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第三話  砦の戦い(3)

 そもそも、イオスら砦の軍人が敗れるようなことがあれば、街の住民は戦う手段などもたないだろう。

 そうなる前にキマイラは必ず倒さねばならない魔物のはずだ。


(そうよ、イオス一人でも放置できなかった私が、そんなの知って放置できるわけないじゃない!)


 この戦いに出たって、すぐに不老不死の魔女だと周囲に気づかれるわけじゃない。

 倒して帰る、それだけさせてもらえれば満足だ。


「イオスはお礼でご飯作ってきてくれてたけど、もう十分お返しはもらったわ。利子分、払わせてもらってもかまわないかしら?」


 そうだ、これでイーブンだ。

 後ろめたくならない私のためなんだ、と、アストレイアはイオスに詰め寄る。しかしイオスは一瞬言葉を失ったものの、すぐにアストレイアの手をふりほどいた。


「だめだ、危ない。君は軍人じゃないだろ」

「貴方があの高さから落ちても死なないようにできるくらいには、魔術を行使できるんだけどね?」

「だけど」

「なに、私が根拠のない自信を持ってるって言いたいの?」

「それは……、でも、状況が違うだろ!」

「実力があるって言ってるのに、何が問題あるの? 言ってみなさいよ」


 なにかいいたい事があるならいえばいい。すべて反論してみせる。

 ――そう、アストレイアが睨み続けていると、不意に後ろから大きな笑い声が届いた。


「なんだ、ずいぶん言い負けた様子だな、イオスフォライト」

「隊長!」


 イオスが驚いた声を上げ、そしてアストレイアは振り返る。

 そこに立っていたのは金髪で、よく日に焼けた肌の男だった。男は人のよい笑みをアストレイアに向けた。


「お嬢さん、初めまして。私はスファレ。イオスフォライトの上官だ」

「……はじめまして」


 たとえ上官だとしても、人の話を立ち聞きするのはどうだろう。

 そう思えば挨拶する気もなくなるものだが、ここは砦の内部だ。一般人が立ち入るスペースだとはいえ、部外者なのは自分の方だ。そう思い直したアストレイアは、最低限の愛想さえ捨てた棒読みの言葉をスファレに投げた。


(隊長さんがイオスの上官だろうと、私には関係ないもの)


 そもそも、そんな細かなことよりも気になることができたのだ。


「あなたイオスフォライトって名前だったの」


 イオスと認識ていた青年の名前がイオスフォライトだったなんて、驚く以外の反応はないだろう。

 しかしそんなことを口にしたアストレイアに、スファレも驚いていた。


「なんだ、お前は休みごとに通ってる女性に名乗ってもいなかったのか」

「通っ……!?」


 なんてことをいうのだ! それでは大きな誤解を招く言い方になっているのではないか! そう思いつつもあまりの衝撃に言葉を詰まらせたアストレイアとは対照的に、イオスはひどく冷静だった。


「いえ、彼女が遮って言い切れなかっただけです」

「……」


 思い起こせば、それは否定でいない事柄である……ような気はしている。

 しかしそれもイオスが突然やってきたのが悪いのだ。そうだ、きっとそうだ。

 そしてそんなことを思い出していると、一瞬焦った心は落ち着いた。


 そうだ、そんなことどうでもいいはずだ。

 イオスがイオスフォライトだろうが、アストレイアの中でイオスはイオスに変わりない。


「まぁ、お嬢さん。イオスフォライトが言うことは俺にも理解できるぞ。お嬢さんは魔女でも部外者だ。ここには表に出したくない情報も多い」

「……それもそうね」

「だから」


 その言葉とスファレの行動は、どちらのほうが早かっただろうか。

 ほとんど予備動作なく剣が振り下ろされるのを、アストレイアは飛び退きながらも目視した。アストレイアがいたところからは鈍い音が響いた。


「凄腕だと思わされる人間以外は、つれていけないんだなぁ、これが」

「ずいぶん物騒な挨拶ですね」

「鞘のままだ、最悪骨が折れるくらいだろう?」


 なという荒々しさだ、これでは騎士というより山賊ではないか。

 ここはひとつふたつ反撃でもしてみせようか? そんな考えが頭をよぎったが、それを行動に移すことはできなかった。イオスが間に割って入ったからだ。


「隊長、さすがに見過ごせませんよ」

「おお、怖い。えらくご機嫌ななめですか、イオスフォライト副隊長殿は」

「……」


 副隊長殿、という言葉で、どうやら、イオスも立場のある騎士だったらしいことが判明した。

 しかしイオスはそれを言われたくはなかったのか、珍しく表情を歪めていた。もっとも、隠されようが明らかになろうが、アストレイアは態度を変えるつもりなんてさらさらないのだが。


