そんな願望は否定された
名も知らぬフードの男性の怒号に背中を押されるように、3人の受験者が来島大尉の右腕側に回り込むように走っていく。
3人の瞳は、この手なら生き延びられる。そう信じて疑っていない、自信と希望によって固められたそんな色をしている。
だが、そのような希望など、数瞬後に破壊される。
それぞれの体を貫く、一本の茨によって・・・
分かっている。どれだけ綺麗事を並べても、どれだけ自責の念に狩られても、どれだけ彼らの希望への行いを否定しても、所詮私は変わらない。利用し捨てようと企てた彼らと何も変わらない。そしてその事を一番、3人の怨嗟と絶望に満ちた瞳が語っている。
今の私は、己の欲のために他者を欺き、綺麗事を並べて罪から逃れようとする、最低な女だ。
「本当に・・・本当にごめんなさい!」
決して彼らに響くことのない、薄っぺらい言葉。少しでも罪悪感を削ぐための自分勝手な言葉。そんな欺瞞に満ちた謝罪と共に、私は手にしている突撃銃の引き金を全力で引いた。
己の欲を叶えるためだけの弾丸を・・・
***
女の子の銃から大量の弾丸が吐き出され、それを弾くために、来島サンは中央へと向く。すると、茨と弾丸を同時に視認するために、視線は中央から左半分にロックされる。
例え数秒の隙でも、俺とフードの旦那が来島サンの左手側に回り込むには十分だ。
俺たちが来島サンの真横に辿り着くと同時に、俺は90度回転して、来島サンに向く。そして、その体でフードの旦那の姿を隠し、更に奥へと進ませる。
「チッ・・・!」
来島サンの忌々し気な舌打ちが響き、俺の目の前の床から茨が伸びる。まずは俺を潰す気らしいが、そうはいかない。
「アメぇッスよ来島サン!鉄拳!」
俺はその茨を握りしめ、その軌道を止める。そして逆の手に持った剣で茨を斬り裂いていく。
俺の異能は、『手』に剛力と鉄壁の付与。ピンポイントで扱いづらいが、使い方によっては鋼鉄の盾にも強力な鈍器にもなるため、実に俺向きで気にいっている。
さぁ、これで再び数秒釘づけた。後は、来島サンの背面を目指すフードの旦那の仕事だ。
「頼んだッスよ!旦那ァァ!」
***
「頼んだッスよ!旦那ァァ!」
喧しい声が、室内に響き渡る。これが戦場だったら、俺は確実に紅をぶん殴っている。だが、アイツの異能に助けられたのも事実のため、正直責められないところもある。
そうこう考えているうちに、来島大尉の背面へと辿り着く。と同時に、手にした太刀を上段から大きく振り下ろす・・・ハズだった。
「ンの・・・・化け物が」
「場数が違うだけだ。戦場を知らぬ小童が!」
俺の振り上げた・・・否、振り下ろそうした剣は、いつの間にか来島大尉の左手によって握られていた小太刀によって完全に動きを止められている。跳ね退けようにも太刀はピクリとも動かない。
「まさかサブウェポンでもここまでとはな・・・アンタ何者だよ!」
「私が何者か・・・そんな程度の事よりも重大な問題がある。今の一言だけで、君は2つほど間違えている。」
「どういうことか、教えてもらってもいいか?試験官さん」
「あぁ、その身を以て知るがいい・・・まず、小太刀はサブウェポンではない」
「なっ・・・!?」
小太刀がサブウェポンではない?ということは、もう一つの読み間違いは・・・!
気づいたところでもう遅い。手にした太刀から伝わってくる、増幅される小太刀の力。
「そう、私は生まれてからずっと・・・左利きだ!」
強く言い放たれた言葉と同時に、俺の体が太刀ごと吹き飛ばされる。
「ガッ!?」
弾き飛ばされた体は壁にぶつかり、太刀は俺から少し離れた場所に甲高い音を立てて着地する。
「さて、良い線まで行ったがここまでだ。そろそろ終いにしよう」
「キャッ・・・!?」「しまっ・・・!?」
来島大尉の不敵な笑いと同時に他の2人の焦り声。声のしたポイントを見ると、紅と少女の足が茨に絡めとられ、宙に舞っていた。これで俺の策は完全に潰された。
完全に詰みか?ここが俺の死に場所なのか?
ネガティブな思考が止まらない。万策尽きた絶望感。
そして最後に、もう一度俺自身に問う。
「ここが俺の死に場所なのか?」
此の問いに、俺の思考は間髪入れずに即答した。
「嫌だね」
口で言っても状況は変わらない。むやみな異能は発動前に潰される。なら答えは一つ。
「終幕への否定」
思考の果てに異能を生みだす新たな思考。
「なんだ・・・?透明な、板?いや・・・!?」
俺の異能は、虚無に氷を創りだす異能。その異能を使い、一枚の紙ほどの厚さしかない氷の畳を創りだす。
「さぁ、これがどんでん返しを賭けた最後の悪あがき・・・喰らってみろよ、来島大尉」
今の俺の精一杯、今までの限界を超えたサイズの氷。その氷の畳が、俺が畳返しの要領で腕を振ったと同時に、来島大尉の体を目掛けて平手打ちの要領で襲い掛かる。
「舐めるなよ、小童。そう言ったはずだ」
彼女はそれを小太刀を振り抜き粉々に破壊する。いくら薄氷と言えども流石の破壊力。
だが、本当の狙いは平手打ちではなく、
「畳返しでどんでん返し、なかなかウィットが効いてると思わないか?」
下から畳返しの如く跳ね上がった薄氷だ。
「んな!?」
突如敷かれた氷の畳に、流石の彼女も動揺し、そのまま前方へと吹き飛ぶ。
そのまま来島大尉はなす術もなくサークルから離れたポイントに着地し、此方へクルリと振り返る。
「チッ、これにて試験は終了する。貴殿ら3名を合格とし、貴殿らを軍の一員として歓迎する。そして同時に、階級の授与を行う。各員、一列に並べ」
まるで何事もなかったかのように、事が進み始める。どうやら喜ぶ暇すら与えて貰えないようだ。
その数秒後、いつの間にか下ろされていた2人が俺の横へと並び、流れるように階級の授与が始まる。
そしてそこから話はトントンと進み、結果として、紅には曹長。少女、朝凪 夕日には准尉、そして、
「淡雪 煉。貴様には少尉としての地位を与え、同時にこの隊の隊長に任命する」
「この隊・・・?」
「あぁ、お前ら3人だ。隊編成も階級の裁定も私が上官から許可を貰って行っている。嫌とは言わせん。これは命令だ」
「いや別にいいけど・・・まぁいいか」
他のメンツがどう思っているのか、見回して確認する。
「俺は異議なしッスよ!」
「私も異存はありません」
どうやら不安は杞憂で済んだようだ。とりあえずは一安心。
「全員合意、これで面倒なことは全部終わりか。さて、では貴様らに軍の本部を案内しよう。着いて来い・・・あぁ、それと」
部屋の更に奥へと進もうと歩きだした来島大尉だったが、何かを思い出したように俺たちに振り向き、
「地獄へようこそ、小童達」
背筋が凍るような嗤い顔と声で、俺たちに向けて「歓迎の言葉」を綴った。




