第二話 暖かなご飯と来訪者(2)
イオスという青年は、相当変わり者だ。
それは助けた翌日から薄々感じていたが、今となってはもう「薄々どころじゃなくて何で気づけなかったんだろう」とアストレイアは思っていた。
既に四回目の来訪となるイオスは、おそらく休みごとに来ているのではないか、と、アストレイアは睨んでいる。
日付の間隔なんてとうに忘れてしまったアストレイアだが、それでもイオスの来訪は頻繁すぎるだろう。
「……あなた、友達いないの?」
「なんで?」
「だって、いたら休みにこんなところにわざわざ来る?」
人が来ないからこそ、アストレイアはここを住処にしたのだ。
しかしアストレイアの言葉にイオスは少しだけ首を傾げはしたものの、すぐに笑った。
「自然が豊かで、良いところだよね」
「……」
本当に友人がいないのだろうか? それとも、いつも通り流されただけなのだろうか?
(やはっぱり、本当に変な人)
そもそも例え友人がいなくとも、休日ならば他に片付けるべき事柄はあるだろうに、こんなところまで来るなんて……変人以外の何者でもない。
今日はとろとろに煮込んだすじ肉のスープを持ってきたイオスは、アストレイアと同じく筒に入ったスープを飲んでいた。傍らには二人分のパンとバター、それからジャムが置かれている。前回やってきた時から、イオスは自分の分も持ってくるようになっていた。
一度目も二度目も、そして三度目も、アストレイアは食後すぐに帰るようにイオスに伝え続けてきている。会話らしい会話だってしたこともない。それなのに愛想のない自分のところに、なぜもこんなに頻繁にやってくるのか。疑問よりも呆れが先に来てしまう。
そして、どうして毎度自分はスープを手に取ってしまうのか。そもそもそこが一番の問題だ。
(でも、本当に、この匂い、美味しそうなんだもの……!)
悔しいことだが、この匂いには勝てる気がしない。毎度毎度違う味のスープを持ってくるイオスも悪い。食べる回数を重ねる毎に、自分の嗅覚も鋭さを増している気がする。
余計にダメな方向へ流されている……そう、頭の片隅で思わないこともない。
しかしそうやって考えているうちにスープが空になってしまっていた。
アストレイアはパンにチーズを挟んでを食べつつ、イオスが食べ終わるのを待った。しかし、今日は少しだけ量が少なかった気がする。そうアストレイアが少しだけ思っていると、不意にイオスは笑った。
「足りない?」
「べ、別に……」
「足りないように持ってきたんだけど」
アストレイアが人を殴りたくなったのは、恐らく四百年ぶりだった。
ただの変人ではなく性格の悪い変人か! そう睨むと、イオスは笑いながらカバンから少し大きめの缶を取り出した。
「……なにこれ」
「簡易の火起こしだよ。で、これがフライパン。で、これを温めて、ちょっとバターおとして卵を割る。ああ、卵入れる前にハムも軽く焼いておこうか」
器具の説明をしながら、イオスはてきぱきと準備を進めた。
フライパンがバターを溶かしたところで、ハムをまずは軽く炒める。そしてそのまま卵を落とし、少しだけ焼いてから水を入れた。舞い上がる水蒸気を逃がさないように蓋をし、それから待機。しばらくしてからふたを開けると、綺麗に卵が焼けていた。
「個人的な好みは半熟だけど……君も気に入ってくれるかな?」
「……」
いい匂いがする。
そう思ったアストレイアは、角型のパンに乗せられたそれを無意識のうちに受け取った。
そして迷いなくかぶりついた。
「ここに持ってくるには、スープくらいしか保温できないし。ここで作るって言っても、君の家には調理設備ってないし」
「……」
そもそも調理設備を作るという発想がなかったということは、言うまでもない。
完全にワンルームの自宅は、どう考えても普通の人間が住むには苦労するのが目に見えている。家というより、むしろ小屋なのだから。
(魔女だから、何とかなってる……って、思ってるのかしら)
イオスはアストレイアのことをあまり聞かない。聞くとすれば食べるか食べないか、それくらいだ。森の中で生活する理由も、どういう生活をしているかも、特に尋ねない。
(……聞かれないから、本気で追い返せないのもありかもしれない)
もしも聞かれたら、どんなに魅惑的な料理を目の前にしても、アストレイアは決してイオスを留まらせはしないと思う。
(だからといって、何回も来られるのも困るんだけど)
ただ、彼もいつかは飽きて来なくもなるだろう。
そう思うと、今は放っておいてもいいのかな、と、若干傾いてはきていたりもする。
それに彼が『砦に赴任してきたばかり』というのなら、そのうち転属だって考えられる。そうすれば来ることも絶対になくなるだろう。何も聞かれないなら、無理に追い返すこともしなくてもいいのかもしれない。別に、イオスは悪い人でもない、ただの変人だ……などと思いかけて、アストレイアはハッとした。
何を流されそうになっているのだ、と。わざわざこんなところに住んでまで人と離れたというのに、数度の食事で流されるなど、何事だ、と。
「それ、美味しかった?」
「え、ええ」
イオスの問いかけで、気づけば既に卵を食べきってしまっていたことにアストレイアは気が付いた。だが、考え事のせいであまり味わうことはできていなかった。
「砦にも遊びに来てくれたら、出来たてをごちそうすることもできるよ?」
「……結構ですっ!」
少しだけ残念だと思った時にかけられた言葉に、アストレイアは強く叫んだ。
食事でつられるなんて、やっぱりだめだ。
「フライパン冷めたら早く帰ってよね!」
「じゃあ、覚めるまでの間にデザートも食べてしまおうか」
可笑しそうに笑うイオスに悔しくなったので、二つあったデザートは両方とも食べてしまった。余計に笑われたのは、言うまでもなかったことだ。