「……ま、別に共闘したくないっていうなら、しなくていいわよ。私は一人でも倒すもの」


 伝聞だけである以上キマイラだと断定できないが、たとえ他の魔物でも今のアストレイアには一人で倒す自信はある。


(たぶん、この砦の人も倒せる相手なのよ。ただ、慣れていないだけ)


 しかし慣れるまでなど悠長なことは言っていられない。

 慣れる前に戦列を離れた砦の魔女のように、犠牲者が増える可能性は高い。


(でも、私一人で挑むっていうのは、あまり褒められたことではないわ)


 今回討伐しても、再びキマイラが現れる恐れもある。

 そしてもしもそれが実現してしまえば、被害は今回と同様になるだろう。

 そのときのために、砦の騎士にキマイラへの対処の仕方は見せておきたい。


(まぁ、私の参加が嫌っていうなら、今の被害を食い止める為に一人で動くけどね)


 後のことよりも、今の被害を収めるのが先決だ。

 軍の方針など、知ったものか。そう思いながらアストレイアはスファレを睨んだ。


「ずいぶん強気なお嬢さんだな。まるでおとぎ話にでてくる魔女のような気の強さだ」

「……」

「その気の強さに加え、反応も悪くないとなれば……こちらから討伐の協力を願いたいのだが、お嬢さんはいかがかな?」

「ねえ、協力要請ならもう少し素直に言えないの?」


 ずいぶん乱暴な勧誘だとアストレイアは口をとがらせた。

 しかしスファレはひょうひょうとした様子でまったく気にもとめていない。


「こんな美味しいタイミングで欲しい人材が現れる。なんかの……例えば帝国の罠だって可能性もあるだろう? ただ、もしもお嬢さんが怪しい人なら、イオスフォライトもそんな怖い顔をしてないだろう。すまなかったと思っているよ」

「イオスの?」


 イオスの顔がどうしてここに関係するのか。

 肩をすくめるスファレを訝しみつつ、アストレイアが振り返ると、イオスはかなり目に力を入れていた。


「これ、俺が上官でなければ殴られてるな」

「でも、貴方が言ってるほど怖い顔はしてないように見えるわ」

「俺はお嬢さんが振り返る直前までの表情を見せてやりたかったよ。しかし実際、助力は助かる。あいにく謝礼は酒か飯くらいしか出せないがな」


 多少おどけた様子のスファレからはすでに相当警戒が薄れていた。それでもまだ探られた様子はあるが、気にするほどではないだろう。

 そもそも完全に警戒を解かれてしまえば、それもそれで心配だ……そう

 思いながらアストレイアは再びスファレのほうを振り返った。


「状況を教えて」

「ああ、それなら……」

「状況は俺が伝えます。隊長はご自身の仕事に戻ってください」

「わっ」


 ぐっと肩をつかまれ、アストレイアは驚いた。

 油断していた、というよりはイオスに驚かされるとは思っていなかったので、警戒するつもりすらなかった。

 だから抗議の視線をイオスに送ったのだが、そもそもイオスはアストレイアをみていない。スファレを完全に睨んでいた。


(……そこまで上官を睨んでいいの?)


 先程スファレが言っていたのはこのことだったのか――そう思いながらアストレイアは頬をひきつらせたが、睨まれたスファレは全く気にしないどころか、ずいぶんおもしろそうだった。


「へいへい、頼むぞ、副隊長殿」

「隊長!」

「まあ、冗談はここまでとして。戦闘は森の中だ。戦場になる場所を先に見ておくのもいいだろう。イオスフォライト、現地警戒を行うと共に彼女への説明を任せるぞ」


 先ほどまでの和やかな声はいっさい消え去った、そんな固い声だった。

 アストレイアの表情もそれに従い、落ち着いた。そしてスファレの胸に手を当て腰を折る敬礼に対し、同じ動作を行った。とうに忘れている動作かと思っていたが、どうやら身体は覚えていたらしい。


「こっちに来て。ラズールでいくから」


 身体を起こしたアストレイアをイオスが先導し、馬小屋にまでやってきた。

 すると先ほど初めて乗ったラズールが「遅い」というように声を上げた。

 そしてその声に答えるようにイオスは「悪かった」といい、その鼻筋を撫でた。

 それからラズールを外に出すと、イオスは馬小屋のそばにある台の上に立った。ラズールもそれに近づいた。

 普段のイオスは左側の鐙に足をかけてラズールに乗っているが、台があればそのほうがラズールにかかる負担も減るのだろう。そう思うと、次にイオスが来たときには台を用意しておかねば――と、思いはっとした。

