一章 揺れぬ忠義 3
シスターを追って脱走兵の指揮官の元へ向かうユーリ。
秩序を失った戦場で揺れぬ忠義を貫くのは誰か?
ヘルザの騒動も大詰めです。
アスタリア創世の神話から人の世に移る時期に建てられた石造りの噴水がある広場へ辿り着いた。
「シスター」
「あ、あなた?」
「貴公か? 我らの邪魔したのは」
「邪魔? 私たちは暴徒を鎮圧しているだけだ」
指揮官の言葉に皮肉を付けてありのままに返す。
「暴徒か? 貴公らから見ればそうであろう」
「私以外が見てもそうだろう」
「ふっ、口が上手いようだな。これからは剣で語り合おうか」
そう言うと指揮官は剣を抜く。
「君は他の兵とは違うようだ。その強い志を持ちながら上官を刺した訳を知りたい」
「状況を見ていないのにどうしてそれを知っているのか知りたいな?」
「今知れた。それだと説明にならないか?」
「ふっ、誘導尋問か舐められたものだ」
ユーリも馬から下りて剣を構える。
一騎打ち。
シスター・ルチアを含め数人の住民に怪我一つ無い。
「私が刺さなくても部下に刺されていただけだ。同盟において上官への反逆は死罪より重い浄罪だ。浄罪を受けた者は神の元へは召されない。それはこの大陸から存在を消されることと同意。だが、私はそれを甘んじて受けよう!」
指揮官が踏み出し突きを放つ。
それを躱し薙ぎ払う。
寸でのところで躱される。
「実力も以外高いな。いや、その甲冑か?」
ユーリの着ている甲冑は自国で取れる鉱石から作られた軽量ながら十分な強度を持っている。他の国の甲冑より身軽に動けるのだ。
「実力では君の方が上だろう。それでも負けられない理由がある」
熱くは語らないが目を見れば思いは十分伝わった。
「私以上に強い志を持っているのだな。貴公は」
「そうでも無いさ。だが、背負うモノが大きい」
落ち着いた口調のまま踏み込み剣を振るう。
だが、防げはしても当てられない。
体力勝負をしてもこちらに分は無い。
一つの結論を導き出した。
「貴公の剣も鈍って来たな?」
「流石に『中部大侵攻』を戦い抜いたのは伊達では無いか? だが!」
僅かな隙を突いて連撃を繰り出す。
「ほう、中々鋭い。しかし!」
中盾による弾きによって持っている剣が手から離れた。
ゆっくりと落ちるのが見える。その刃に自身の顔が映る。これが走馬燈の前触れか?
「貰っ……ガハァ」
「それは私が言わせて貰う」
落ちた剣を足で押し上げ指揮官の下腹部を突き刺した。
「き、貴公は……実力では無く、状況を理解し瞬時に……行動を移せるのか? 貴公ならば同盟を、王国を変えられるかもしれん……な」
ユーリは指揮官の最後を抱き抱えながら見守った。
「どうして、ご自身の敵にそのようなお顔されるのですか?」
「いや、彼は敵では無いよ。反逆を予知し自身の上官を秩序失った部下から守った。彼をどうして非難で出来ようか? それだけではない、略奪に荷担する中で可能な限り住民の身を守った。結果論で言えば反逆者だが、彼の心を見れば違う」
このような澄んだ目をした人間は見たことが無い。慈愛の女神、フリアテ以外には。
「……」
ユーリの言葉にルチアは何も返せなくなった。
「名乗っていなかったね。私はユーリケンス・アルフォルト。ペルシ公国公爵だ」
「もっ、申し訳御座いません! 公爵閣下とはつゆ知らずとんだご無礼を!」
この若さで公爵とは普通は思わないので責めない、それにそれだけの理由で一々責めていたらキリが無い。
「よく言われるからもう慣れている。この年で公爵の方が異例だから知らなくて当然だ」
「私を同盟法に基づいて厳正なる処罰なされるのでしょう? 覚悟は出来ています」
同盟法に置いて従軍シスターは同盟軍の指示に従うことが義務付けられている。もし、違反した場合は軽くて三ヶ月の禁固刑、最悪の場合解教されてしまう。そうなれば教会の後ろ盾を無くしてしまう。男ばかりの軍に少数の従軍シスターと言う制度が成り立つのはフリアテ教の後ろ盾故であり、それが無ければただの少女が男だらけの場所に丸裸で放り込まれるに等しい、どうなるかなど言うまでも無い。
「? どうして君を同盟法で裁けるのか分からないな?」
ユーリはルチアの覚悟に疑問を投げた。
「それはっ……」
「『それは』を言う前に私たちの話をさせてくれ」
ルチアの話を遮る。
「私は爵位を継いだばかりで『参戦の誓い』を行いに王都へ向かう途中、ヘルザで反逆が起きていたので鎮圧しにやって来て君と出会った」
同盟に参加している国は代が変わる度に王都へ『参戦の誓い』を新たに立て直さなければならないという凄く面倒なシステムがある。
何故なのか? 代が変われば国の姿も朧気ながら変化する。『参戦の誓い』も三代変われば意味が薄れただの口約束に成り果てる可能性がある。時代の薄れを無くす為に代が変わる度に王都に招集するのだ。
「同盟法で裁けるのは『参戦の誓い』を済ませた軍だけ。つまり、私に君を裁く権限は一切無い」
それにと付け加える。
「君の覚悟を決めた目は自身に一切の負い目は無いことの現れ、私と合う前もそしてその後も君は献身的に住民を助けようとしていた。これで私が君を裁くならば、私こそ母なるフリアテによって裁かれるだろう」
合流して来たウォルドたちが負傷している住民を運んで来る。
「彼らを助けたのは私たちではない、君自身だ。だからもっと誇るべきだ」
ユーリはそう言うとルチアに手を差し出した。
「わたしの名前はルチア、ルチア・ミレーヌです。今日ここで出会えたのもフリアテ様のお導きです。ユーリケンス閣下」
「立派な信仰心だねルチアは。私のことはユーリで構わない」
ルチアはユーリの手を握った。
シスターと住民を無事救出したユーリ。
上官への忠義故に刺した指揮官エリック。
献身的に住民の治癒したシスター・ルチア
それぞれが異なる忠義を貫いた。
次回は随時投稿致します。