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エピローグ  今は幸せの時を刻む

 砦での二度目の酒宴も、やはり主役はイオスとアストレイアだった。

 今回はモルガは見張り番とのことで、酔っ払いに絡まれず上座でゆったり座っていられる……はずだったが、酔っ払いの代わりはいるというもので。


「……隊長。酔いすぎです」

「いいだろー? お前も飲めよ。次、いつこんな派手な宴会になるのかわからないだろー? しかも、お前と嬢ちゃんと仲よさげだしー?」


 そんなスファレの発言にアストレイアはむせ込んだ。

 イオスはそんなことを言う方じゃないと思うが、軍の規律で身上把握など――いや、イオスの驚く顔を見る限りなさそうだ。


「なんだ、これでも俺ぁ隊長さまだぞぉ? ちゃんと隊員のことは見ていてだなぁ」

「なら、もう少しピシッとしてください。ただの飲んだくれにしかみえませんよ」

「なんだとー!?」


 スファレのグラスを取り上げながら、イオスは無理矢理水を飲ませていた。

 たくさん水がこぼれていたが、イオスは全く気にした様子もない。


(……イオスも、一応照れてるの、かしら?)


 そうだとすれば今の顔がイオスの対外的な照れ顔らしいので、覚えておいたら後で内心ニヤニヤできそうである。それと、あとはもっと照れさせられたら一番なのだが……照れさせるような発言をまず自分ができるのか、そう考えただけでアストレイア自身が照れそうになる。


「レイも、どさくさに紛れてお酒飲まない」

「……ばれたか」


 イオスが人前でアストレイアの名前を呼ぶのはいつも『レイ』だ。

 レイなら珍しい名前ではないが、さすがにアストレイアという聖女の名前は目立ちすぎるらしい。いわく、恐れ多すぎて名前をつける人はいないのだとか。


(まあ、それでも二人の時はアストレイアだし。特別感があるのも、悪く、ないかも)


 そうしてアストレイアがグラスをジュースに取り替えられていると、水で大分服を濡らしたスファレが大きくあくびをし、そして眠そうにイオスに尋ねた。


「そういえばお前ら、いつ挙式だ? 入籍いつだ?」

「「は!?」」

「なんだ、まだそんなところまで話いってないのか? ほら、イオスなんてお嬢ちゃんに会った時からもうメロメロって感じで、肉食らいながら酔っ払ったときの発言とか……」

「隊長、ちょっと黙りましょう」


 イオスは遠慮なくヘッドロックをかける勢いで上官を締め上げていた。

 酒の席でもギリギリ許されるかどうかの、そのラインである。


「…………」


 しかし、思いがけない発言にアストレイアは思わず動きを止めてしまうし、イオスも耳が赤くなっているようだった。


「あ、あの、イオス」

「なに」

「多分そのままだと隊長さん泡吹くけど……」


 アストレイアの言葉に、「あ」という具合でイオスはぱっと手を離した。

 スファレは勢いよくむせ込んでいた。


「ったー、ちょっとからかっただけでひどい目に遭ったなァ」

「自業自得ですよ」

「お前は謝れ」

「いやですよ」


 そんなイオスとスファレのやりとりにアストレイアは肩をすくめた。


「そもそも、婚姻までって早くてお付き合いが最低一年、婚約してから一年の期間をおいてからのものでしょう?」

「「……え?」」

「え?」


 何か、おかしいことを言っただろうか?

 そう思いながら首をかしげるアストレイアだが、おかしいことは言っていないはずだ。


「ま、まぁ、一年は最低ラインだからもっと長い場合も多々あると思うけど……今って二年? もしかして三年? そんなに伸びてたり、する?」


 戦争がひどくなってからは短かったこともあるが、平和な時代ならそれくらいが基準だったはずだとアストレイアは思っている。もしかして、そんなに急くなということなのだろうか? 常識とずれているのだろうか?

 困惑するアストレイアの眼前にいるイオスとスファレは頬を引きつらせていた。


「嬢ちゃん、大分古風な習慣がある地方の出身か? こりゃ、イオスフォライトはいけると思ったら早めに言っとかないと、あとで大分待たされることになるぞ」

「……ま、まぁ、婚約から一年以上って、結構ありますね。そこそこ由緒ある貴族でも今時だと半年もあれば、ですよね」

「下手すりゃ王族でもそんくらいだぞ」


 ……なんだか、思っている状況と現在は違うらしい。

 しかし、そんなことなどまだ考えられないアストレイアはひとまず聞こえなかったことにした。


(で、でも古風な習慣と言われるなんて。……私の常識、大分世間の常識からずれてることがほかにもあるのかもしれないな)


