酔い潰しの隊長と、酔っ払いの副隊長
*スファレ視点の、アストレイアが砦の街にやってくるまでのお話です。
*2018年3月12日、アリアンローズ様より書籍化します。詳細は活動報告にて。
はっきりと言おう。
……ずいぶん飲ませすぎてしまった。
そう思った時にはすでに手遅れで、新しく王都から来たばかりの部下を完全に酔い潰してしまっていた。いや、わりと早い段階から軽く酔っていることには気づいていたけど、まともに会話はできていたし、動作も酔っ払いのそれには見えなかった。
ただ、『上品な顔をしているわりには山賊みたいに飲むんだな』って思っていたらわりと急に様子がおかしくなって、この様だ。
ここまで酔っぱらう若者が新任副隊長というも少々不安を感じるが、そもそも酔っぱらった原因が隊長の俺だから注意するのも絶対無理だ。だいたいこの新しい部下は新天地で新しい上司の酒を断るタイプにも見えないから、やっぱり俺のせいになるのだろう。だいたい俺が追加で飲ませなければ、自分で限界以上を飲むような奴にも見えない。たぶん、ではあるけれど。
とりあえず急に体調が悪くなられても困るので、ひとまず俺の家に連れて帰ろうと判断したわけだが……まぁ、俺は帰宅と同時に十中八九、嫁には怒られることになるだろう。
一般的な人の飲酒量を考えろ、もしくは若い子に何をしているの! だろうか?
別に俺だって酔わすつもりで……いや、少しは酔わすつもりだったけど、突然ここまで変わるなんて想像していなかったのだから、多少は目を瞑ってもらいたいところである。
「もうちょっとだからちゃんと歩いてくれなー」
「だいじょうぶですよ、しゅくしゃまで、かえれ、ますから」
「全然大丈夫じゃねぇよ」
大丈夫だという酔っ払いの言葉ほど怪しいものはない。
「まあ、とりあえず面倒見てやるから耐えてくれ。オッサンに介抱されても困るだろうが、変わりがいないから俺で我慢してくれよ」
「いえ、あの子がじゃないなら、だれでも一緒です」
「誰でも一緒って失礼な……って、『あの子』っていうのはお前を助けた子のことか? なんだ、やっぱり一目惚れでもしたってことか?」
こいつが砦に来たときに、いくらなんでも着任時の荷物が少なすぎるので聞いてみれば、事故に遭ったと口にした。なんでも、馬車ごと滑落したらしい。
驚いたが、大した怪我がなかったのなら不幸中の幸いだ。
大変だったなと声をかけてやろうとすれば、その際に一人の女に助けられたという。
その場ではそれ以上は何も言わなかったが、これは歓迎のついでに酒を聞くしかないと俺は思った。こういう場合は美女に助けられているのだと期待したい。根掘り葉掘り聞いてやろうと心に決め――まあ、潰してしまったというわけだ。
もう少し酔ったら聞こうかと思っていたが、聞く前にこうなった以上聞くことも叶わない。
いや、ちょっとくらいは聞いたんだけど。
しかしせっかくそちらに話が向かったのだからと、少しからかうつもりでそう言えば、部下は首を横に振りながらもへらっとした笑みを浮かべていた。
「最初見た時は寝てたんですけど、すごくかわいい子で、一瞬、死後の世界で女神様に会ったのかと思いました」
「ぶっ」
酔っぱらいの言葉にしても、あまりにひどい。
何の恥ずかし気もなく、さらっと言っている。
よほどの美女にであったのかもしれないが、そんな形容の仕方なんて詩人くらいしかしないだろう。
「でも、一目惚れじゃないですよ」
「なんでだよ。女神を見ても一目惚れなんかしないっていうのか、お前は」
「神聖過ぎてそんな気も起きなかったです。でも起きたらすごい不機嫌そうな顔になったので、女神様じゃないってわかりました」
「……お前、いきなり嫌われたのか」
嬉しそうに笑っているわりに、話の内容は幸先が悪いようにしか聞こえなかった。
あと、たいがいこいつも言うんだなと思った。不機嫌そうな顔をしているって、仮にも女神と例えた女に使う言葉だろうか?
