第七話 魔女の戦い、騎士の誓い(3)
かつて受けた試練のことを、アストレイアはよく覚えていない。
心地いい空間に放り出されたような気もする。
見も凍えるような寒い空間に放り込まれたような気もするし、息苦しいほどに暑い空間に放り込まれたような気もする。
ただ、ぼんやりとした記憶しか残っていない。
「……」
ただ、今回の試練では、懐かしい友に逢ったような気がした。
薄目を開ければ、朝露に濡れた草が見える。
いや、これは……昨日自分が召還の折りに使った泉の水だろうか?
薄暗く、しかし確実に夜が明ける森で、頭にずいぶん堅い感触を覚えながらもアストレイアは指先を動かした。
(……生き残った)
地に手をついて、そしてゆっくりと起きあがろうとし、「目、さめたんだね」という柔らかい声が真上から落ちてくるのを聞いた。
「……わああああ、なに、イオス、手っていうか膝枕って!!」
「いや、その、地面よりはましかなって」
「そうだけど、そうだけど!!」
アストレイアが思わず立ち上がって距離をとりながら叫ぶと、おかしそうな高い女性の声が響いた。
「まこと、人はおもしろい。あのものぐさ娘の、このあわてっぷり。愉快というものにほかならんな」
「竜……性格わるすぎる……」
唸るアストレイアに、「これをよい性格といわずして何という?」と、全く気にした様子もない。
「おめでとう。これでそなたも老けゆく人間の仲間入りだ」
「あ……ありがとう……」
「竜の血を二度も飲んで生き残ったあげく、魔石を二つも体内に宿す魔女が普通の人間といえるのかは謎だが、まあ、年とって死ぬという意味では普通だろう」
「……」
なんだろう、素直に喜んでいいのか?
喜ばしいはずなのに、どこか不穏なことを言われているような気がしてならない。
そう思っていると、急に後ろ手をひっぱられ、アストレイアは尻餅をついた。
「……あんまり、竜に独り占めされると気分はよくないなぁ」
「イオス」
「はは、ならば我は退散するとしよう。どうせ、離れていても状況は見れるしな」
そう言いながら、竜は宙に浮かぶとそのまま輪郭が光に解ける。
が、その消え去る直前にとんでもない言葉を言い残した。
「そういえば、召還術の魔力で、ずいぶんな魔物がこっちに向かってくる様子だったぞ。ほれ、この間そなたが倒したキマイラとそっくりだぞ」
「は!? キマイラが、まだいるの!?」
「ちょっと心を静めれば魔力が感じられるだろう? まったく、人というものは精進が足らん――まあ、せいぜいあがけ。もう命は一つしかないぞ」
そういいながら消えた竜に、アストレイアは舌打ちした。
まさか目覚めてすぐに舌打ちをするとなるなど、誰が思っていただろう?
気配をたどれば、確かに二体近づいてくるようだった。二体も……と思えばとても面倒だ。
しかし、アストレイアの口はすぐに弧を書いた。
「ねぇ、砦の街の副隊長さん。ここで一網打尽にしておけば、砦の皆も、周りの村も――みんな安心して暮らせる、よね? 私、通りすがりの魔女ですが、雇ってくださいますか? 名前を、アストレイアと申します」
「――っ」
「イオス?」
「いや、むしろこちらから願いたい。ただ、ひとつだけ。アストレイア、イオスフォライトからの願いを聞いてくれますか?」
「なに?」
「無茶はしないこと」
そう言ったイオスに、アストレイアは笑った。
「今までやってきたに比べれば、どんなことだって無茶にはいらないんじゃないかしら」
「アストレイア!」
「冗談はさておき、来るわよ、二体のキマイラ、倒してから帰りましょう!」
そうして、朝一番には派手すぎる、派手な戦いが幕を開け、そしてそれは勝利に彩られることとなった――。