 そうなると、まずい。

 恥をかかないよう、改めて勉強をしなければいけないだろうなと思った。

 さしあたり、文字の読み書きはできるようにならないとまずいだろう。


「って、あ、そうだ。イオス、これ」

「うん? あ、お守り」

「うん。とりあえずポケットいれといて、渡し忘れるから」


 上手にできた……とは自分では言いがたい作品だが、ひとまず問題なくは仕上がっているはずだ。文字だって自分の使える文字だから、間違いようがない文字だ。


「……ねえ、レイ。ちょっとここ、増えてない?」

「え、そう? 気のせいじゃない?」

「うん。多分、増えてるみたいだけど……なんて書いてあるの?」


 イオスの指摘を、アストレイアは流そうとはした。だが、思った以上にイオスの記憶力はよかった。知らない文字だろうから、文字数が多少変わっても気づかれないと思っていたのに。


「たいしたことじゃないわ」

「たいしたことじゃないなら教えてくれてもいいよね」

「気にするほどのことじゃないって言ってるの」


 絶対に、言えない。絶対にとぼけてみせる。


(絶対、絶対……私の知ってる、あの時代の婚約の申し込みの言葉だなんて、言わないんだから……!)


 どうせわからないだろうと思ったから、刺しただけの言葉である。

『太陽と月を貴方と私で数えましょう』

 それは今の世では古くさくなる気がして、口にすることは将来もないだろう。たとえ、実際に婚約を申し込む場面でも、と思っていたのだが――


(というか、いまの私の発言と合わなさすぎるでしょうが!!)


 お付き合いが決まってまだひと月も経っていない。


 なのに、なのに!

 やっぱり絶対に言うわけにはいかない!! お守りに誓おう!


「ねえ、レイ」

「たいしたこと書いてないってば」

「だったら」

「お前ら、いちゃつくんならよそでやれぇ!」


 暴れ出したスファレに「ナイスアシスト!」と、アストレイアは心の中で叫んだ。

 いちゃついてたつもりはないが、これで話は終わりだ!

 これで食事に、こっそりと飲酒も楽しめる……などと思っていたら、腕を引っ張り上げられた。


「出るよ」

「出るって……宴会は? いいの?」

「いいだろ、隊長命令だ」


 そう言いながらイオスは「あとはよろしくお願いしますよ」とスファレに言って部屋から出て行く。


「勝手なときばっかり」

「いやだった?」

「……別にいやとかじゃなくて」


 ただ、冷やかされると思ったら少し引っかかるだけだ。

 スファレが余計なことを言っていたせいで、注目されていたも見えていた。

 イオスだってそのことに気づいてるだろうし。


「でも、あそこじゃアストレイアって呼べないし」

「……」


 それは、えらくずるい理由だと思う。

 しかし、今日は宴会だ。主役が好きにして、何が悪い。


「じゃあ、私もイオスフォライトって呼ばせてもらおうかな……って、ちょっと、なんでつまずくのよ」


 初めて本名を呼んだ瞬間にタイミングよく躓かれる恋人の気持ちが彼にわかるだろうか?

 下手をしたら聞こえていなかったのではないかと思ってしまうが、「びっくりした」と言ったあたり一応は聞こえていたようだった。


「ごめん、でも、その、アストレイアが言うと思わなかったから」

「……じゃあ、もうイオスにしとく」

「ごめんごめん。時々呼んでくれるとうれしいよ」

「時々?」


 嬉しいと言うわりに、そんなに嬉しそうに聞こえないのはどうしてだろう?


「だって俺、イオスって呼ばれるの、好きだし」


 しかし、イオスははにかんだように笑った。

 それは、スファレの時とは違う、照れ隠しではなく明らかに照れている言葉であって。


「……勝てなさそう」

「うん?」

「なんでもない」


 アストレイアは手で顔を覆ってしまった。


(心臓、一つでたりるんだろうか)


 激しく動いている心臓に、ああ、今、生きているんだと思わされる。


「ありがと、イオス」


 そして、そのままアストレイアはイオスに飛びつき、首に腕を回して抱きついた。

 突然のことにイオスも一瞬よろめいたが、それでもしっかりアストレイアを抱き留めた。

お付き合いいただきまして、ありがとうございました。

後日、番外編等できたらいいなと考えておりますが、一旦完結とさせていただきます。

諸々については活動報告を利用させていただくことにしまして……それではもう一度。


ありがとうございました!

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かつて聖女と呼ばれた魔女は、
紙書籍・電子書籍ともに2018年3月12日に発売します。
【書籍版公式ページ】にて 表紙、人物紹介を公開していただいています。ぜひご覧ください。
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