第一話 天災がもたらした、一つの出会い(2)
アストレイアの家は丸太小屋も同然だ。
家の中にはベッドとテーブルくらいしかない。
身体の汚れは浄化魔法で落とせるし、食事はそもそも食べずとも死にはしない。だから今まで一度も不都合など感じなかったのだが――今、初めて困った状況に遭遇していた。
まずは意識のない青年を運んだ馬を、どこに待機させるかということだ。
外は雨であるが、アストレイアの家に軒先はない。もちろん馬小屋など存在しない。
獣を家にあげたことはなかったが、ほかに居場所がなければ仕方がないと家に招き入れた。多少不安はあるが、この青年をおとなしく運んだ馬であるなら、暴れないだろうという信頼も込めている。
「だから……暴れないよね?」
不安そうなアストレイアに、馬は居合いの入った鼻息を返した。よし、信じることにしよう。
だが、次にくるのがより困った話である。
「寝床は一つしかないんだけど……」
この青年にベッドを譲れば、自分は木の床で眠らざるを得ないだろう。
それは、まだいい。だが、青年に自分のベッドを譲るという行為は相当に恥ずかしい。だいたいそれ以前に寝所に男性を招くなど、とんでもない行動であったと――四百年前の知識は訴えている。
(っていっても、男性どころか馬が入ってきている状態はイレギュラーな状態よ。だから、これは仕方がないこと……!)
アストレイアはそう自分に言い聞かせ、そして青年をベッドに横たえようとして――ふと気がついた。青年の衣服はひどく濡れている。このままではベッドを汚しかねないし、青年が風邪を引いてしまうかもしれない。
「……でも、ここに男物の服はないし……というか、脱がせる、とかはしたないことできないし……!」
自分で言いながら顔を赤くしたアストレイアは、大きくかぶりを振った。ちがう、やましいことなど何一つ考えていない。だから恥ずかしくなる必要もないし、治療もしなくてはいけない――。
(そうだ、治療!)
怪我の様子をみるためには上着を脱がせる必要がある。なにも問題ないじゃいか――そう、自身に言い聞かせたアストレイアは青年をベッドの上に横たわらせ、少し震える指先で青年の上衣のボタンをひとつずつ外していった。……やっぱり、恥ずかしかった。
そしてすべてボタンが開いたところで、アストレイアは青年のシャツを勢いよく左右に開いた。
そして直接肌を手で触ってみる。
(血が滲んでるのは気になるけど、骨折はなさそう、かな。もしくはもう治せてる)
青年が苦痛に顔を浮かべるようなことがなかったことにほっとしつつ、脱がせた服はひとまず干した。
魔法で乾かせることもできるが、今はとことん疲れているので魔法は使いたくない。そもそも乾燥は割と乱暴に熱風を吹かせることができないので、よほどのことがない限り普段から普通に物干し竿に干している。それは不老不死になる前からの習慣でもあるし、あまり町には出たくないので布は大事にしているからだ。熱風のちょうどいい温度がわからないので、魔法だとすぐに服を傷めてしまうのだ。
「えーっと……この人は、お布団をかぶせてたら風邪はひかない……よね?」
はて、人間とはどのくらいで風邪を引くものだったか……記憶が非常に曖昧だが、とりあえず風邪なら引いても治ると思い、深く考えないことにした。どうせ悩んだところで青年に着せられるサイズの服なんて持ってはいない。布団で寒そうなら、あとで毛布も出せばいいだろう。
しかしその前に気になるのは、まだ身体に血が滲んでいたことだ。
額同様治しきれなかった傷であるが、アストレイアの魔力も限界なので、回復魔術を使うことはしたくない。
回復魔術は通常では考えられないほど魔力の消耗が激しいのだ。
「……」
しかし、あれだけ回復魔術を使ってもこの傷が残るとは。
よくも即死じゃなかったものだ、と、アストレイアは思った。
死んでいてはアストレイアでも蘇らせることはできない。
「……でも、このくらいなら治るもの。無理に私が治さなくても、十分ね」
しかし、もしも寝返りを打って擦れて出血……となるのはやはりよくない。包帯なんて常備していないが、布を割けばそれなりに使えるかもしれない。
ただ、ここにある布と言えば服かシーツくらいしかない。さすがに服を割いても使いにくいと思ったアストレイアはシーツの端を割いてみた。
「……また買いにいかなきゃ、か」
『自分で割いたくせ』にというのはわかっているが、面倒なものを拾ってしまったと八つ当たりもしたくなる。あまり買い物にはいきたくないのに。そう思いながら、ぎゅっ、ぎゅっと、アストレイアは割と力を込めて青年の体に包帯代わりの布を巻いた。それは、綺麗な仕上がりとはほど遠い出来となった。
「……」
もしかすると包帯を巻いたほうが、余計に怪我がを悪化させるかもしれない――そう思ったが、解くことはしなかった。せっかくシーツを裂いてまで巻いたのだ。文句があるなら、目覚めて自分でとればいい。
「それに怪我が出来るっていうだけで、幸せなこともあるんだからね」
死ぬほどの怪我はどうかと思うが、このくらいならずるいとさえアストレイアには映ってしまう。
そう口にすると、穏やかな青年の寝顔が、なんだか腹立たしくなってきた。
そして捨て台詞のように吐いた言葉は、馬の鳴き声にかき消され、おそらく青年の耳にも届かなかった。