狭間の世界
摩訶不思議な場所に、マークは立っていた。見渡す限り藍色の草原で、空が緑色の水彩画のような色をしている。太陽や雲はない。
「ここは……、ん?」
ふいに、歌声が聞こえた気がしたので、そちらの方へ駆けてみる。思いの他、身体は軽かった。一歩一歩が飛んでいるかのように、前に進む。
丘の上に、その人がいた。
暗褐色の髪に蒼色の瞳をしている二十代前半の青年だ。白金の鎧を身に着け、その上に群青のマントを纏っていた。
見たことのある青年だ。何度も、何度も……。
「あの」
「ん?」
青年はようやくマークがいることに気付き、歌うのを止めた。
目が合う。
自分の蒼い眼と、青年の蒼い眼がぶつかる。
「やあ、君か。どうしたの? こんなところで」
前の緊張がなかったかのように、青年ははにかんだ笑いを浮かべた。マークも自然と肩の力が抜ける。
「いえ、それが、気が付いたらここにいて。ところで、ここはどこなんですか? 随分と不思議な空間のようですが」
「ああ、そうだね。ここは本当に不思議な空間だよ。過去と未来を繋げてくれる一種の扉みたいなものなんだろうね。きっと」
話しが噛み合っているようで、噛みあっていない。楽しげに話す青年に、マークは肩を竦めた。
「実は僕ね、今ここで迷子になっているんだ」
「迷子?」
青年は頷いて肯定する。
「僕が元いた世界は荒れていてね。今、激しい戦いが起こっているから、一刻も早く戻りたいのにその場所が分からないんだ」
のんびりとした口調で話すせいか、あまり急いでいるようには見えない。
「君は?」
「え?」
「君は、戻りたいの?」
鼓動が早くなる。自分の心臓が動いていることに、驚きつつも、マークは胸に手を添えて考えてみる。
戻れるのならば、戻りたい。だが、自分は戻れない場所に来てしまっている。帰り方も分からない。
様々な考えが駆け巡る中、たった一つだけ、確かな思いがある。
ルウに、会いたい。
マークは手を下ろして、青年に向き直る。
「僕は、戻りたいです。大切な人を、守りたい人を、置いてきてしまいましたから。怒られるのは辛いですけど、戻りたいです」
自分でも信じられないほど、素直に言葉に出来た。
青年はマークの頭に手を添えると、そのまま髪の毛をくしゃくしゃにした。
「うわわわ」
「やっと、笑ってくれたね。嬉しいよ」
青年はマークの額にデコピンをした。軽い衝撃なのに、マークは仰け反り後退する。
「って! わあっ」
視界が回転して、背中が引っ張られる。
マークは視界の隅にいる青年に眼を向けると、青年は微笑みを浮かべて手を振っていた。
「またね、マーク。僕の大切な子孫君」
その言葉の意味を理解する前に、マークの視界が暗転した。




