表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖騎士マーク物語  作者: 海埜 ケイ
28/31

目覚め



 日差しが閉じていた瞼に当たり、マークは眼を開いた。


「あれ、ここは……」


 寮ではない。白い天井に汚れの姿はなく、清潔感が溢れている。一瞬、病院かと思ったが、横を向いてそれが間違いだと知る。


「ここは、僕の家? 何で、ここに」


 身を起こそうとした瞬間、全身に拳で殴られる痛みが走り、布団の上に戻る。


「な、何で………」


 マークの言葉の返事の変わりに、ドアがノックされた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、シアルファ家専属のメイド、ラナロットだった。ラナロットはマークの父と幼馴染の関係で、マークにとっては乳母に等しい人だ。ふくよかな外見と、優しい顔付きの彼女を、シアルファ家の人間は全員が信頼していた。


「お目覚めでしたか、マーク坊ちゃん」


「ラナ、ロット。僕、どうして……」


 ラナロットはマークの言葉には答えず、せっせと水瓶を変えたり、マークの汗を拭き取った。


「ラナ、ロット!」


 強い口調で言うと、ようやくラナロットの手は止まり、気まずそうに両手を合わせて一歩下がった。


「申し訳ございません。坊ちゃんが眼を覚ましましたら、早急に城へ向かわせるようにと、仰せられましたので」


「何故、それをすぐに言わなかったのですか?」


「それは、坊ちゃんの怪我の具合が心配で……」


 確かに、起き上がろうとしただけで全身に痛みが走るのでは、歩くこともままならないだろう。しかし、眼を覚ましたのならば、いかなくてはならない。

 マークは一度、あの人に勘当されている身だ。そんな人間に敷居を跨がれては、面目も立たないだろう。

 そう考えたら、起きなくてはいけない。無理をしてでも。


「っく……」


「いけません! もう少し、寝ていてください」


「い、や。僕が、行かなくっちゃ、ラナ、ロットたちに、迷惑が掛かる」


「坊ちゃん!」


 ラナロットの悲痛の叫びはこの部屋に留まらなかった。


「うるさいぞ。ラナロット!」


「ん? マーク、なのか?」


 ノックもせずに入ってきたのは、双子の兄弟シリウスとユランだ。同じ顔付きに、同じ黒髪黒眼をしている。唯一見分けるとしたら、弟ユランの方は髪が長く一つに縛っているところだ。

 それ以外は全く同じ二人は、騎士である、紫色の制服と黒に似た紺色のマントを身に付けていた。


「何故、お前がここにいるのだ」


「ここは、俺たちの運動部屋だ。とっとと出て行くんだな」


 敵意むき出しの二人に、マークはある種の規視感を覚えた。それを思い出す前に、マークは二人の兄に、両腕を捕まれ、ベットから引きずり落とされた。


「っ!」


「なんだ。お前、怪我しているのか?」


「騎士にもなれずに堕落した弟よ。兄の最後の情けを受けるんだな」


 二人はマークの腕を掴んだまま、引き摺りながら扉に向かう。


「お止め下さい。坊ちゃん方!」


「何のつもりだ」


「そこを、どけ!」


 扉の前に立ちはだかるラナロットに、二人は不機嫌さを増した。だが、ラナロットは真っ直ぐと二人の眼を見て言い放った。


「退きません! お二方、マーク坊ちゃんは、重体なのですよ。今、無理に身体を動かしては、治るものも治らなくなってしまいます」


「………」


「それがどうした! 騎士にもなれない人間の身体がどうなろうと、俺の知ったことじゃない」


「っ! それが、実の弟に言うセリフですか!」


「ああ、そうさ。弟だろうが、何だろうが、関係ないね。そうだろ、シリウス?」


 同意を求めるように、ユランは横にいるシリウスに視線を送る。だが、シリウスは何か心痛な顔付きで、マークの事を見ていた。


「? シリウス」


「なあ、マーク」


「なん、ですか」


「お前はどうしたい?」


「え?」


「城に行きたいか、ここに残るかだ。好きな方を選べ」


 シリウスの言葉に、ユランとラナロットは驚愕し、マークは唖然とした。

 ここで、マークに選ばせることで、自分の意思だと再確認させ、この家から追い出せる大義名分を造ろうとしているのだろう。

 それでも、マークの中にある答えは決まっている。


「城へ、行きたいです」


 シリウスは小さく微笑み、マークの腕ではなく肩に手を回した。


「シリウス!?」


「ユラン。わたしはマークを城へ連れて行く。お前は留守番をしていてくれ」


「何言ってるんだよ。連れてくって、追い出すんじゃないのか?」


 シリウスは眉を曲げて、首を傾げた。


「何を馬鹿な事を言っているんだ。マークはわたしたちの大切な弟ではないか。勘当されたからと言って、何を邪険にする必要があると言うのだ」


 ユランは口を噤み、マークとシリウスから一歩、下がった。ラナロットは目尻に涙を溜めて感動している。


「マーク。玄関まで辛いだろうが、辛抱してくれ。それ以降は馬車で城へ向かう」


「あり、がとう。兄さん」


「兄弟なら、当たり前だろう?」


 シリウスがあまりに当然のことの様に言うので、マークは俯いて歯を喰いしばった。一歩一歩、前に進むごとに身体中に打撲のような痛みが走るが、シリウスの言葉はそれを忘れさせる効果があった。

 兄弟だから当たり前。

 だが、マークは上の二人の兄弟と、下の妹とは、同じ血を引いていない。父の妹夫婦の子供、つまり従兄妹だ。

 マークの両親はマークの一歳の誕生日の日に事故で亡くなった。雨の強い日に無理して山道で馬車を飛ばした為、転落死したのだ。馬車の中にはマークへの誕生日プレゼントが積まれていたという。

 引き取り人はもちろん、父だったが、父は嫌がった。妹の夫は身元も分からない浮浪人。大切な妹の子だとはいえ、半分は汚らわしい血を受け継いだ子を、引き取る気にはならなかった。だが、シリウス達の母が、快く引き取ってしまった。

 父は何度も、施設に入れろと言ったが、母は「大切な妹の子を施設に入れろって言うなんて、最低な騎士だね」と言っては、父の言い分を突っぱね続けた。

 その影響か、シリウスとユランは父よりの考え方をしていると思っていたが、それは間違いだったのだと、今になって分かった。


(兄さん。ごめんなさい、でも、ありがとう)


 顔の力を抜いたら、確実に涙が溢れてくるだろう。マークは必死になって下唇を噛み、堪えた。長年の間に積み重ねられていた、シリウスとの溝が埋まっていく。

 それは心が破裂するような、胸が圧迫されるような感じがした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