分に唯一残された指針だった。でも、そうとでも考えなければそれこそ生きていけなくなる。

「山札の中身は、もう期待出来ないから。それがなくなる事ばかり、考えてるのかもね」

 そこまで話し、言葉を区切った。多分、誰にも理解できない。同じような諦念と絶望を飼い慣らしている人にしか、分かって貰えない論理だ。

「……私の山札、良いカードが入ってるといいな。もしあったら、お兄さんにあげます」

 ちびちびと缶コーヒーを飲みながら、少女はそう言った。

「自分の為に使った方がいい。それは貴重な物だから」

 人様に使っていいような物ではない。何しろ、古今東西様々な人がそれを奪い合っているのだから。その為に、人の山札に手を付ける者だっている。

「大丈夫です。あったらの話です」

 言外に、そんな物はないと知っている答えだった。少女はベンチを離れ、こちらの正面に立つ。空になったのだろうか。コーヒーの缶を後ろ手に持ち、フードの奥から寂しそうな目がこちらを見据えた。

 自分はベンチに座ったまま、その目を真っ直ぐと見詰め返す。ちょうど目線が合うのだ。自分の座高と少女の身長が、ぴたりと一致している。

「学校の時間です。勉強は嫌いではないです。でも、考えるのに時間が掛かります。どんどん次に進んでしまうので、私は困ります」

 学校という単語を聞いて、今日が平日だった事を思い出す。一日という感覚が、どうしてもずれてしまう。夜に働いて、朝に眠って。世界を回す歯車に、絶えず時間と命を注ぎ込む為に。

「だから、次があったらまた次です。お兄さんの山札も、私の山札も。まだなくならないですから」

 山札がなくなるその時まで、次があればいい。そう、弾むような声が告げていた。聞いた事を、教えられた事を取り込んで、多少は歩いていこうとしている。その道の先に、望む物がないと知った今でも。まだ歩いていこうと、そんな決意を滲ませていた。今は、自主的にやめないだけ。

 そして、少女は空になったコーヒーの缶を胸の前で握り締める。両手でやはり祈るように。フードの奥に輝いている目がこちらを捉え、その時だけは寂しさを消して微笑んで見せた。

 小さな不幸が連なって人を殺すように、小さな幸福を寄り集めて生きていける。その笑顔を見ていると、そんな言葉が不意に浮かんできた。

「お兄さんがくれたものです。私もあげられるといいな」

 小さな幸福を。数少ないカードを。

「えへへ」

 照れたように笑い、少女はフードを深く被り直す。元々目深に被っていたのに、あれでは足元ぐらいしか見えないだろう。

 少女は左手に空き缶を持ち、右手を小さく振ってみせた。

「うん……また」

 去ろうとする少女の背中に、ついそう言ってしまった。自分は手を振り返すような歳でもないだろうし、そもそも振った所でフードで見えていないだろう。かといって、黙ったままではいけないと思ってしまったから。

 何気なく、また、と言ってしまった。

 少女は僅かに振り返り、右手でフードを少しだけつまみ上げる。

「……はい。それがいいです」

 はにかんだような笑みを浮かべたかと思うと、さっと駆け出してしまった。遠ざかっていく背中を目で追いながら、迂闊な返事をしてしまったかもと後悔する。少女は質問の答えを得た。ここに固執する理由はないし、させる必要もない。

 少女からではなく、自分から次を作ってしまった。

 小さく笑みを浮かべ、気が向いた時にそれを叶えればいいと肯定的に考えてみる。見えない山札を引き続け、時間と命をくべていくだけの人生だ。少し寄り道をしたっていいだろう。どうせ誰も、自分の事など気にも止めていない。時間と命さえ奪えれば、それで満足するような連中だ。

 誰も何も、あの少女以外には分からない。同じ諦念と絶望を抱いたあの子でなければ、何も。

 だから、少女が自分で答えを出せない今は。それに付き合ってみるのもいい。誰も文句は言わないだろう。

 結局これは、取るに足らない物語なのだから。







 秋久です、すみません。あらすじにもあるように、内容も何もないです。これから先も多分まあ、思い付くままに書くだけでしょうねー。すまんな。

 なんでこんなものをこしらえたのか気になるかもですが、まあ長くなる(予定)なので活動報告とかに書ければいいなー。

 こいつに関しては、続きが書け次第投稿していくような感じでしょうか。後はまあ、要所要所で季節的な話も出来るといいですね。バレンタインデーとか! もう過ぎましたね。次はなんだろ。まあおいおい考えていく感ありますね。

 こういう感じの話、私個人は結構好きです。なんでかはまあ、よく分からないんですが。

 ゲームでですね、こんな雰囲気のゲームがあってですね! 性癖ばれるのではっきりとした名前は出せませんが、ああ、私もこういうのやりてえなと思いまして。

 まあ、そういうとりとめのない物の連なりがこいつです。息抜きにはちょうど良かろう?

 本音を言うと、魂削って書いてるブレイド悠久ニの方を重点的に読んで欲しいです。本気度合いが違うので!

 でもでも、こういうの好きな人もいるかも知れないし、そういう人に届けばいいなとも思ってます。

 そんな感じで、次も何かしら出来るといいですねー。ではではー。

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