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第四話  暖かな光が集まる場所(5)

 イオスが言った正反対とは、確かに店に入れば一目瞭然という状態だった。


「おう、イオスじゃねぇか。お前すごい英雄みたいにいわれてるんだが……お、お前が英雄とか笑うしかよねぇよな? 笑っていいよな?」

「笑いながら言わないでください。そこ、奥の角、空いてますよね」

「おう。明けとけって言われてるからな」


 カウンターの豪快な男性は「酒はいつものヤツだよなぁ」と、イオスが注文する前からグラスに酒を注ぎ始めた。


「……常連なの?」

「まあ、そんなところ」

「つか、コイツ王都から来て一日目に隊長殿に連れてこられた時に酒を飲み過ぎてだな、ぷぷ、すごい酔っ払いぷりだったよなあ?」

「ストップ、ストップ。それ以上は客に言うセリフじゃないよな?」


 若干焦った様子のイオスに言葉をかぶせられた店主は大笑いした。


「イオス……あなた、意外と馬鹿だったのね」


 酒の席で飲み過ぎて何かやらかすようには見えなかったが、その焦りようからは事実だと証明されていた。泣き上戸だったのだろうか、それとも笑い上戸だったのだろうか? 笑い話に出来る範囲のことだというなら、軍で処分さえれるような……例えば、わいせつ事案ではないだろう。

 額に手を当てたイオスは、低い声で「マスター」と抗議していた。


「おおう、悪い悪い。肉ちょっと増量しといてやるよ」

「それで誤魔化されると思ってるんですか」

「じゃあ、その酒一杯分もサービスしといてやるよ」


 そういいながらも全く悪いと思っていなさそうな調子のマスターに、イオスは深いため息をついていた。


「今日、足らずはモルガにツケてていいって話だから、それ何の得にもならないよ」

「なら余計にツケといてやろうか。どうせバレねぇだろ」

「マスター」

「冗談だっての」


 そのしゃべりに圧倒されつつも、アストレイアはイオスに促されてカウンターの一番奥の席に座った。寄りかかろうと思えば寄りかかれる位置に壁があり、けれど狭くは思わない場所だった。


「何飲む?」

「……お任せしよう、かな。特に今日のメニューに合うのはどれかしら」


 メニューが読めないは言いづらく、そう誤魔化せばイオスが唸った。


「……病み上がりだから、アルコールはおすすめしないんだよね」

「アルコールでもいいけど」

「ダメ。マスター、何がおすすめ?」

「アルコールじゃないなら、一番はやっぱり水だろ。肉の味がしっかり引き立って、美味いぞ」

「じゃあ、それでお願いするわ」

「あいよ」


 しかしアストレイアの選択に、イオスはどこか残念そうな様子に見える。


「水で乾杯、か」


 なるほど、それは確かにしまりがないかもしれない。


「……私はアルコールでもいいわよ?」

「いや、それはダメ」

「病み上がりに自分がやらかした前科があるから?」


 多少からかい調子で言えば、イオスは笑顔のままでも頬をひきつらせていた。

 少し器用な表情は、水を持ってきたマスターを大笑いさせた。


「あはは、嬢ちゃんもまた来りゃいいのさ。そしたら酒も飲めるだろうし、そもそも昼間っから飲むなんざ、こんなぼんくらだけでいいんじゃねぇか?」

「昼間から問答無用で酒を出したマスターがいいますか?」

「おう、気が利くだろう? まぁ、生ハムでも食って肉が焼けるの待ってろよな」


 からかうだけからかったマスターは鼻歌交じりに戻ってゆく。

 マスターが置いた生ハムは山盛りで、水もあふれるくらいギリギリまで注いであった。


「とても生き生きとしてる人ね」

「歩く太陽みたいな人だろう?」

「ほんと、圧倒されちゃうわね」


 そういいながらも、乾杯とグラスをつきあわせた。

 反動で少しこぼれてしまったが、口に運んだ水はとてもすっきりしていた。


「おいしい」

「それはよかった」

「イオスのお酒もおいしい?」

「酒もうまいよ。まあ、今日に限っては二杯目は自重するように隊長からも言われてるから、俺も次は水だけどね。別に二杯や三杯で酔うほど弱くはないんだけどね」


 そう言っている間に入り口が開き、今度は別の客が姿を現した。

 再びマスターは軽口を言いながら客を席に着かせ、そのまま作り置きの食べ物を出している。そうして徐々に人が増えていくのが、アストレイアには不思議な感覚だった。


「ピーク時は、本当に満席になるんだよ。今はまだ少し早い時間だから少ないけど、外にも行列ができることもあるんだよ。だから砦の皆もここが好きだけど、休みの時しか来れないから」

