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フライング結婚式

「明日、騎士団で馬上試合があるのです。副隊長も出場されますし、聖女様もご興味はございませんか?」


 そんな誘いを受ければ、アストレイアもいかないわけにはいかなかった。

 イオスはラズールに乗って出場するのだろうか? そう思うと、ラズールの本気も見れるかもしれないので楽しみだ。

 あいにく今日は泊まりの当番だというイオスは帰ってこないのだが、そんなイベントがあるならもう少し先に教えてくれればよかったのに、と、アストレイアは思ってしまった。


 だが翌日、砦を訪ねたアストレイアは状況がどうもおかしいことに気が付いた。昨日アストレイアを誘った女性と待ち合わせをしていただけのはずが数人の女性が待機している部屋に押し込められ、宴の際に着用したような白の豪華な衣装を着せられた。必死で抵抗したが、それは軽く効き流されたうえ、なぜか化粧まで施されている。

 あまりにも不思議で、髪をまとめられている際に思わず「馬上試合の観覧にはドレスコードがあるのですか?」と尋ねると、女性たちは力強く頷いた。


(そういうもの……なのかしら?)


 これはもしかして、神聖な儀式のようなものなのだろうか。

 それはそれで興味もあるが、それならもっと勉強をしておくべきだったとも思ってしまう。


 だが――。


「では、教会へ参りましょう」

「え?」

「教会と言っても、砦の内部にある式典用の教会ではございますが」


 それはそこでオープニングセレモニーがあるのということだろうか?

 ますます疑問が深くなるアストレイアは女性に導かれるままにそちらに向かったが、道中どうも衣装が以前の宴のものより多く装飾が施されていることに気が付いた。ずいぶんきらきらとして、より美しい衣装だ――そう思っていると、正面にイオスの姿が見えた。

 イオスが身に纏っているのは式典用の隊服だった。

 アストレイアがイオスに気付いたのと同様、イオスもアストレイアにすぐに気がっついた。


「レイ? どうしてここに――」

「どうしてって、馬上試合あるからって、誘われたの。ドレスコードがあるなんて知らなかったけど……」

「馬上試合? そんなものは聞いてないけど」


 眉を寄せたイオスに、アストレイアもまた首を傾げた。


「その服、式典用でしょう? セレモニーがあるんじゃ……」

「いや、俺は王都から新たな隊員を迎える式を行うって聞いたんだけど……え?」


 そして二人はそろって、アストレイアを案内した女性へ視線を向けた。

 女性はにこやかに笑って、「両方嘘です」とまったく悪びれずに言ってのけた。


「お二人をだますのは非常に心苦しいのですが……でも、サプライズには必要なことだと、全責任は自分がとるとスファレ隊長が仰っていましたので」


 女性は言葉とは対照的にまったく悪いとは思っていない様子であった。

 そしてスファレの名前を聞いた途端、何を企んでいるのだろうという表情を二人そろって浮かべてしまったが、女性は笑みを深くした。


「本日は、お二人のためのお祝いの式を行います」

「え?」

「さあ、どうぞ。お二人でお進みくださいね。イオス様、花嫁様のリードはお任せしますよ」


 そして女性が開いた扉の向こう側には、大勢の騎士や街の人々があふれていた。

 アストレイアはその光景に思わず目を見開いた。


(どういうこと?)


 イオスもしばし茫然としていたが、やがてイオスはアストレイアに自らの手を差し出した。


「イオス?」

「一緒に、来てくれる?」

「え、ええ」


 どういうことか理解したらしいイオスとは対照的に状況が呑み込めないまま、アストレイアはイオスの手を取った。

 そして歩き出す直前、イオスはアストレイアの耳元で囁いた。


「これ、たぶん略式だけど皆が企画してくれた宣誓式だ」

「宣誓式?」

「……いわゆる結婚式の、軍でのバージョンってところかな」

「けっ……!?」

「雰囲気を見てると、お祭りみたいな気楽なものみたいだから、たぶんだけど……きみの恰好も礼服も考えたら、間違いないと思う。俺も全然気づかなかったけど……」


 そう言うなり歩き出したイオスとともに、アストレイアは祭壇まで進んだ。その間に多くの人から祝福の声をかけられ、アストレイアは戸惑いながらも笑顔を返すが、そのせいで余計に人々が盛り上がるのだから身体に力が入ってしまう。

