だから彼らの居場所は荒れ狂う
来島大尉によってまず案内されたのは、イスとテーブルしかない質素な部屋だった。
部屋に入ってから、誰も口を開かない。大尉も黙っていることから、誰か、もしくは何かを待っているのは歴然だ。だから、俺たちも静かに待つ。無駄話で注意を受け評価を落とされるのも癪である。何をするのか待っていると、少しして、細見の体に瓶底のようなメガネを掛けた白衣の男性が部屋に入ってきた。
「やぁやぁ!君たちが黎ちゃんの試験を突破した猛者たちかい!?いやぁ・・・流石だね!まだまだクズみたいな鉱石だけど、隠れた素質がよく見える!いいね!いいねぇぇ!」
やけにハイテンションなメガネが、鼻息を荒くして迫ってくる。
「はぁ・・・バカなことやってないで、さっさと自己紹介と仕事をしてください。後、黎ちゃんと呼ぶのはやめてください、寒気がします」
来島大尉の顔が、心底ウンザリしたように歪む。だけどもメガネは気にしない。
「黎ちゃんの旦那にそう呼べって言われてんだよね!それに、彼は僕より階級上だから!ネッ!?さからえないでしょぉ?」
「その悪意に満ち溢れた悪ガキのような顔して言われても、説得力の欠片もありませんから。それと、彼は旦那ではなくただの上官ですから」
「ただの上官と部下の関係の男女が、あんな仲良さげに寝室入っていかないでしょ?しかも入っていくとき、黎ちゃん顔朱かったしねぇ?あれも旦那の命令?嫌々だったの?」
「いや・・違ッ!別に命令ではなく両者同意の上での・・・って!何を言わせるんですか!」
「別に隠す事ないのに・・・今の世の中、女性が身籠って軍務を休むことは国も軍も推進してるんだし、君たちが子を生み、更なる強さを持った子息を作ることを上層部ほとんどが期待してるんだよ?それに、君たちバカップルをほぼ皆素直に応援してるんだ・・・だからほら、僕の飯の量を増やすためにもさ?さっさと孕んでよ?ねぇ?」
「人を賭けの道具にするのはやめてください・・・怒りますよ?」
「ついでに旦那は、『2月以内に黎の胎内に作る』に一票だね」
「アイツ・・・・後で一発殴らせてもらうとしよう・・・」
来島大尉の表情に、怒りが灯る。照れたり焦ったり怒ったりと忙しい人だ。案外感情が豊かなのだろう。
「さて、黎ちゃんで遊べて満足できたし、仕事しよっか!・・・って、どうしたのかなお嬢さん、顔が真っ赤だよ?風邪?触診でもしとく?僕、医学の知識あるからさ!」
手をワキワキさせながら、メガネが頬を朱くした夕日に近づく。
「いい加減にしておいてください、新人にセクハラしたと、明に報告しますよ?」
「・・・僕の名前は狭山 悠平。地位は少佐で、医療班のリーダーをさせてもらってる。よろしくね?新人クンたち!」
まるで何事もなかったように、メガネ・・・もとい狭山少佐は手を止め、セクハラを中断。そのまま自己紹介を開始した。驚くべき変わり身の早さだ。
「さて、君たちの名前と階級を。話はそれからだ」
先ほどとはまるで違う声色。同一人物とは思えないほど、真面目な空気が伝わってくる。
俺たちは一人ずつ自己紹介を済ませる。すると、狭山少佐はおもむろに手を伸ばしてきた。握手を求める仕草だ。
それに応じて、俺たちは一人ずつ固く握手をしていく。
そして、全員との握手が終わると、少佐は小さく息を吐き、
「これで今のお仕事は終了だ。お疲れさま」
微笑みながらそう言った。
「僕の能力は、翻訳。名前を知っている相手と握手することで、相手にすべての国の言語を翻訳・・・つまり、どんな言語も日本語で聞こえ、また、君たちの発した言葉も、相手の知る言語に翻訳されて相手に伝わるようになったってことさ」
「なんというか・・・便利ッスね。勉強ができな現環境にうまくマッチしてて・・・」
紅が、首を傾げながら発する。何かが引っかかるようだ。
「ハハ、言いたいことはわかるけど、案外そんなもんだよ。現実なんてさ?」
そう言い残し、狭山少佐は部屋を出ていく。
「不思議な人・・・でしたね」
「・・・あぁ、そうだな」
「気持ちはわかるが、時間がない。次に行くぞ」
ボーッとしていた俺たちに、大尉の活が入れられ、再び俺たちは移動を開始した。
***
その後、食堂やら寝室やら生活に必要な場所を巡り、本日最後だと連れてこられたのは、だだっ広いだけの何もない部屋だった。
「ここはトレーニングルーム。任務時間以外なら、どんな時間でも使っていいトレーニングの為の部屋だ。そして、部屋に注文すれば、だいたいの器具は無償で使える」
「部屋に注文・・・?」
「あぁ、例えば・・・オーダー、ベンチプレス」
大尉が部屋に声を掛けると、目の前の床がパカッと開き、下から注文したベンチプレス機が現れる。
「終わったら、放置しとけば自動で片づけてくれる。他にも、模擬戦や技の確認、とにかく、戦闘に関係することならほぼ全てが承認されている。だが、命を賭した戦いをしたいなら、上層部への申告が必須だから覚えておけ」
「そして、申告せずに上官と部下が模擬戦をすれば、上官にのみ殺す権利のあるトンデモ試合もできる」
大尉の言葉を補足するように、男性の声が部屋に響く。
声のしたほうを見ると、ひとりの身長の高い整った顔立ちの男性が此方へ歩いてきていた。
「よっ、新人諸君。俺の名前は四ノ宮 響也。地位は大佐。よろしくな?」
何の悪意も感じられない笑顔で、四ノ宮大佐は俺に手を伸ばす。
俺もそんな笑顔に何の疑いも持たずに手を握ろうとする・・・だが、ここで何故だか違和感を感じた。虫の知らせのような違和感に体が勝手に反応し、気が付けば、考える前に全力で手を引いていた。
「ほぉ、まさか俺が手に少し力を込めたのに気が付くとはね・・・大抵の奴は、これで効き手をぶっ壊してゴミになるんだが・・・」
どうやら、今のは大佐なりのテストらしい。しかも、大尉の何十倍にもタチの悪いテストだ。
「お前、面白いな。流石は黎のテストを超えただけのことはある・・・よし!」
大佐は、何かを思いついたように手を叩く。異様に嫌な予感がする。
「只今より・・・えーと、お前、名前は?」
「淡雪 煉・・・少尉です」
「淡雪少尉の昇格試験を開始する!ルールは簡単、少尉は、1時間以内に俺の体を俺が今立っているポイントから少しでも移動させれば少尉の勝ちとする!そして、少尉はどんな手の使用も良いものとし、逆に俺は、異能と武器の使用を完全禁止とする!」
「は?・・・え?」
突然の展開に思考が追い付かない。それでも大佐は淡々と進める。
「では、試験開始!」
そしてそのまま、無茶苦茶な試験が、幕を開けた・・・開けてしまった。