第七話 魔女の戦い、騎士の誓い(1)
「その、イオス。えっと、順を追って話すから……とりあえず、聞いて」
「あ、ああ」
そうして、アストレイアは自らの失敗を頭の隅から追いやるように咳払いをした。
まさか自分がそんなことをいうなど、全く考えてもいなかった。
「あのね。私、実は四百歳超えてるの」
「え?」
「話せば長くなるんだけど、いいかな?」
それから、二人で大樹にもたれかかり、ゆっくりとアストレイアは記憶を言葉にし始めた。
約四百年前に農村に生まれ、魔術師の才能を見いだされたこと。
帝国に攻め入られる王国で、強い戦力が望まれ、召喚の儀式が行われたこと。
竜が人に力を与えたこと。そして――人を超える力を得た結果、年を取ることも、死ぬこともない身体になってしまっていたこと。
「本当に魔力が完全回復していたら、相当強いのよ? イオスと会ってから、魔力が全快だったことなんて一度もないけどね」
最後、冗談を交えるつもりでアストレイアは言ってみたが、イオスの反応はない。
「……」
「あの、イオス」
「……言えないのはわかるけど――なんで言わなかったんだ、って言わせてほしいな」
「だって、重いでしょ」
「うん、だからわかるんだけどね。俺のわがまま」
重ねられた手が強く握られた。
痛いと思ったが、それは口にしなかった。
痛いが、離してほしい訳じゃない。
「のろい、解きたいなって思うの」
「うん」
「成功するかわからないけど、一応、竜を呼んでみようと思うの」
「うん」
「失敗したら――」
「ただの練習だな、それは」
「……そんなもの? 私、何年も失敗したわよ」
「なら、修行はしっかりできてるんじゃないかな。もしくは、そもそも何か違うのかもしれないし、それなら手がかりは一緒に探すよ……って、なに笑ってるの」
そういわれたアストレイアは、自身が笑っていたことに初めて気づいた。
「いや、おもしろいって思ったわけじゃないの。ただ……ずっと一人だとなにも思わなかったことを、こうも短期間で意識がかわるものなのかって、少し驚いてるだけよ」
するとイオスは数度目を瞬かせ、それから何か考え込んだ様子だった。
どうしたんだろうとアストレイアは首を傾げた。
「……不謹慎なこと、言ってもいい?」
「なぁに?」
「君が、呪いを解かないでいてくれたから、俺も君に会えた。だから、その、俺にとっては助かったなぁ、って」
「なにそれ」
「ごめん。勝手なんだ、俺」
「それは知ってる」
別にイオスのせいで不老不死が解けなかったわけではない。
むしろイオスと出会わなければ再び解こうなどとも思わなかった。
だからアストレイアは立ち上がって、それからゆっくりと振り返った。
「私、貴方ともっと一緒にお話したいって思ったから、こうして決めたのよ」
「……ここで俺が呪いをとけたら、かっこいいのにな」
「あんまりかっこよくなられすぎても困るから、ちょうどいいかもしれないけどね」
「なんか、お世辞を言われるのは珍しい気がする。いや、初めてか?」
イオスのその返答で、伝えたかったことはあまり伝わっていないようだとアストレイアは理解した。
本心からの言葉だが、本人が冗談と受け取っていれば改めて言うには勇気がいる。
(……まあ、それは不老不死が解けたら、で、いいか)
コホンとわざとらしい咳払いをしたアストレイアは、召還を行う泉に向かう旨を伝えた。
その道中、ふと思い出したようにイオスはぽつりとつぶやいた。
「でも、四百年前なら、なんだか納得できる」
「なにが?」
「治癒の力。今はないけど、当時はあったんだね。ただ、文献にも残っていないしとても貴重そうだけど」
「いや、あれは怪我を私が引き受けただけで、回復術じゃ――」
素直に答えかけたアストレイアは、途中で口を閉じた。
まずい。言っていなかった事柄だ。
「……怪我、引き受けたの? そんなこと、出来るの?」
「うん。治るし」
できるだけ平静に返すが、イオスの声が固くなる。
ああ、無茶したって怒られてるのかもしれない。しかしそうしなければ今まで術を行使した相手は死んでいただろうし、そのことはおそらくイオスも理解している。だから怒られないはず……などと思っていると、急に手を引かれた。
「急ごう。どこで召還するの?」
「わ、びっくりした。急にどうしたの」
「死ななくたって痛いもんはいたいだろ。無茶できないように、さっさと呪いはとかなきゃいけない」
「なにそれ」
どうやら、相当無茶をする相手だと認識されているらしい。
そんなに無茶はしたことないのにな、などと思いながらアストレイアもゆっくりと駆けだした。