二章 瓦礫の中の神炎 4
アレン公爵から送られたレゲノン砦周辺の地図を眺めるユーリは攻略の要を扱える者を砦付近へ届けさせる。
その者は森で不吉な予行をさっちする。
同時刻、ユーリは一人、執務室でアレンから送られて来たレゲノン砦の周辺地図を確認する。
「サナエ山賊か……彼らをどうにかしないと攻略は無理だな」
作戦は一つある。その作戦を実行出来る腕を持つ人物は現騎士団にはいない。
「調達する物はイアンナに頼んで置いた」
「失礼致します。ユーリ様、攻略部隊とは明後日合流です。準備不足などは御座いませんか? 今の内に出来ることはっ」
「大丈夫だ、イアンナ。準備は出来ている。明日の早朝に出発する」
「外の馬車の積み荷は一体?」
イアンナは窓の外に馬車の荷台が気になるようだ。
「あれは攻略の要だよ。ただ、あれを扱える者が砦奪還までに間に合うかどうかなんだ」
ユーリは窓から遠い空を眺めた。
悪路に揺れる馬車を引く馬借は雨風を防ぐテント付きの荷台にある荷物を心配する。
「おーい、大丈夫か? しっかしまた、帝国に奪われたレゲノン砦に近い場所に届けろって妙な仕事を受けちまったもんだぜ。おまけに荷台に巻き付ける物を用意しろと来た」
荷物を帝国領付近まで運ぶ仕事、普通の同業者が嫌がる分報酬は破格だ。この馬借は戦争で飯を食っている。誰も運ばない場所に運ぶ、競争相手が少ない分楽な仕事だ。
「おーい、もうすぐ着くぞ。って聞いてんのか? 嬢ちゃん」
荷台から返事が無い。怪しんだ馬借は馬車を止め荷台を覗いた。
「いっ、いない! そんな馬鹿な? まさか落っことしちまったか?」
慌てて荷台の中を隈無く探す。すると荷台の下でぶつかる音がした。
「まさか、車輪に巻き込まれたんじゃっ」
恐る恐る荷台の下を覗いた馬借はその光景驚愕した。
「んっ、着いたの?」
緑の短髪の少女は両方の車輪を止める金具に指とつま先を掛けながら寝ていたのだ。
「だっ、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫」
寝起きなのか元気がないが怪我はしていない。半袖のシャツのような衣服と短パン姿だと一目で分かる。
「ユーリ様いないね」
「ああ、依頼主は明日辺りに来るそうだ」
「そう、しばらく森で寝て来る。運んでくれてありがとう」
気怠げに見えるのは少女の性格なのだろう。
少女は森の中へ入ると先程の気怠さが嘘のような尋常では無い早さで木々を飛び移りながら消えて行った。
「依頼主から言われてたが、荷台に抱き付ける物を入れておけってのはそう言うことなのね。リンネ族の話は聞いたことはあるが嬢ちゃんがそれだったとは」
リンネ族はペルシ公国領内のリンネ森林を住処にする民族だ。彼らは生涯の大半を木の上で暮らし弓と短剣を用いて狩りを行う。もう一つの特徴は成人を迎える男女は森の外で武勲を上げる儀式、つまり他民族を殺める風習がある恐ろしい民族だ。それはペルシ公国のユーリの父、ヴァルスカード・アルフォルト公爵が風土病の治療と衛生改善を行って以来行われなくなったが、代わりに遠くの森で密猟が増えて周辺国の猟師に損害を与えてしまっているという笑える事態に陥っている。
「ユーリ様はこの戦争で活躍したら同盟が私たちのことを認めてくれると言ってた」
枝から枝へ飛び移り森の中央を目指す。
「父さんはこの儀で部族の居場所を作れと言った。わたしたちは時代に取り残された部族……居場所は自分たちで作れと……」
生まれ育った部族、家族の為なのに心中は穏やかでは無かった。森が静かに荒れているからだ。小動物が奇怪な行動を取るのは何か変動が起こる前触れ、それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からない、ただ言えることは今まで凶と出たことしか無いことだけだ。
「……この森で何かが、良くない何かが起こる」
木の頂で立ち遠目に見える砦を眺める。あの砦で何かが起こる、 風が悪い何かを運んで来るかのように砦に向かって吹いている……
森で暮らし狩りをするリンネ族の少女が要を扱える重要人物なのか? 彼女は森の木々を尋常では無い早さで移動しているのでただ者では無いが。
次回は随時投稿致します。