仲直りの方法 ~ルウside~
泣きすぎて、目も鼻も耳も、全てが痛い。
一番、痛いのは胸のはずだが、今はあまり痛くはない。ただ、ポッカリと穴が空いた様に物足りなさが残る。
「なんか、や…だな……」
扉がノックされる。
コンコンコン。
「お姉ちゃん、いる?」
ガチャリと扉を開けて入ってきたのは、妹のティナだ。両手に紙の束を持ってよたよたと歩いてくる。
ルウはベットから身を起こし、手の甲で瞼を擦った。
「何、それ」
「マークお兄ちゃんが、ルウお姉ちゃんにだって」
「まだ勉強をさせる気なの!?」
絶対に口を利かないと、ルウは心の中で誓った。
ティナはルウのベットの端に紙の束を置いた。
「違うよ。マークお兄ちゃん、無理やりやらせる気はないと思うよ。だって、お姉ちゃんが行っちゃった後、すっごく悲しい顔していたもん」
ルウの心臓に何かが刺さった。
また、だ。
初めてマークと会った時、ルウは何かを感じた。この人と仲良くしなくてはいけない。離れてはいけない。そんな衝動がルウの中を走ったのだ。
だから、父にマークがルウの世話係になるように仕向けた。この人といれば、どんな事も乗り越えられる。そう思ったからだ。
しかし、実際は思っていたことと大分、違う。
ルウのする事なす事にいつもマークは叱る。
門番とマークが話をしていた時の様に、マークはルウと話す時は微笑んではくれない。
いつも困ったように笑ったり、怒ったり、呆れたり、悲しんだり、絶望していたりする。
不公平だ。
そう思い、先ほどのお説教に我慢が限界に達したのだ。
普段のルウとマークならば、ルウが笑いながら謝り、それをマークはため息一つで許してくれるのに。
今日は違った。
「もう、駄目なの。マークは許してくれない。私のこと、嫌いになっちゃたんだ」
押し込めていたものが、再び破裂する。
「っあああああああ、ああ、もう、だめ、駄目なんだああああ」
泣き出すルウにティナは慌てて、右に左に走った後、靴を脱いでルウの傍により抱き締めた。
「大丈夫、大丈夫だから……泣かないでよぉ。お姉ちゃあん。ふ、ふああああああん」
ティナはルウにつられて泣き出した。
二人が声を出して泣いていたので、すぐに侍女たちが駆け付けて、二人を引き剥がして、一人ずつ落ち着かせた。
「ほらほら、そんなに泣かないでくださいよ。可愛らしいお顔が台無しじゃないですか?」
「だっでぇぇぇ、 マ、マアブルゥゥゥゥ」
「だっても何もありません。ほらほら、泣き止んでくださいな。私でよければ、相談にも乗りますよ」
マーブルは何度かルウの背中を叩いて、ルウを泣きやませた。ティナの方はつられ泣きだったので、すぐに泣き止んでもらえた。
「ほら、アンリ! そんなところで突っ立ってないで、お二方に温かいミルクをお出ししなさい!」
「は、はい」
扉付近で待機していたアンリは早足で部屋の外に出て行った。
アンリがミルクを持って戻ったときには、二人は大分、落ち着きを取り戻していた。
舌を火傷させないように、息を吹きかけながら、ミルクを飲む二人に、マーブルはやっと、話を聞くことにした。
「それで、どうなされたのです? ルウ様がお泣きになるなんて、よっぽど辛い事があったんでしょうね」
ルウはカップに入ったミルクを見つめていた。顔に当たる湯気が一瞬だけ温かく感じることができるが、後に水滴の冷たさが顔を冷やした。
ルウは一口だけ、ミルクを飲むと、口の中にミルクと砂糖の味が広がった。
「甘いね」
「ええ、ルウ様は甘いものがお好きでしょう? だから、砂糖はいつもスプーン三杯も入れているんですよ」
「ありがとう」
ルウはそう言うと、少しずつミルクを飲み始めた。
甘くて温かいその味は、今の冷えた心を溶かしていく効果がある。カップの中身が半分以上、無くなったところで、ルウはマークのことを話した。
全てを聞いたマーブルはフッと笑い、ルウのことを優しく抱きしめた。ルウはミルクが零れないように、しっかりとカップの取っ手を掴んでいた。
「まったく、そんな従者のことでお悩みになるなんて、ルウ様ったらなんてお人ができているのかしら。それに比べて、その従者はいけない人だわ。姫様をこんなにも困らせるなんて」
「マークは悪くないよ。あたしがいけないの。ちゃんと、マークに一言言ってからティナに会ってもらうように言えばよかったのに」
ルウは顔を上げて、マーブルを見上げた。
「どうして、あたしって、こうなのかなあ。あたしはただ、マークに笑って貰いたいだけなのに。どうすればいいのかなぁ」
ルウの縋るような瞳に、マーブルはルウの頭を撫でて、その目を伏せさせた。
「そうですか、姫様はその従者のことが好きなんですね」
「うん。ティナや父上様、母上様と同じくらい大事」
「では、することは一つです」
マーブルは一拍、間を空けてから告げる。
「仲直りの握手をしましょう」
「握手? それだけでいいの?」
「ええ、握手とは、人と人の手の平と手の平を重ねて、お互いの心臓の音を聞く行為です。二人は同じ、この世界で生きていますっていう確認のようなものなのですよ」
「生きてる。確認」
ルウは俯いて、カップの中のミルクを見た。表面上、皺のような灰汁ができてしまっている。
表面の醜さと内面の美しさ。ミルクに二つの顔があるように、人間にもいいところと悪いところもある。
ルウは構わず、カップの中のミルクを灰汁ごと飲み干して、手の甲で唇についたミルクを拭った。
全て受け入れよう。自分の悪いところもいいところも、そうすれば、マークともう一度仲良くできる気がする。
「わかった。私、マークと握手してくる。それで、今度こそ勉強から逃げ出さないことにする!」
ルウは立ち上がり、ベットから飛び降りて、侍女が揃えておいたブーツを履いた。
「それじゃあ、ちょっと、親衛隊の兵舎に行ってくるね」
ルウはそう言うと、扉を開けて走っていってしまった。
マーブルは肩を竦めて、残されたカップを持って、ティナの傍に寄った。
「さあ、ティナ様。お部屋にお戻りくださいませ。風邪がぶり返しますよ」
ティナはコクリと頷いて、マーブルの空いている方の手を握った。