再会と絶望
「か、数が、多い、ですね」
肩で呼吸をしながら、マークは剣を休めなかった。
半ば勢いで戦い始めたものの、相手の数と力量で、マークはかなり苦戦を強いられている。
「はあ、はあ。ルウ様との、屋根上りが、役に立つとは……」
マークは地上を見下ろして、山賊たちの様子を見ると、仲間同士、入れ替わりで縦横に探し回っている。
最初に二、三人、蹴散らしてから、暗幕弾を投げたところまでは良かった。だが、その先のことは考えていなかった。
必死になって木の上に登り、木々に隠れたものの、これでは身動きが取れない。
その上、いつ見つかってもおかしくない状況である。
とりあえず、見つかるまで、体力を温存しようと考えて、マークは目を閉じた。
瞼の裏はキラキラとゴミが星のように瞬いては消えた。白い靄のようなものが広がり、そこには暗褐色の髪に蒼い瞳をした青年と、緑色の髪と瞳をした女性が何か、話をしているのが見えた。
女性は青年に向かって何か怒っているように見えて、青年は真顔でそれに答えていた。
とても平穏で暖かな空気がその場に広がっている。マークはその風景に心を溶かして同調した。
それはあまりにも平和で、あまりにも理想的な風景だった。
「いたぞ!」
その声と共に、マークは身を起こして、下を見た。すると数人の男たちがマークのことを見上げたり、指を差している。
「まずい!」
マークはすぐに起き上がると、別の枝に向かって跳躍した。
ガン。
背中に硬いものが当たり、マークはバランスを崩し、落ちた。地面に激突する瞬間、身体を反転させて衝突の威力を抑えて、地面に足を付いた。
「格好良く決めましたのに、見事に囲まれていますね」
そう言って、剣を構えるマークに、山賊たちは一歩ずつ、近づいてくる。
後ろに下がれば、背中を切られ、前や左右に動けば戦闘の合図になる。どう動いても、闘うことは避けられない。
(いい加減、腹に決めますかね)
シアルファ家に生まれた男子に課せられた使命。
それは“大切な人を守るには、まず自分を大事にする”こと。今のマークに、大切な人はいない。
今の状況からでは、自分を守ることさえ怪しい。
(聖騎士マグナ様。僕に貴方様のお導きを)
胸に手を当てて祈ると、マークは地面を蹴って走り出した。
どう行っても闘うことは避けられないのならば、ここは正面突破に賭けるしかない。
「はあああああ」
剣が敵に触れる直前、真上から轟音が轟き響いた。
マークと山賊は咄嗟に、後ろへ下がり、見上げた。
「マーク! 大丈夫?」
「ル、ルウ様!」
思いもよらない登場に、マークは半歩たじろいだ。
「どうして、ここに……」
マークの言葉を最後まで聞かずに、ルウはエア・フォースから飛び降りて、マークに抱きついた。
温かい。
マークの鼓動をルウの身体が聞いている。まだ生きている。側にいる。それだけで、十分だった。
「マーク、ごめんなさい。私、自分勝手な事で、マークを困らせた。でもね、私、本当は……」
最後まで言えなかった。
ルウの姿を認識した山賊が、弦を引いて矢を放つ。マークはルウの肩を掴み、地面に無理やり伏せさせた。
「……っつ」
「いっ……」
地面に頬が擦れ、呻き声を上げる。だが、上からも同じように痛みを堪えるような声が聞こえたので、ルウはすぐに仰いだ。
「マーク!」
叫び声を上げるルウに、マークは弱々しくも微笑みを浮かべた。右肩に矢を貫通させながらも。
「すみません。王族を地べたに説き伏せたとなっては、よくて降格、悪くてクビですね」
「でも、それは……」
「ルウリアナ様。最後に言わせてください」
一度、言葉を切ると、マークはこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべて述べた。
「僕は、元気なルウが大好きです。いつも、笑顔でいてくださいね」
涙腺が緩み、視界がぼやけてしまう。せっかく、マークが初めて自分に向けて笑顔を見せてくれているのに、涙が邪魔をする。
必死に袖口で拭いても、次から次へと溢れ出てくる涙を止めることはできなかった。
