王都に行くお話(4)
アストレイアたちが王都にやってきて、今日で三日目になる。
記憶にある王都とはずいぶん様変わりしたことにアストレイアは驚きもしたが、楽しみもした。イオスの家族にもよくしてもらっているし、寝つきはよくないものの以前よりは同じ部屋で寝ることにも少し慣れた気がする、そんな穏やかな旅行を楽しんでいたアストレイアはイオスに声をかけた。。
「ねえ、イオス。一か所、行きたいところがあるんだけど」
そして了承したイオスに目的地を告げず、アストレイアは王都の城壁から外に出た。
王都が思ったよりもずっと広くなっている上、風景も過去とは異なっているため、目的地に辿りつける自信は半々といったところである。ただ、それでも太陽や山の方角を見て、おそらくこちらだと思う方向にアストレイアは足を進めた。
いかんせん、目的地は四百年ぶりに訪れる場所だ。
イオスの家族と会った時とはまた違う緊張が自分の中にも生まれてくる。
長い間自分が住んでいた場所によく似た森を抜け、小さな洞穴の前に辿りついたとき、アストレイアはそこに一本の大樹がたくさんの五枚の花弁を持つ白い花を咲かせているのを見て驚いた。
「この木、まだ生きてたんだ」
「すごい大樹だね。知ってるの?」
「これ、私が植えた木なの」
まさか、まだ残っているとは思わなかった。
洞穴があるので辿りつけたとは思っていたが、この場所にこの木があるというなら、間違いなくここは目的地だ。
「じゃあ、ここなんだね。アストレアの仲間が眠ってるところ」
「え?」
「会いに来たんだろ?」
具体的に言わなくても、ばれていたということなのだろう。
そもそも、王都周辺に長期間来ていないアストレイアが行きたいという場所など、限られている。
「本当は墓標も作ったんだけど、さすがになくなってるよね」
それでも、この木の下に仲間たちが眠っていることは間違いない。
アストレイアはその場所に両膝をついた。
ただ、言葉はすぐに出てこなかった。
それは今までの何を言わなければいいかわからなかったものとは異なり、心の中ではいわなければならない様々な言葉が我先にと順を争って、うまく口にだせないといった状況だった。
そんなアストレイアの隣に、イオスも片膝をついていた。
アストレイアと目が合ったイオスは、そのまま微笑んでから大樹に向かって首を垂れ、目を瞑って静かに祈りをささげていた。
それはとても綺麗な姿で、アストレイアは思わず見とれてしまった。
「……なんて、いったの?」
短い、けれど長く感じる時間を経て再び目を開けたイオスに、アストレイアは小さく尋ねた。
「見張っててください、ってお願いしたよ」
「え? 見張る?」
「幸せにするから、見張っててくださいって。もちろん軍の大先輩方に、軍人としてのご挨拶と、そっちの意味でも見張って欲しいってお願いはしたけどね」
イオスは少し照れたように笑い、それからゆっくりと立ち上がった。
「守り守られる、って約束したじゃない。幸せだって、一緒でしょ」
「でも俺はアストレイアがいれば幸せだから、ちゃんと幸せにしないとなって」
「……そんなの、私だって同じなのに」
「え?」
「なんでもない!!」
反論の声は小さすぎてイオスの耳には届かなかったのだろう。
けれどアストレイアはイオスの問い返しにそっぽを向いた。あっさりと白状できるイオスの性格をうらやましく思ってしまう。そう素直に言えたら、どれほど可愛げがあるだろうか、と。
しかし、今のイオスのおかげでアストレイアの緊張はすっかり解けてしまった。
アストレイアも静かに目を閉じて、そして祈った。
(たくさん、話せる思い出を作ってからそっちに行くから、それまでは待っていてね。今、話したいことも、そっちにいったら、全部伝えてしまうから)
両手を組んで、祈りをささげ、そして再びアストレイアが目を開けた時、その場に心地よい風が流れた。
それはどこまでも優しい風だった。