ただ、部下はそんなこと微塵も気にしていない様子だった。
「わかりません。でも、女神様じゃなくてよかったですよ。女神様だと、きっと話せなかったですし」
酔っぱらい特有の間延びした調子で、すこしズレた答えを返す新しい部下に、俺は肩を貸したまま天を仰いだ。ポジティブだととらえていいのか、のんきだと考えるべきなのだろうか。
お堅いタイプではなさそうだし、いいところのお坊ちゃんって聞いていた割には付き合いもいい。そしていくら名家のボンボンっていっても、さすがに功績がなければこんな若造に副隊長の任など与えられないわけだが、それについてもあえて自分から話すつもりはないらしい。
要は――非常に付き合いやすい奴でほっとしたのだが、それにしてもずいぶん恥ずかしいことまで堂々と言える部下が来たものだ。いかにもこれから面白くなりそうではないか。
「まぁ、一目惚れじゃなくて、ほぼ一目惚れだった、ってことなんだな」
真面目そうな騎士を骨抜きにした娘とはどんな子なのか、一度俺も見てみたい……そう思っていると、部下は首を傾げていた。
「だから、ちがいますって。ただ、なんか、もう一回ちゃんとお礼を言いに行かなきゃって思ってるだけですよ」
「それだけか?」
「会ったばっかりで惚れるとか、そんなことはないでしょう? ただ、その時に笑ってる顔を、見てみたいですよね。あと、ちょっと気になることがあったし――」
俺から見ればその顔だけですでに惚れていると思うのだが、どうやらこいつは自覚というものがないらしい。
「礼のほうがついでになりそうな気もするけどな」
「なにがですか」
「なんでもねぇよ、酔っ払い」
まあ、その辺りは次に酒を一緒に飲んだ時にでもまたつついてやろうと思っていた。
しかし、その話の続きをこの部下から俺は聞けることはなかった。
イオスフォライトを連れ帰った翌日、頭が痛いと言うイオスフォライトに、俺は聞いたことをすべて話した。そのせいか、イオスフォライトはそれ以降一切俺と酒を飲むことを拒否してきた。たとえほかの奴らを誘って飲みに行ったときでも、こいつだけは一切俺の前では酒を口にしていない。
正直に言えば、多少からかいすぎてしまったという自覚もある。だって俺以外の砦の奴らとは普通に棘なく接しているし、他のやつらは俺が何か言ったのだろうという目で呆れているし。まあ、仲良くやってくれているなら何よりだけど、もう少し俺へのフォローもいれてくれてもいいとは思う。
イオスフォライトは店での話はすべて覚えていたようだが、帰路での話は完全に忘れてはいないものの、ややおぼろげな様子であった。しかし俺がイオスから聞いたことを告げれば、非常に表現しがたい表情を浮かべていた。だから調子にのって色々つついてやったのだが、酔いがさめたイオスフォライトには軽く流され、知りたいことについては黙秘されてしまった。非常に残念なことではあるが、まあ、それも楽しんではいた。
けれど、からかい過ぎたツケは後々俺にもやってきた。
「隊長、仕事が滞ってますよ。これ、ちゃんと片付けておいてくださいね」
「なあ、ちょっと手伝……」
「手伝えるところはすでに済ませていますよ。奥方様には隊長は仕事が片付くまで帰れないと、すでにご連絡させていただいておりますのでご安心ください」
「……お前、遠慮がないな」
「何を言ってるんですか。これ、本来なら全部隊長の仕事ですからね。逃げないでくださいよ」
イオスフォライトは最初に飲みにいったときとはかなり異なる雰囲気で、遠慮も労わりも見せずしれっと俺にそんなことを言ってくる。まあ、一応隊長だとは思っていてくれるみたいだから人前では立ててくれるし、手が回っていないところは言う前に片付けてくれているんだけど。サインをするだけでOKという状態にしてくれているものだってかなりあるから、文句を言えないのは百も承知だが……。
「まあ、俺とも打ちとけた証っておもえば悪いもんでもないかもしれないか」
「どうかされましたか?」
「いや、なんでもないけど……いや、やっぱりあるか。なぁ、イオスフォライト」
「なにか?」
「お前、よくここに来てくれたな」
俺の唐突な言葉にイオスフォライトは一瞬反応できていなかったが、直後、なんとも言い難しい表情を浮かべていた。それは素直に喜ぶべきなのか、俺がからかおうとしているのか判断に迷っているようにも見えた。
ここは素直に喜んでほしいところだが……まあ、どちらかといえば、これはコイツを助けてくれたヤツに言うべきなんだろう。
「お前が無事にここに来れるよう、助けてくれたっていう子にもぜひ会ってみたいものだ」
「……まだまだお喋りの余裕があるということは、これ、追加しても大丈夫そうですね」
「って、おい」
純粋に礼が言いたいと思っただけなのだから、発言全部に裏があるなんて思わなくてもいいだろうに。
しかし、こんなイオスフォライトと女神様がどんな風にやりとりしているのか、より興味は湧いてきた。
ただ、その時はまだ俺は想像もしていなかった。
まさかその『女神様』を初めて見るのが、イオスフォライトの胸倉を掴んでいる姿になることなんて欠片も思ってはいなかった。
番外編についてはその都度【完結済】の表示にさせていただきます。
(まだ番外の更新予定はありますが、その際は見守っていただけると幸いです)