壊す力と治す力 ~ルウside~
身体を侵食していた黒い光が消えると同時に、ルウは瞳に光が宿り、意識を取り戻した。
「あれ……。ここは」
頭の上に重たい何かが乗っかっている。それを両手で押さえながら、ゆっくりと身体を起こした。
重たいものは正面に倒れて、ルウはそれを直視した。
「マーク……?」
それは、マークだった。だが、いつものマークとは明らかに違う。寝ていると言えば寝ているように見えるが、そうは見えなかった。
逸る鼓動に意識を取られながら、ルウはマークの頬に指先を触れた。
「マーク。ねえ、マークってば……」
頬を叩いても、何の反応もない。震えることも、身動ぎすることも、何も。
「ルウリアナ様。ご無事ですか?」
顔を上げると、エア・フォースから降りてきたシルイドがこちらに駆けてきた。
「シルイド、兄さん…………。マークがぁ」
シルイドは即座に、マークの横に屈み調べ始めた。瞼を開け、手首を握ったりして確かめると、シルイドは淡々とした口調で告げた。
「最後に、王族を守れたのなら、彼も本望だったでしょう……」
「兄さん………?」
「彼が、再び目を開けることはありません」
ルウの胸に氷の刃が突き刺さったような痛みが走った。胸を押さえつけ、蹲っても痛みは変わらない。痛いよりも苦しい。
前に一度、味わってくれたことのある痛みだ。二度と味わいたくなかった。涙腺が緩み、喉の奥から悲鳴のような声を上げて泣き叫んだ。
どんなに泣いても、癒えるはずがない。この傷を治すには、もう一度、もう一度だけでいいから、声を聞かせてくれるだけで良い。呆れられていても、怒っていても良い。何でもいいから声を掛けてほしい。
そうすれば、治るのに。治るのに…………。
「ああああああああ。…っくぁぁああああああああああああ」
「うるせぇ、ガキだな」
喉を押さえて顔を上げると、そこにはラフな格好のラビが立っていた。
「ラッ、……ビ」
しゃくりながら、何とか言葉を出すと、ラビは小指を耳に突っ込んで、あさっての方向を見た。
「ったく。お前がその調子じゃあ、生き返るもんも生き返んなくなっちまうぞ」
「!?」
「どういうことだ」
耳から指を抜き、息を吹きかけると、ラビは白衣の内ポケットから煙草を取り出して、口に銜えて火をつけた。
「どうって、言ったまんまだ。そいつが生き返らなくなっちまうって事だ」
フーッと、白い煙を吐き出す。
シルイドは信じられないといった風に、眼を丸くし、ルウはラビの言葉に喰い付き、目尻の涙を袖で拭き取った。
「どうするの?」
ルウの眼を見る。真剣で濁りのない瞳。おそらくは自分の全財産を投げ出してでも、それをやり遂げようとするだろう。
ラビはニヤリと口端を上げて、煙草を指で摘み、ルウに向ける。
「簡単なことだ。お前さんがさっき使った力を使えば良いんだ」
言葉が出てこなかった。
マークを殺した力で、マークを生き返らせろと、この男は言った。それが出来ないことを、ルウは三年前に知っている。
「無理だよ………。わたし、この力、制御できないもん」
「泣き言、言ってんじゃねえよ。できるできない聞いてるんじゃねえ。俺はやれって、言ってんだ」
反論は許されない。ルウは、横目でマークを見る。
『ルウ様』
思えば、マークだけだったかもしれない。ルウの事を愛称で呼んでくれる従者は。
ルウは両手をマークのほうに向けて、目を閉じる。
どうやって使っていたかは覚えていない。前に読んだおとぎ話で、魔女見習いの少女が魔法を使う時に両手をかざしていたので、それを真似してみることにした。
この人を助けたい。
それだけを願った。
「………何も起こらないな」
シルイドの言葉が耳に残る。あきらかに歎息しているのが分かった。
「まあ、見てなって」
シルイドに反して、ラビは自信満々のようだ。
ルウ自身も、気持ち的にはシルイドと同じだ。死んだ人間が生き返るなど、聞いたことがない。おそらくラビは、気休めでこんな事を言い出したのだろう。ルウは眼を開けて、ラビを見上げた。
「こんな事したって、意味ないよ。わたし……諦め」
「それ以上言ったら、生き返らなくなるぞ」
ラビの言葉が胸に刺さる。
「俺は言ったよな。お前ならやれるって。だがな、お前自身がお前を信じなくて、誰がお前を信じるんだよ。自分が信じられない人間に、他人が信頼を置くなんて、ないだろうな」
ラビの言葉は、一々もっともらしいことを述べている。
ルウは唇を噛んで、もう一度、目を閉じて願った。




