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聖騎士マーク物語  作者: 海埜 ケイ
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初めての喧嘩


バラ園には様々な色のバラが花を芽吹かせている。中でも紅いバラは純粋な紅としかいいようがないほど、美しい色合いをしていた。

 途中でバラのトンネルに変わり、それを通り過ぎると、中庭になっていた。

 芝生が前面に敷き詰められて、所々に花や蝶が舞っていた。


「こんなに近くで後宮が見られるなんて、思っても見なかったなぁ」


 マークが見上げたのは、とんがり屋根が並ぶ、本城に遅れをとらぬほどの、大きさを誇る後宮が聳え立っていた。

 あの中には、三人の王妃様と複数の子供たちだけが住んでいると言う。使用人などは、また別の建物が用意されているらしい。

 マークは見上げるのを止めて、噴水を探そうと、振り返るとそこにいた。


「いらっしゃい。マーク」


「こ、こんにちは」


 ニッコリと笑うルウと、ルウの後ろに隠れるように小さい少女が立っていた。

 少女は麦色の長い髪に、白のレースと薄い橙色のドレスを身に纏っていた。


「ル、ルウ様! では、あなた様がティナ様ですか?」


 驚いて、半歩下がるマークに、ティナはルウの服を強く握りつつも、コクリと頷いた。

 それを見て、ルウはティナを安心させるために、微笑を浮かべた。


「大丈夫だよ。マークはやさしくて良い奴だからさ。ほら、ご挨拶」


 ルウに背中を押されて、ティナは訴えるようにルウの顔を見た。その姿は今にも襲われそうな小動物のように見えた。

 マークは肩ひざを地面につけて、深々と頭を下げた。


「初めまして、私は親衛隊所属マーク・シアルファです。よろしくお願いします」


「!」


 ティナは慌てて、ルウの後ろに隠れてしまった。

 ルウは肩を竦めて、呆れた風にマークを見下ろす。


「あのさぁ、そんな風に畏まらないで、普通に名乗ってよ。ティナは人見知りが酷いんだからさ」


 正式な挨拶が却下されたので、マークは顔を上げて、微笑を浮かべた。


「こんにちは、僕はマーク。君の名前は?」


「……ティ、ナ」


 ティナはルウの肩から顔をゆっくりと出した。マークはティナに向けて、片手を差し出した。


「よろしくね」


「よろ、しく」


 ティナは恐る恐るルウの影から、身を出してマークの手を握った。マークの微笑みに安心したのか、ティナは笑い返した。


「これで、三人は仲良しだね」


 マークはティナと手を離すと立ち上がり、笑顔を保ったまま、ニコニコと笑うルウの頭を鷲掴みにした。


「ル、ウ、さ、ま~」


「あれ? あはははは~」


「今日は算数のテストをやると、あれほど言っておいたのに、よくも逃げてくれましたね?」


「マ、マーク。なんか怖いよ~。か、顔が笑ってるのに笑ってない」


「ルウ様!」


 マークは怒気を露わにして、ルウを叱り付けた。

 ルウは首を窄めて萎縮している。傍にいたティナは半泣き状態だ。


「いいですか。人間誰しも苦手なものはあります。しかし、それを嫌がって逃げてばかりではいけないのです! そういう時こそ、努力をして最低限でもいいですからできるようになってくださらなくては困ります。困るのは結局のところ自分なのですよ? わかりますか?」


「でも、今日は……」


「でもも、何もありません! 自分のことを大事だと思うのならば、最低限の教養を身につけなければいけません。それ以上のことは自分で判断して、勉強をするか否かを決めてもらっても結構です。けれども、今、ルウ様のおやりになっている教養だけは、全ての民が普通にできる内容なのですよ? そのことを分かっているのですか?」


 ルウは耳を塞いで半歩、身を引いた。マークはカッとなり、ルウの手首を掴み、手を耳から遠ざけた。


「何、耳を塞いでいるのですか? ちゃんと、人の話は最後まで聞くようにと……」


「マークなんて嫌い!」


 ルウの叫びに、マークは手を緩めた。その隙を狙って、ルウは腕を振るい、手首を自由にするとマークから離れた。


「人の話を聞かないのはどっちよ! マークは私と会うと、いつも勉強かお説教ばっかり。もう嫌! マークなんてどっか行っちゃえ!」


 目に涙を溜めたまま、ルウは後宮のお屋敷の方へ走り去った。

 マークは手を伸ばすが、その手はどこへ行くこともなく宙をさまよい、結局は腕を下ろした。

 ティナはマークの服の裾を掴み、マークの気を向けた。


「あのね、今日はね。ティナがいけないの。ティナがマークお兄ちゃんに会いたいって言ったから。ティナね、病気で後宮から出ちゃいけないって、お医者様が言っててね。ルウお姉ちゃんがここで待っていれば、マークお兄ちゃんは来てくれるって、だからなの。ルウお姉ちゃんはおサボりじゃないの」


 懸命にルウの弁護をするティナに、マークは微笑み、ティナの頭を撫でた。


「そうですね。ルウ様はそういう方でしたよね」


 弱々しく呟くマークをティナは見上げていた。

 そこにいたのは、いつも姉が自慢に話していた少年ではなく、今にも泣き出しそうな瞳をした少年だった。

 顔は笑っていても心は泣いている。そんな感じだ。


「これ、ルウ様に渡しておいてくれるかな?」


 マークは今日、用意したプリントをティナに渡した。

 ティナは何度も首を縦に振った。

 マークはもう一度、ティナの頭を撫でると、その中庭から立ち去った。




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