「さようなら、ルウ」
その言葉を耳にした瞬間、目の前の影が動いた。
「うおおおおおおおおおお」
「怯むことはない、奴は手負いだ。右側から攻めなさい!」
「「おおおおおお」」
いくつもの声が交差する中、マークは叫ぶのを止めなかった。そうしていれば、自分を活気付けることができる。
“大切な人を守ること”
それが守れるのならば、自分の命など惜しくも何ともない。マークは柄を握る力を強めて、敵に向かう。
その後姿を見て、ルウの瞳に違う光景が映し出された。
~・~
『ここは、僕に任せて先に行ってください』
暗褐色の髪に蒼い瞳をした青年が、赤い髪に緑の瞳をした青年に向かって言う。
『ふざけるな。お前を置いていけるかよ』
怒り口調で言う赤い髪の青年に、暗褐色の髪の青年は弱々しく髪の毛を梳いた。
『う~ん。そう言われるのは嬉しいけど、君には他に助け出したい人がいるんだろう?』
図星を刺されて、赤い髪の青年は口篭る。
『大丈夫。スグに追いつくからさ。聖騎士である僕を舐めないでよね』
『必ずだぞ……』
暗褐色の髪の青年は笑顔でそれに答えた。赤い髪の青年は先に急ぎ、その場から立ち去った。
~・~
「ダメ……。置いてったら、ダメ」
手を伸ばすルウだが、宙を漂うだけで何も手にすることはできない。あの時、青年は友人を置いて先に行ってしまった。友人を信じていたからできたことだ。
ルウも、マークを信じたい。だが……。
「はあっ!」
「ぐおああ」
「何やってる! 怪我してる右に回りこめ!」
「づっ!」
「今だ! 攻めろおお」
こんなのはない。一方的な戦い。マークはまだ子供で、相手は成人した大人だ。いくら、マークが首席で、最少年の親衛隊になったとしても、勝ち目などあるはずがない。
「きゃあ!」
「! ルウ!」
腕を掴まれ、喉元に斧の刃を当てられた。振り返ったマークは肩で息をしている。矢は刺さったままだ。
「降参しなさい。さもなくば、このお嬢さんの首が飛びますよ?」
荷物になった。
自分のせいで、マークが危険に晒される。
「ダメ! マーク、戦って! それで、こんな奴らをやっつけちゃえ!」
ルウの訴えも空しく、マークはあっさりと剣を投げ捨てた。
「!」
「良い子ですね。最初の判断さえ間違えなくば、痛い目に合わずに済んだのに………」
ルウの横に立つ男が指を鳴らす。
「気絶するまで痛めつけなさい」
合図だった。
「テメエ、よくもやってくれたな」「死ね死ね死ねぇ」「馬鹿、殺すんじゃねえよ」「泣いて命乞いでもしろよ」
「「ひゃはははははははははは」」
男たちの暴行に対して、マークは何もしなかった。呻くことも、顔を歪ませることもせずに、耐え続けていた。
普段から、親衛隊の訓練で鍛えられている分、意識を遠退かせるには時間が掛かった。正式な親衛隊の服がボロボロになっていく。刃物は使われていないが、腕に刺さった矢を面白半分に抜いたり刺したりするものがいる。
「いや……」
マークの身体が崩れ落ちる。だが、ただで横にはしてくれない。途中、膝で、足で、マークを何度も宙に浮かせた。
「ダメ……」
横に倒れても、男たちはマークを蹴りつけることを止めなかった。
「いやだぁ……」
ルウは拳を握り、自分の手の平に爪を立てる。
「もう……」
ルウの身体が発光する。
「! なんですか」
「やめてえええええぇぇぇぇぇぇ!」
ルウの背中から金色の刃が無数に飛び出した。
「うわっ。これは、一体……ぐふっ」
ルウを掴んでいた男の腹に穴が空く。光の刃は姿を一定化せずに、山賊を襲う。ある者は全身を切り刻まれ。またある者は身体の一部を貫通させられていった。
「あああああああああああああああ」
叫び続けるルウの身体から、次々と光の刃は飛び出し、ついには木々をなぎ払い始めた。真ん中で真っ二つに割られた木や、根っこごと押し倒される木の姿も、ギランとマギストの目に入った。
「なんだ、これは……」
「悪夢だな……」
苦虫を噛み締めるように、二人の親衛隊は呟いた。