 イオスも柔らかい笑みで対応しているようだが、若干ひきつっているように見えるのは気のせいではないだろう。


 そして進んだ先には、堂々とスファレが式台を前に立っていた。

 するとスファレは得意そうな表情で、しかし参列者に聞こえないような声で二人に声をかけた。


「なんだお前ら、二人そろって俺を見た途端。それは喜びに満ちた新郎新婦の顔じゃないぞ」

「予告というものを隊長は御存じないのですか」

「予告したらサプライズじゃないだろう」

「あなた、その、別に結婚したわけじゃないって知ってるでしょ」


 街の人は一緒に住み始めたと同時に結婚したと誤解をしているのだが、スファレはアストレイアに「お前いつまでイオスに『待て』してるんだ」とせっついてくることもあるので、間違いなく知っている。そもそも街の人がアストレイアとイオスが結婚したと誤解する原因はスファレにある。スファレいわく「そのうちするんならいいだろう」「レイならどうせ結婚してないのに同棲とか気まずくなるんだから配慮してやったんだ」とか、なんせ噂を流した原因であることに一切悪びれる様子を見せず、毎回、今と同じような表情を浮かべていた。

 事実その通りであるせいで、アストレイアも誤解を解くという手段に出れてはいないのだが、違うものは違うのだ。


「まぁお前らなら王都に戻ってから正式なやつもやるんだろうけど、一応ここでも挙げておきたいだろう? なんせ、記念すべき出会いの場の近くだからな」

「隊長、それは事前の連絡のない理由になりません」

「まあ、とりあえず、代読だ。お前ら、互いに幸せを掴む覚悟はあるな?」


 きっとそれは本来の司会の言葉ではないのだろうと、アストレイアでもなんとなくわかった。けれど内容としては意訳をしているだけで同じなのかもしれない。もっともアストレイアとて堅苦しい言葉でいわれても急に対応できる気もしなかった。

そんなことを考えたアストレイアの隣で、イオスはアストレイアをエスコートしていた手で堂々と返事をした。


「この通り、すでに掴んでいます」


 アストレイアは早い返事に反応できなかったが、その手に込める力は強くした。

 約束は、すでにしている。

 その動きはスファレの目にも映ったらしい。

 

「じゃあ、お互いしっかり育てろよ」

 

 その言葉に、スファレは満足そうに頷いた。


「じゃあ、次は誓いの口づけだな」

「え?」

「え、ってなんだ」


 なんだも何も、それはアストレイアの理解できる範疇のことではない。


「ちょっと、それって……!?」


 人前だということももちろんだが、そもそもそんなことはしたことない。

 スファレの声が周囲に届いていたのかどうかは定かではないが、参列者からは歓声が上がった。


「い、イオス……」


 どう切り抜けようかと、半ば涙が浮かぶ思い出見上げれば、イオスは少し考えた様子を見せたあと、にこりと笑った。それはアストレイアにとって悪い予感しかしないほどの綺麗な笑みだった。


「母さんに許して俺にはだめ?」

「それ今なの!? そういう問題じゃなくて……!」


 しかし両頬を手で挟まれすでに逃げ場は残されていなかった。

 イオスも堂々としているということは、これも現代の習慣の一つなのだろうかと思っても心臓はこれ以上なく激しく動いているし、どうすればいいかなんてわからない。その間にもイオスの顔が近づいてき、思わず目を固く閉じたが、やがて柔らかい感触を覚えたのは額だった。

 驚いたアストレイアが目を開くと、イオスの顔はすでに遠ざかり始めていた。


「サービス精神が足りてないぞ」

「独り占めしたいので、観覧料をもらってもそれはだめです」


 ただ、観衆はすでにそれで大満足だったようで、割れんばかりの歓声が上がっていた。

 そんな中でしれっとスファレの言葉を躱したイオスは、茫然と見つめているアストレイアの耳音に口を寄せた。


「アストレイアが言ってた『二年』が経過したら、よろしくね」


 それは観衆の声にも混じって、スファレにだって届かないことだろう。

 しかし、アストレイアの耳にはしっかり残った。

 顔が火照ってしょうがない。何を言ってもいいかわからない。


けれど、このまま焦らされたままばかりではアストレイアももやもやする気持ちが残ってしまう。


(だったら――)


 思わずアストレイアはイオスの腕をつかんで、イオスの体勢を自分のほうへ傾けさせた。そして急なことに目を見開いたイオスの頬に、そのまま勢いよく口づけた。


 少し落ち着き始めた観客はどっと歓声を上げたし、腕を離したアストレイアを今までにない勢いで振り返ったイオスの表情を見れば「してやったり」と、アストレイアも笑ってしまった。




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かつて聖女と呼ばれた魔女は、
紙書籍・電子書籍ともに2018年3月12日に発売します。
【書籍版公式ページ】にて 表紙、人物紹介を公開していただいています。ぜひご覧ください。
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