そして絶望は染み渡る
再び巨大な扉をくぐった先には、先ほど同様真っ白な部屋。わざわざ2つも部屋を作った意味が分からないほどに瓜二つだ。だが、そんな2つの部屋には、決定的な違いがひとつだけあった。
部屋の奥のほうに、一人の女性が立っているのだ。
年齢は20代中頃で、少し吊り上がった瞳に胸の辺りまで伸びた真っ黒なポニーテールが特徴的な女性だ。その身に纏った軍服にはシワ一つ付いておらず、腰には軍刀の刺さった鞘がお手本のようにしっかりと装着されている。
そんな彼女を一言で言い表すなら、「凛」
その身に纏った空気と、俺の身に張り付くような、微弱ながらも確かな殺気。これだけで、検査を受けている俺たちより彼女が圧倒的強者であることを実感させる。そしてそれは、他の受験者も同じだろう。その証拠に、ほとんどの受験者の手は震え、顔には緊張と恐怖、覚悟と決意が浮かんでいる。
「おいおい、この人数相手にアンタ一人、しかも女とは・・・俺たちもナメられたもんだねぇ?」
まぁ、これだけ開いた差すらも気づけない愚か者もどうやら混ざっているようだが。
余裕に満ち溢れた男が一人、女性に向かって歩いて征く。お手本通りのやられ役、彼にはその程度の異名がピッタリだと思わせるほどに隙だらけだ。そして、その歩き方や空気、肩に置いたショートソードの持ち方、その身に纏った空気、彼が発する言葉の羅列。どれか一つ取っても、彼女より彼が、圧倒的弱者であることを実感させる。そしてそれは、他の受験者も同じだろう。ほとんどの受験者の口からため息が零れ、顔には呆れと侮辱、冒涜と面倒くささが浮かんでいる。
「さて、今から試験を始めようと思ったが・・・少し予定を変更する。一部の者を除き、諸君らにはお詫び申し上げよう」
「あぁ、俺がアンタを屈服させて、俺以外落第って予定に変更しないといけないかっ!?」
突然、男の言葉が止まった。それと同時に、男の動きまでもが止まった。
「己とは格が数段違う者との差すら一目で気づけぬ無能な弱者は、我らの軍には必要ない。その愚かな思い上がり、あの世で閻魔にでも懺悔するといい」
女性の言葉に、初めて男の顔に恐怖が宿る。だが、もう遅い。それは、表情以外微動だにしない男自身が物語っている。
「砕け、柱よ」
紡がれし冷淡な詠唱。異能発動の合図。
次の瞬間、男の頭頂部から、触手のような棘のついた茨が突き出し、それに連鎖するように男の全身から茨が突き出していく。腿、腹、腕、手の甲、肩や首、口や耳、鼻、そして、眼球を弾きだし、目の裏からまでも、次々と茨が突き出し、最後は地面から5メートルほどの高さに体ごと突き上げられ、両手を真横に伸ばされ、まるで貼り付けにあったキリストのような態勢にされる。
その光景は、まさに悪夢。多くの受験者の顔に、再び恐怖と絶望が浮かび上がる。
「さて、検査を始める前に軽く自己紹介と最終確認でもしておこう。私の名は来島 黎。地位は大尉。短い間になるかもしれんが、よろしく頼むぞ?」
この一言で、受験者の顔が一層引き締まる。
「さて、最後に、本検査を受けるにあたって諸君が了承した3つの事項を、そこの先ほどから顔色を一切変えないそこのフードの受験者、言ってもらえるかな?」
来島と名乗った大尉の指は、しっかりと俺を指していた。どうやら悪目立ちをしてしまっていたようだ。とはいえ、断る意味も焦る意味もないので別に気にしないことにした。
「第1項、軍務を全うし、国に尽くすことを約束する。
第2項、試験官の指示に意味と存在意義を問わず、すぐさま実行に移す。
第3項、試験中の事故で、死亡、殺処分の判決を受けても、此れを受け入れ、私怨を抱かない。以上」
「よろしい。では、検査を開始する。試験内容は簡単だ」
そう言うと、来島大尉の足元に、一歩分あるかないかの小さな円の絵が浮かび上がる。
「私をこのサークルから出してみろ。それだけだ。
そして条件として、一つ、私は異能を防御に使用しない。二つ、私がサークルを出た時点で生き残った全員を合格とし、検査の際の貢献度に応じて、入隊時の地位を決定するものとする。以上だ。」
実にシンプルだ。それでいて、来島大尉は圧倒的に不利だ。
受験者は約30名、それが一斉に自分に襲い掛かる。それでいて、彼女のイバラの異能は防御には使えない。つまり、壁として使えないのだ。
だがそれでも、それだけのハンデを貰っても、想像ができない。
来島大尉を一歩でも動かす、そのビジョンが・・・
「時間は無制限、これより、適性検査を開始する!」
低いブザーの音が室内に鳴り響く。それに続くように、走り出した3人の受験者の頭と心臓が、それぞれの前方の地面から現れた茨に貫かれる。
「ちっ・・・あの試験官、詠唱廃棄済みの異能者かよ・・・!」
予想できたがしていなかった一つの結論に気が付き、思わず舌打ちをする。
異能の使用時、大抵の者は詠唱と呼ばれる技名の発音を必要とされる。これは、自分の行いたい行動をよりリアルにイメージするために必須なのだが、訓練を積んだ者は、そんなことをせずとも技のイメージが完成する。そのため、詠唱が不必要になる。その不必要になった者を文字通り「詠唱廃棄済みの異能者」と呼ぶ。
あのレベルの戦闘力を持つ人間なら、詠唱廃棄済みでも何らおかしくはない。だが、先ほど男を貫いた時、彼女は詠唱をしていた。だから、そうである可能性を捨ててしまっていたのだ。我ながら迂闊なことこの上ない。
「チクショォォォォォォ!!」
焦りで半狂乱になった受験者が、次々と来島大尉に突っ込む。しかし、その体は茨に貫かれその動きと共に、生すらも止められる。
遠くから放たれた弾丸は、軍刀で弾かれあらぬ方向へ飛んで行き、近づけば今度は茨に貫かれる。そんなことを繰り返し、受験者は次々と数を減らす。
さて、どうやってあの牙城を崩そうか。
絶対的な絶望の中、俺は少しだけ口の端を吊り上げた。
それが死に場所を見つけたからなのか、恐怖による自暴自棄なのか、はたまた快楽を見つけたのか。
そんなことは、誰もわからない。無論、俺すらもだ。




