冷蔵庫のある部屋
あの日、君が僕に言ったことは別に僕自身にとって大した問題ではなかった。「最近お気に入りの男の子がいてね、いい感じなんだ」「今度デートに行くの、何話せばいいんだろうね」のんきに笑う君は可愛い。
君は床に落ちていたTシャツを拾い上げ、軽く埃を払うようにしてからそれを着た。すぐに出かける気は無いのか下着はつけなかった。「都内のクリスマスって、どうしてどこもあんなに人でいっぱいなんだろうね」そう言うと君は口の端を軽く上げてこちらを見た。そして僕の額を指で押した。僕はふざけた顔をして変な顔をしてやる。君は笑って、布団の中に戻ってきた。「私の実家のほうなんて、盛り上がってるのはイオンくらいだって言うのに」ベッドを揺らすようにして文句を言う。僕はそれを押さえるようにして君に布団をかけた。「どうでもいいよ」僕は言った。そういう時の君の顔は決まって悲しそうで、すぐに僕の機嫌を取ろうとする。君は何も悪いことをしていないのにな、なんて他人事のように思う僕がいる。こっそりと(おそらく君はそのつもり)君は僕の顔を見ていた。僕はその様子に気づかない振りをして、バイトまでの時間を大体頭で計算しながら家を出る時間を決めた。「あと30分くらい」僕がそう言うと君は何かを思いついたように冷蔵庫は向かう。大抵チョコレートかコーラだ。それらは僕の好物であり、君が僕の機嫌を直すための最も多く使う手段だ。「ねえ、私に彼氏ができたらどう思う?」
君はチョコレートの包み紙を畳んでいた。僕は茶色の小さな粒を口の中でゆっくりと溶かしていた。暗めの長い髪を垂らして俯いているせいで、君の表情が見えない。でも僕は知っている。君は泣きそうな顔で口を結んでいる。「悲しいよ」と、僕は言った。すると君は僕に強い力で抱きつく。「もう会うのはやめようか」
僕はキスをする。君の両腕を掴み、勢いをつけて口をふさぐのだ。「どうでもいいじゃん」僕は繰り返す。君はいつの間にか僕の背中に回している手に力を込める。僕は知っている。君が求めているもの。だから僕はどうでもいい。彼氏ができても、それはどうせ君を満足させない。君は優しいから絶対に新しい彼氏にはそんなこと言わない。夜中に気まぐれに電話を寄越して僕を呼ぶだけだ。何度もそんな夜を繰り返して来た。どうでもいい。
僕だけでいい。君が求めるその強い欲求のために僕を消費していてくれればいいのだ。「好きなの」君は言うけど、次に会う時には新しい彼氏の吸う煙草の匂いを髪に付けてくるのだろう。でもどうでもいい。僕の辛い煙草を吸えばいい。真似したがる君の口に煙草を突っ込みむせさせればいい。僕はそれでいい。