「そうなのね。――もう、いい匂いがしているものね」

「うん。俺も正直いつ腹が鳴ってもおかしくないと思ってる」


 割と真面目な顔でそういいつつ生ハムを口に運ぶイオスは「君も食べなよ。おいしいよ」と皿を差し出した。


「ちゃんととるから平気」

「ならいいけど、さっきからきょろきょろして生ハムに目がいってないみたいだったから」

「ちゃんと見えてたし」


 それに別に食べてしまっても文句は言わない――そう思いつつ、アストレイアは生ハムを口に運んだ。


「美味しい?」

「……ええ、とても」


 先程の思いを訂正しなければいけないかな、と思うほどに生ハムは美味しかった。

 そして、口に出していなくてよかったとも思った。


「君、本当に食べるの好きだね」

「私も、最近まで知らなかったわ」


 しかしそういえば小さくイオスは吹きだして笑った。


「じ、自分でも知らないことって、案外あるよね」

「ちょっと、なんでそんなに笑うのよ」

「ごめんごめん、いや、それなら気付けてよかったねって思って」


 そう言いながらも肩を震わせ続けるイオスをアストレイアは小突いた。


「でも、イオスだって食べるの好きでしょ。料理、出来るじゃない」

「喜んでもらえることって、やっぱり嬉しいからね。うち、ハラヘラシ……腹減らしてる奴らが多いから自然とできるようになってしまったよ」


 そのハラヘラシの一人が自分なのかと思うと、なんとも笑うに笑えない。

 本来、『イオスの中には森で助けてくれた女性』という認識のはずで、その後のあれこれがなければハラヘラシだと思われることもなかったはずだ。


「……私がお腹がすくのはイオスが悪い。イオスのせいよ」

「ごめんごめん。でも、美味しいお肉くるから許して」

「ダメだイオス、この肉はお前の手柄じゃなくて俺の手柄だ。ってことで肉丼大盛りおまちどうさん。あと追加の肉な」


 軽く片手で謝っていたイオスを遮るようにドンドンドンドンと、勢いよく丼と皿が並べられてアストレイアは驚いた。

 まずは丼。丼全体に敷き詰められた肉はやや厚めに切られている。その表面は炭火でこんがり焼かれているが、肉の中央部はミディアムレア。その色が食欲をそそっている。

 そしてもう一つの皿の上には、串に刺さったままの肉が置かれていた。中は見えない。だが、恐らく丼の上と同じ、絶妙な焼き加減のものになっているのだろう。


「しっかり味付けはしてあるが、足らなければ岩塩をかけても美味いぞ」


 そんなマスターの声が既に遠くでしか聞こえないほど、アストレイアは肉に見入っていた。

 そしてその感動のまま、アストレイアは肉を口に運んだ。肉のうまみは舌先から広がり、あっという間に口の中を満たした。


「おいしい……!」

「それはよかたった」

「イオスも何してるの、はやく食べないと! これ、すごくおいしいから冷める前に早く!」


 冷静であればイオスがそんなことを知っていることくらい、アストレイアにも理解できた。しかし、感動に震える状況ではそんなことも判別がつかない。ガツガツと勢いよく食べ、そして肉串も手に取った。串についたままの状態では少し食べにくいが、やはりお肉は絶妙な焼き加減であったこと、また、より焼き立てという雰囲気を味わうことができて美味しく感じる。


「よかった、本当に元気そうで」

「え?」

「目覚める前、二日も眠ってたから。理由もわからなかったし」


 心配してたんだとの言葉は飲みこまれていたが、それは伝わっていた。

 寝ていたほうからすれば「腰が痛い」「閉じこもって暇」くらいしか感じていなかったが、もしもイオスが二日間眠り続ければ、アストレイアとて心配もするだろう。


「……もう、大丈夫よ」

「知ってる。むしろ、それで大丈夫じゃないって言われたらそれも心配」

「あっそ。ね、これお代わりしてもいい?」

「いいよ。ツケにしないで、ちゃんと支払っておくから」


 イオスの返答を聞いたアストレイアはマスターを呼び、串を振ってお代わりを要求した。

 威勢のいい返答で、新たな串が用意され始める。


「ねえ、元気そうなら……このあともう少しだけ歩こうと思うんだけど、大丈夫?」

「うん? 大丈夫だけど、どこにいくの?」

「まあ、ちょっとそこまで」


 何を濁すことがあるのだろうか? そうアストレイアは思ったが、「お肉、冷めちゃうよ」とイオスに笑われ、結局肉に食いついてしまった。


(ま、どこでも構わないしね)


 どうせ森に帰るにしても、誰も見ていないタイミングで帰りたいのだから、今日はお預けになるだろう。

 それなら、どこについていっても問題なんてないのだから。

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