 違う、今日は精算に来たのだ。次は、ない。ちゃんとそれは言って帰らないと、と、頭を振りかぶる。


「……どうしたの?」

「いえ、なんでもないわ」

「そう? ……ところで、君は馬には乗れる?」

「乗れないわ」

「なら、失礼」


 そう言うや否や、イオスは少し屈むと台の下にいたアストレイアの腰をつかんだ。


「え"!?」


 明らかにうわずった声を上げたアストレイアの足は、次の瞬間には浮いていた。飛ぶときとは違う、重力が二カ所で支えられいる浮遊感――それは、一瞬のことでありながら時の流れが遅くなったように感じることだった。

 気づけばアストレイアはラズールの上に座っていた。


「……」


 すこし力がありすぎるのではないか。

 城壁の外で引っ張り上げられたときもそうだったが、あまりの急なことにアストレイアは目を丸くして反応できなかった。

 そして反応が追いつかないうちにイオスも馬の上にやってきた。


「ラズール、二人だけど、大丈夫だよね。君、馬車も引けるくらい力強いし」


 イオスの言葉にラズールは軽い鳴き声で答えると、まずは慣らしとでもいうような、ゆっくりと歩き始めた。

 アストレイアはその振動になれないが、そもそもここまで場外から走って来たラズールに乗った後なので、あまり怖いとは思わなかった。

 そもそも、だいぶしっかりとイオスが支えてくれているのがわかるので、怖いという感覚自体がアストレイアには起きなかった。

 しかし、だ。


「……ねえ、イオス。何か、怒ってるの?」


 どことなくピリピリとした空気を感じてしまえば落ち着かない。

 気のせいかもしれないし、気のせいであればいいとも思っている――が、アストレイアの問いにイオスは小さくため息をついた。

 肯定だ、と、アストレイアも気づかざるを得なかった。


「別に、君に怒ってるわけじゃないよ。隊長にでもない」

「じゃあ、誰に怒ってるの?」

「あえて言うなら自分に、だよ。結局君を危ないところへ案内することになったのは、軍の責任だ。俺が見つけて、倒してれば、わざわざ危険なところに案内せずとも済んだのに」

「……見慣れないあれを倒せないのが、一人の責任だとは思えないわ。気にしすぎよ」


 確かに倒せなければ市民の生活が脅かされるとはいえ、イオスだって手を抜いているわけではない。もしも手を抜いているならば、そもそもそんなことを言わない。

 責任感が強いのだなと思うも、これはイオスの為にもはやく倒さねばならないなとアストレイアは思った。


「でも、君……人前に出るの嫌いでしょ」

「え」

「それなのに、わざわざここに残るって。お守り忘れたせいで、君に無理をさせることになってしまって……本当に、申し訳なく思ってる」


 人前にでること嫌っていることは否定しない。むしろ全面肯定できる事柄だ。人と違う時間を生きる自分が、人との生活に溶け込んで生きていけるわけがない。

 だからこそ、あの森でずっと一人で生きてきていたのだ。


「でも、そんなのいまさらよ」


 一瞬のことだ。すぐに森に帰れば終わる話で、参加を申し出たのも自分の方だ。

 だいたい、イオスが原因というのなら討伐云々ではなく、彼が落ちてきたのがすべての元凶だ。

 いや、イオスの恩返しが元凶といえるだろうか。

 助けられても、そのまま二度と現れなければ再び出会うこともなかったというものだ。

 今更すぎることを、気にしたってどうしようもない。


「そんなことより今は倒すことだけ考えましょ。そろそろ、詳細を教えてくれる?」


 気にするなということを、本当に気にしないようにうまく伝えられる言葉は思いつかない。

 だからせいぜい下らないことをいわないでほしいと伝えるのが精一杯だ。


「……わかった。でも、その前にちょっと森まで走ることにするから落ちないでね」


 舌、かまないでね。

 そう聞こえたと同時、ラズールの速度は急激にあがった。

 ここに来ときはいろいろ突然すぎて気づかなかったが、ラズールの背中は自分が飛ぶときに比べ揺れるし、向かう方向がわからないので備えられないし、振り落とされるのではないかと思ってしまう。 

 しかし一方では、自分が飛んでいる時にはだせない力強い走りだなと思ってしまった。


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